秋風が運ぶ会話や老夫婦     深田 森太郎

秋風が運ぶ会話や老夫婦     深田 森太郎 『季のことば』  八月に猛威を振るった暑熱地獄も、ここに来て鎮静の兆しが見えてきた。吹く風にかすかに秋の気配が感じられる。幼児・老人・病人にとって待望久しい。「暑い暑い」と言うばかりだった老夫婦も生き返る時季が来た。自然、用事一辺倒だった夫婦の会話も話題が増えて弾んでくるというものだ。テレビニュースを観てお爺さんの蘊蓄やら友人知己の他愛無いうわさ話に花が咲くかもしれない。  もうひと踏ん張り暑夏をやり過ごしたら、外出・遠出の季節がやって来る。葡萄狩りや梨狩り・茸採りにも興じることが出来る(海の幸、秋刀魚の今年の極端な不漁は残念だが)。上野の美術展へ出かけようと算段しても無理はない。  掲句は老夫婦が楽し気に会話する情景がまなうらに浮かぶ。恋人や夫婦の間に秋風が吹くというネガティブの謂いがあるが、「秋風」には、精気横溢の真夏が終わる一抹の寂しさがありながら、幼・老・病の人が一息つける「よすが」となるものであろう。(葉)

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朝霧の底をカヌーの漕ぎ出せり     徳永 木葉

朝霧の底をカヌーの漕ぎ出せり     徳永 木葉 『この一句』  句を見て「朝霧の底」に人の影のうごめく風景が浮かんできた。海か湖か、川辺もあり得るのだが、ともかくカヌーの置き場か係留地である。時間は午前六時か七時頃。濃い朝霧が立ち込めている。岸辺にカヌー仲間が集まっている。車が一台、また一台とやって来て人が増えていく。ツアーの出発予定時刻に近いらしい。  リーダー格の男が何人かを呼びよせ、腕を組んで話し合っている。「霧が晴れてくるまで、もう少し待とう」で一致した。立ち込めていた濃い霧が動き出したようだ。気づけば見通しは少しずつよくなっていく。上を見上げても青空は見えて来ないが、ツアーのリーダーは「よし、出発準備だ」とメンバーに伝えた。  この時、句の作者は朝霧の中で待機するカヌーや人々を、やや遠くから眺めていた、と私(筆者)は想像する。旅の一日、早朝に目覚め、ホテルから散歩に出て・・・。ツアーに出るカヌーチームを見つけ、少し離れた場所からずっと見守っていたのだ。カヌーはやがて列をなし、霧の底を漕ぎ出して行ったのである。(恂)

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面擦れに秋風沁みる朝稽古      中澤 豆乳

面擦れに秋風沁みる朝稽古      中澤 豆乳 『季のことば』  学生時代の夏休みが終った後のこと。久しぶりに学校の道場に顔を出し、柔道部のライバルと稽古を行うと、相手の握る私の柔道着の襟と、首のあたりとが摩擦を起こして皮膚がむけ、真っ赤になってしまうのだ。句の面擦れは剣道の稽古によるものである。痛いだろうなぁ、と同情する。  しかし人間の皮膚はなんと強いものか。痛いのも、擦れるのも構わず、練習を続けているうちに、一週間もたてばすっかり治ってしまう。そうなると、いかに強くこすれても、傷が付いたり、皮膚から出血したりするようなことにはならない。ところがまた、次の長期の休み明けになると・・・。  この句を拝見し、そうだったなぁ、と懐かしく思い出したのは「秋風沁みる」である。夏休みが終わって九月。意気揚々と学校に出て稽古に臨むと、とたんに皮膚に擦り傷を負い、痛い思いをすることになる。アッ、またやってしまったか! 作者にとって、はるか昔の季節感なのである。(恂)

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朝顔を褒めて一礼配達員      中嶋 阿猿

朝顔を褒めて一礼配達員      中嶋 阿猿 『この一句』  この句は日経俳句会の八月例会で、参加者の約半数が選ぶという爆発的人気を得た。「光景がはっきり、くっきり」(青水)、「玄関先での束の間のやりとりが爽やかに伝わる」(操)、「爽やかで礼儀正しい宅配便のお兄ちゃん」(豆乳)などなど、一様に句の臨場感を讃えた。「朝顔」の兼題で、花は小道具にして主役は好感が持てる配達員という造りの掲句は、確かに異彩を放ち、目立った。  てっきり作者近辺での出来事を詠んだのかと思ったが、本人の解説によると、インターネットで見つけたブログか何かのエピソードからヒントを得たという。曰く、配達先の玄関脇の鉢植えを誤って割ってしまった配達員が弁償させてほしいと住人に申し出た。住人は、そもそも通路に鉢を置いたこちらが悪いからと弁償を断った、というようなほのぼの話だそうだ。  「読者に共感してもらえる句は、事実を語ったからではなく、事実のように感じられたから」と俳句にフィクションがあって良しとする人もいる。掲句も伝聞を元に作ったようだが、リアリティ溢れる作品として共感を呼び、筆者を含め大勢の人が拍手を送った。(双)

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宿題は今も未完の夏の果て     斉山 満智

宿題は今も未完の夏の果て     斉山 満智 この一句  小学五年生の夏、算数の宿題をさぼって、先生に叱られ、悔恨に苛まれたことがある。苦い体験がこの句ですぐに甦った。宿題は「今も未完」とある。子供の頃の宿題だけではなく、今も続く宿題あるいは宿題のような事柄があることを示唆している。それは何か、文字の背後の深さを感じた。  さてこの句に隠されているものは何だろう。想像をいくら巡らせても「正解」は見つかりそうにない。作者に尋ねてみたら、「複数の意味を重ねている」との返答。小学校で作文や絵日記などの宿題がはかどらない焦り。高校・大学時代の不完全燃焼な夏の愛惜。そして人生を振り返りながら思う「今生の課題」は未完であり、諦めに似た感慨という説明だった。「今も未完」の深部は奥深く、そこまではとても読み切れなかった。 今生の締めくくりは、まだ時間もあるし、諦めるのは早すぎる。何をもって締めくくるか、締めくくるべきか、私自身、おぼろげながら見当がつきそうになったところ。小学生時代の磋跌を胸に畳んで、ゴールを目指したいものだ。(て)

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炊飯器スイッチぽんと敗戦忌     大澤 水牛

炊飯器スイッチぽんと敗戦忌     大澤 水牛 『合評会から』(日経俳句会) 迷哲 スイッチぽんに意表をつかれた。釜で炊いた昔を思い出し、今と対比して幸せをかみしめている。 木葉 あっけらかんとした感じがいい。 而云 とても上手な句だ。スイッチのぽんは炊けた瞬間かな。その時、今日は敗戦日だ、と気づいたのだろう。 阿猿 ユーモラスですね。昔は白いご飯が食べられずに、お腹を空かせていたと聞いています。それが今では、という感じがうまく出ていますね。敗戦忌が効果的です。 水牛(作者) このところご飯は自分で作っていますが、今ではほんとに楽ですね。 博明 敗戦忌を詠んでジメジメしていないところがいいと思った。 睦子 いろんな事に今の幸せを思います。 ヲブラダ 戦後の歴史、平和、日本の経済成長を、こんなにさらりと詠めるとは驚きました。                    *        *        *  いい句だねぇ、とこの句を称賛して呟いた。私は炊飯器を使った経験がないからな、と負け惜しみの弁。(恂)

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