三伏や棚にキンカン正露丸    大澤 水牛

三伏や棚にキンカン正露丸    大澤 水牛

『この一句』

 虫刺されのキンカン、食あたりの正露丸、この二つの薬を棚に見つけたところでこの句は決まった。いずれも夏の定番とも言える常備薬で、七月中旬から八月上旬の酷暑の時期の季語である「三伏」には、これ以上ない取合せの素材である。作者はいろいろな野菜を作る玄人はだしの園芸家でもある。キンカンも、正露丸も日常よくお世話になる薬で、出来ればムヒも加えたかったが、字余りになるのでムヒは外したとのこと。それにしてもキンカン、正露丸、いずれ劣らぬ大ロングセラー商品である。
 キンカンの製造販売元は、その名も「金冠堂」。会社のホームページによれば、キンカンは大正十五年に「合名会社金冠堂」によって販売開始されたとのこと。一方の正露丸は、日露開戦の明治三十七年、「中島佐一薬房」が陸海軍に納入した「忠勇征露丸」を嚆矢とするらしい。戦後、大幸薬品に事業継承され「征露丸」から「正露丸」になり、あのお馴染みのラッパのマークが使われるようになったようだ。
 いずれにせよ長い歴史を通じ、紆余曲折ありながらも現役の製品であり続けていることは賞賛に値する。ちなみに、ムヒは「池田模範堂」、メンタームは「近江兄弟社」、蚊取り線香の金鳥は「大日本除虫菊」。こういう夏の風物詩のような商品を売る会社は、どういうわけか、社名そのものが詩心を刺激してくれる。
(可 21.08.19.)

角取れぬそれも人生冷奴     加藤 明生

角取れぬそれも人生冷奴     加藤 明生

『季のことば』

 豆腐ほど日本人にあまねく好まれている食材はないだろう。中国から持ち帰ったのは遣唐使とも鎌倉時代の帰化僧ともされるが、江戸時代には庶民の常用食材となり、「豆腐百珍」なる料理本も発行されている。暮らしに欠かせない存在であり、俳句にもたくさん詠まれてきた。季語をみても、秋に収穫された大豆で作ったものを「新豆腐」と呼び、寒い冬には「凍豆腐」、「湯豆腐」がある。久保田万太郎の「湯豆腐やいのちの果てのうすあかり」はよく知られている。
「冷奴」は暑い時期によく食べるので夏の季語となる。「北嵯峨の水美しき冷奴」(鈴鹿野風呂)などの例句がある。掲句は食卓の冷奴を見ての感慨を詠む。大ぶりの豆腐を皿にどんと盛ったものか、食べやすく切って氷水に浮かべたものか、いずれにしても豆腐の白さと四角の形は変わらない。作者は角のとがった冷奴を見て、生真面目な生き方を振り返っているのではなかろうか。しかしそんな自分を悔いてはいない。「それも人生」の措辞には、筋を通し小器用に丸まらない生き方を肯定する響きがある。
作者によれば若い頃を省みて読んだ句という。「冷奴は角はあるけど軟らかで、しかも真っ白です。残る人生はかくありたいと思っています」とのコメントも味わい深い。
(迷 21.08.18.)

三伏や地中に深く太き杭     大下 明古

三伏や地中に深く太き杭     大下 明古

『この一句』

 「地中に深く太き杭」とは「何だろう」と思わざるを得ない。建築現場で太い杭が地中に打ち込まれているのだろうか。しかし物音は全く感じられず、黒々とした太い杭が地中深くに存在しているかのようでもある。具体的に見えてくるものは他に何もない。つまりこの句は“杭”という具体的物体によって、読み手の感覚を抽象的に刺激しようとしている。
 私はこの句を見て、画家・横山操の「塔」と名付けられた作品を思い出した。昭和三十年代、東京・上野の谷中にあった五重塔が放火によって焼失した。その真っ黒焦げの残骸が取り壊される前に描いたものだそうだ。ただ真っ黒な柱状の物体が縦横に描かれているだけである。私の頭の中には、あの五重の塔の残骸の真っ黒な柱が浮かんできたのだ。
 掲句は当欄で先に紹介した「末伏」の句(広上正市氏作)に共通する抽象性を持っている。両句ともに多数の共感を得て、句会で最高点を獲得するような句ではないかも知れない。しかし何人かの神経に触れ、鋭い刺激を与えるのではないだろうか。この夏の真昼、どこかの街を歩いているとき、私は地中の杭の存在を実感しそうな気がしている。
(恂 21.08.17.)

