養老の古層浪漫や冬河原     和泉田 守

養老の古層浪漫や冬河原     和泉田 守

『この一句』

 初冬に千葉県の〝秘境〟養老渓谷を訪ねた吟行句である。日本で一番遅い紅葉の名所として知られるが、近年は地磁気逆転の地層「チバニアン」で国際的にも有名になった。
 チバニアン見学は吟行の目玉の一つ。一行16人で最寄り駅から向かったが、起伏のある道を30分歩き、さらに川までの急坂を下る難路で、地層にたどり着いたのは13人だった。ガイドさんの解説を聞きながら、77万年前の地磁気逆転を示す地層を眺め、それぞれに句想を練った。
 作者は幼い頃から化石や地層が好きで、今回の見学を楽しみにしていたという。この秋の台風と大雨による増水で河原には倒木や流木が残り、土砂も堆積している。掲句は世界的にも珍しい地磁気逆転地層の発見を「古層浪漫」と詠む。眼前に広がる蕭条たる冬河原との対比から、作者の太古への熱い思いまで伝わってくる。
養老渓谷やチバニアンを知らなくても、古層浪漫と冬河原の言葉の響き合いが心に残り、吟行句を超えた普遍性を持っているように思う。
(迷 19.12.11.)

田仕舞の煙の中をディーゼル車  星川 水兎

田仕舞の煙の中をディーゼル車  星川 水兎

『季のことば』

 「田仕舞(たじまい)」は「秋収(あきおさめ)」の傍題で晩秋の季語だが、筆者が使っている電子辞書には載ってない。この季語が収容されているかどうかは、歳時記によってまちまちだ。
 この辺の事情については、当ブログの故・吉野光久さんの句「田仕舞の煙の匂ふ駅舎かな」に詳しい(右のブログ内検索でチェックしてみてください)。例えば『十七季』(三省堂)には、「収穫後の祝いの宴」とある。田植から稲刈りまでの米作りが終わり、田の神に感謝するとともに、手伝ってくれた人と飲食を共にすることらしい。つまりは儀式のことで、そういう意味では「田仕舞の煙」ではなく、「の」で軽く切れているともとれる。
 掲句は、晩秋と初冬のあわいのような週末、房総のチバニアン、養老渓谷、大多喜と経巡った吟行での作。道中、あちこちで籾殻や藁屑などを焼く煙が立ち上っていた。先の台風で寸断された「小湊鉄道」や「いすみ鉄道」のディーゼル車が、その煙を縫って走っていた。秋の終わりの長閑な田園風景を詠んで、懐かしい気分にひたれる句だ。
(双 19.12.10.)

冬桜鄙におしゃれな町役場    田中 白山

冬桜鄙におしゃれな町役場    田中 白山

『この一句』

 11月中旬に千葉県の養老渓谷と大多喜城下を巡る吟行を催した。大多喜では着物姿の女性ガイドさんが、本多忠勝の築いた城下町の見どころを案内してくれた。掲句はそのひとつ大多喜町役場に立ち寄った時の作である。
 昭和34年に建てられた町役場は建築家・今井兼次の設計で、日本建築学会賞やユネスコのアジア遺産賞を受賞している。コンクリート打ちっぱなしの壁と大判ガラスのモダンな外観が、旧家の並ぶ城下町に意外に調和している。「鄙におしゃれな」という措辞が絶妙で、その佇まいをわずか七文字で伝える。
 取り合わせる季語は、役場の門近くに咲いていた冬桜。小春日和に誘われたように咲いた可憐な白い花が庁舎に映えていた。吟行の印象的な場面を巧みに詠んだこの句は、同行者の点を集めたが、大多喜を知らない人でも、のんびりとした町とモダンな庁舎が浮かんでくるのではなかろうか。
(迷 19.12.09.)

神の留守少し赤字のくらしむき   岡本 崇

神の留守少し赤字のくらしむき   岡本 崇

『季のことば』

 「神の留守」とは俳句独特の言い回しで、神無月のこと。すなわち旧暦10月、現代の暦では11月にあたる。だんだんと年の終も見えてきて、さてさて今年はどうであったかをあれこれ考えるようにもなる。
 年金暮らしの老人世帯で、もう大した買物をするわけではないから、ここ数年、家計は低位安定を保ってきた。それがここへ来て、孫の就職祝いや結婚祝い、自分たち夫婦の医療費、果ては先輩後輩の相次ぐ訃報にともなう香奠など、臨時出費が嵩んだ。今年の帳尻は少々赤字になるかなあ、などと踏んでいる。それでもまあ、ささやかな蓄えをちびちび削っていけば何とかなりそうだ。老妻との二人暮らしはまずは大丈夫かと、小春の日差しを浴びながら独りごちている。
 この句は当初は、上五の「神の留守」(神無月)と「少し赤字のくらしむき」という中七下五とが、全然つながらないように思えた。しかし、何度か口ずさんでいると、何とも言えず「いいな」と思えて来る。何故いいのか分からないのだが、ほんわかとした感じが漂う。神様がお留守になっても何とかやっていますよー、という感じだろうか。
(水 19.12.08.)