寝入るまで祖母の団扇と物語り  中村 迷哲

寝入るまで祖母の団扇と物語り  中村 迷哲

『この一句』

 団扇がもっぱら商戦などの配り物となった昨今では、団扇の醸す昔の情趣は望むべくもない。また、和紙でなくプラスチック入りの紙を貼った団扇は丈夫かも知れないがロマンを生まない。今風の団扇は花火大会の見物や野球応援の付属品でしかなく、すぐに捨てられる運命にある。昭和を舞台に古団扇、渋団扇、絵団扇、白団扇などをもってきて詠めば、それだけで情景がよみがえり、そこにちょっとした物語さえ隠れていていい味を出しそうだ。団扇の俳句も昔のものとなった感じがぬぐえない気がする。
 人気のあったこの句も、団扇が昔の暮らしを思い出させる「よすが」となっている。今や涼をとるのはエアコンばかり、あるいはダイソンなどのハイテク扇風機が全盛の世の中。団扇をあおいで子や孫を寝入るまで見守る風もめっきり少なくなった。祖父母のいない家庭も当たり前になったから、この情景は貴重である。作者の幼少のころの思い出なのはまちがいない。おばあちゃん子だったと思わせる作者の小学校低学年ころまでの追憶だろう。エアコンもまだない時代、おばあちゃんは手を休めず風送りをして孫の寝入りを待つ。昔話をせがまれてゆったり優しく語りかけている。「団扇と物語」のセットがよく、ノスタルジーを呼んでほのぼのとする一句だ。
(葉 21.08.16.)

尾根わたる風に額の汗さらす   廣田 可升

尾根わたる風に額の汗さらす   廣田 可升

『合評会から』(酔吟会)

鷹洋 尾根伝いで額に流れる汗をそよ風がもってゆく。山男の醍醐味をうたっており、実感が伝わりました。
ゆり 気持ちのよさそうな汗のかきかたをしているこの句を頂きます。私は山歩きはしないのですが。
水兎 気持ちの良さそうな情景が浮かんできました。汗をかいてこその、涼しさですね。
          *       *       *
 山登りをすると、真ん中辺りまで登ったところで、いつも「なんでこんなことしてしまったんだろ」と後悔する。その後はもうヤケクソである。自分一人だけ先に下山する勇気も無いから、歯を食いしばり、しまいにはモーローとなってただただ登る。這々の体で尾根道にたどり着く。水を飲んで、汗を拭いて、しばし死んだようになっている。ところが、しばらく尾根を渡る爽やかな風に当たると元気を取り戻し、それまでの苦労苦痛をいっぺんに忘れる。
 この句は一見、何たる事も無いとすいすい登って来た健脚のようにも受け取れる。しかし、それではつまらない。それでは尾根風の心地よさは伝わらない。この句の作者もそんなスイスイ登山をうたったわけではあるまい。もう言葉を発するのも難儀、体中汗みずくという状態を、「額の汗さらす」で代表させたのだと読み取った。
(水 21.08.15.)

三伏や抱く赤子さえ疎ましき   岩田 三代

三伏や抱く赤子さえ疎ましき   岩田 三代

『季のことば』

 「三伏」──日常会話でほとんど使われない言葉だ。それもそのはず、夏至後の庚(かのえ)の日から持ち出した陰陽五行説の言うところ。初伏、中伏、末伏と三度あって三伏。酷暑に伏している状況を表す俳句の季語ともなっているが、歳時記を繰っても例句はあまり多くない。それが7月の兼題として出たから困った。
窮して、陰陽五行説の吉凶論をはなれ、暑い夏をただただ凌ぐのだという自己流の解釈で詠むと決め込んだ。つまり盛夏のなかの諸々を詠めばいいのではないかと。投句一覧をながめるとほかの句友もそういう気持ちだったかと思う。
 掲句も単に酷暑期の子育ての苦労を詠んだものと受け取れる。年齢が高い句会仲間に子育て中の人はいないから、これは女性が若い頃の思い出を詠んだとわかる。高点を得たのは皆覚えがあるからだろう。
乳飲み子を抱いてあやす苦労は並大抵でない。赤子の体温は高く、いつまでも泣き止まないときは抱きながら疎ましく感じたというのもありえることだ。愛児を抱くさえ「疎ましき」と三伏の酷暑を呪いたくなったのだろう。もちろん本心からそう思っているはずもないが、一瞬でもそう思ったのを俳句に詠んで贖罪としたのだと取りたい。竹下しづの女の「短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてつちまおか)」を思い起こす。
(葉 21.08.13.)

蝸牛余生は殻を持て余し     向井 ゆり

蝸牛余生は殻を持て余し     向井 ゆり

『合評会から』(日経俳句会)

木葉 蝸牛の一生を自らに重ね合わせているようです。作者の「殻」とは持ち家でしょうか。老境に入って子供も継承しない家を、さてどうしようと思いあぐねているのだと解釈しました。
鷹洋 穏やかな余生を期待してたのに、いざとなるとあれやこれや。なまじ筋を通そうとするから悩み・トラブルがつきない。なんとも因果な人の世です。
ヲブラダ 本物の蝸牛は殻を持て余すことはないと思いますが、なんともユーモラスです。
双歩 蝸牛を見ていると、殻を背負ってるせいか、どうしても人生を重ねたくなります。自分も似た詠み方をしました。
道子 わが身を顧みてしみじみと納得。
*       *
「蝸牛は石灰やコンクリを食べ、殻を大きくしながら成長するので、殻のヘリの形状で成長途中なのか成体かが見分けられる、とスマホが教えてくれました。どこで成長が止まるのか、その後どの位生きるのか、殻を大きくしないのは、蝸牛にとって楽なことなのか、衰えてただ出来なくなるのか、などが気になったところ。自身は、定年が二カ月後に迫り、複雑な心境にあります」と自句自解。これにあえて付け加えれば、「これからはもう殻を大きくする必要はありません。悠々と第二の人生を楽しんでください」。
(水 21.08.12.)

全開の蒸した居酒屋はい団扇   荻野 雅史

全開の蒸した居酒屋はい団扇   荻野 雅史

『季のことば』

 団扇の歴史は古く、紀元前まで遡る。日本には飛鳥時代に中国から伝わり、江戸時代になると庶民にも普及したという。一方、扇子は平安時代に日本で考案され、やがて中国に伝わり世界に広まったそうだ。団扇は、虫を払ったり火を起こしたり、生活に密着した道具だ。今では商品名が入った無料の団扇が駅前で配られたりもする。そこへいくと扇子は儀礼、儀式張ったところがある。例えば、茶道では扇子は重要な道具だし、囲碁将棋でも棋士にとって扇子は大切な小道具だ。もっとも、縁台将棋にはやはり団扇が似合う。やや乙に澄ました上品な扇子と、いかにも庶民的な団扇。どちらも夏の季語だが、趣は異なる。
 掲句は、庶民の味方、団扇の本意が如何なく表現されている。コロナ対策で換気が十分施された、というか冷房があまり効いてないガード下辺りの居酒屋。きっぷの良い女将さんが切り盛りするような店が想像される。緊急事態宣言下だから、夜ではなくランチタイムかもしれない。焼き魚定食でも食べようかと、作者は行きつけの居酒屋へ。汗を拭き拭きカウンター席に着くと馴染みの女将さんから「はい団扇」。染みのついた年季モノを差し出された。そんな臨場感あふれる楽しい句だ。
(双 21.08.11.)

末伏や大涌谷の黒たまご     広上 正市

末伏や大涌谷の黒たまご     広上 正市

『この一句』

 ある句を見て、絵画のようだ、と感じることがある。俳句には小説風もあり、中でも私小説風が多く、落語風や漫才風もあるのだが、最も多いタイプが絵画風だろう。そして掲句の場合、黒い卵がゴッホやゴーギャンらの後期印象派風の絵画となって、私の頭の中に浮かんできた。美しいとは言えないが、不思議なパワーを秘めた物体と言えばいいだろう。
 句の季語は「末伏」である。極暑「三伏」の最後の時期。歳時記によれば立秋後、最初の庚(かのえ)日のことだ。秋近しだが、まだまだ暑い日々が続く時期。そこに箱根・大涌谷の黒たまごが登場したのだ。関東第一の観光地・箱根の,最も観光客の多い大涌谷で売られている唯一の名物なのだという。さらに言えば、私の好物の黒卵ではあるのだが――。
 黒卵の外見はまさに真っ黒である。地中から湧き出す硫化鉄が卵の殻に浸み込んでいるという。いつもなら「ああ、あれね」と見過ごすところ。ところが今回は季語「末伏や」によって、晩夏の頃の不思議な雰囲気が黒卵に漂い始めた。私が単にそう感じただけだが、この印象はもはや動かし難い。俳句の持つ不思議な力だ、と私は思っている。
(恂 21.08.10.)

後れ毛に汗うっすらと歯科の女医  須藤光迷

後れ毛に汗うっすらと歯科の女医  須藤光迷

『この一句』

 近頃こういう句は詠むのも評するのも少し難しい気がする。作者が詠んでいるのは、後れ毛の汗の美しさや女性としての色香である。「汗うっすらと」という表現がそのように解釈させる。ジェンダー論喧しい今日の視点で見れば、こういう句を作るのも評価するのも、男性中心社会の歪んだ価値観と捉えられる可能性なきにしもあらずである。この句を評価したのは、わたしも含め男性ばかりで、女性参加者からは一票も入らなかった。
 たまたま室生犀星のこんな文章に出会した。「六月七月で美しいものは、自然もそうだが、人間歳時記ではなかんずく女人が際立って派手に見うけられる。四季のうちで女人が二の腕をあらわにする季節は、初夏ではことさらにあざやかなものである。」(『随筆女ひと』) 一昔前に犀星が女性の夏の「二の腕」を美しいと思ったのも、この句で女医さんの「後れ毛の汗」に色香を感じるのも、同じく率直な印象であり、あまり余計なことは考える必要がないのかもしれない、とは思うものの多少揺れる部分が残る此頃である。
 それにしても、この句はどんなシーンだろう。歯科医は普通は患者の口腔を覗いていて、後れ毛など見えはしない。歯根のレントゲン写真を見せながら、女医さんが向こうむきで説明しているシーンだろうか?「そんなところばっかり見てないで、ちゃんと説明を聞きなさい」という叱り声が聞こえそうだ。
(可 21.08.09.)