台風禍めげぬ最上の芋煮会    岡田 鷹洋

台風禍めげぬ最上の芋煮会    岡田 鷹洋

『合評会から』(酔吟会)

百子 「芋煮会」がいいですね。災害が起こると、地域の祭や行事をあえて行って地元の気持を奮い立たせます。最上の「芋煮会」も毎年の行事なのでしょう。だから台風禍でもあえて行う。「めげぬ」という言葉が象徴しています。
光迷 みんなで元気になろう。元気を付けよう、という前向きな感じがします。
鷹洋 (写真を持ち出して)「芋煮」ってこんな鍋なんですよ。地元で医師をしている友人が「今年は大変だったけどやりました」って連絡が来ました。
          *       *       *
 俳句に地名を用いるのは難しい。有名な地名だと景色や雰囲気が浮かんできて、季語以上の働きをするが、型にはまった句になるきらいがある。逆に誰も知らない地名だと何の働きもせず、場所塞ぎになってしまう。この句の「最上」はどうであろうか。あまり有名ではないが無名でもない。山形県の最上川中流地域で、今も古き良き風土、文化を残している。相変わらず「芋煮会」を盛大にやっているのだ。これは「最上」を知らない人にも感慨を抱かせる。「芋煮会」という郷土色豊かな行事との取り合わせで固有名詞が生きた。
(水 19.12.06.)

神の旅富士越え伊勢越え熊野越え 石丸 雅博

神の旅富士越え伊勢越え熊野越え    石丸 雅博

『おかめはちもく』

 陰暦の十月(陽暦の十一月)、日本中に住む八百万(やおよろず)の神々が出雲大社に集まり、何事かを相談するという。各地の神様はそのために本拠地から出雲への旅に出発していく。それが俳句では冬の季語の「神の旅」。この句は東方に住む神様のコースを詠んでいる。
 まず富士山、そして伊勢から熊野へ。どの地も神様にゆかりの深い地であり、「越え」を三つ重ねた詠み方もそれなりの効果を見せている。しかし神の進む方角が頷けない。富士越え、伊勢越えまではいいが、次がどうか。熊野越えは明かに方向違いであり、伊勢からは北西に進路を取らなければならない。
 ならばその目印は? 日本地図を広げたら、いいコースがあった。伊勢から北西に進路を取り、琵琶湖を超えて行けばいい。日本一と言えば、山は富士、湖は琵琶湖である。句は「神の旅富士越え伊勢越え琵琶湖越え」としたい。東方の神様に相応しい旅のコースになるだろう。
(恂 19.12.05.)

毀れゆく母いとほしき小夜時雨  大沢 反平

毀れゆく母いとほしき小夜時雨  大沢 反平

『この一句』

 切ない句である。高齢になり認知症状の出てきた母親が、日ごとに自分を失っていく。それを「毀れゆく」と表現する。あまりに直截な言葉ゆえに、この句を採らなかったという人もいた。しかし作者はその母を「いとほしい」という優しい言葉で抱きとめる。認知症という現実に向き合いながら、母への愛を改めて自覚し、守って行こうという気持ちが伝わってくる。下五に置いた小夜時雨という風雅な季語が全体の印象を和らげ、しみじみとした雰囲気を醸している。
 俳句は江戸の昔から花鳥風月の写生が王道である。しかし激しく変化する社会を直視し、事象と心情を表現するのも現代俳句の大事なテーマであろう。掲句は高齢化社会の現実と当事者の心情を十七文字に凝縮した秀句といえる。
認知症に限らず介護問題を抱える家庭は多い。親と子、夫と妻、義父母と嫁、介護の形や事情は様々だが、悩みと苦労は共通する。この句が日経俳句会の11月例会で最高点を得たのも、多くの人が作者の心情を「我がこと」と共感したからに他なるまい。
(迷 19.12.04.)

知らせ来るパリの時雨のエアメール 水口弥生

知らせ来るパリの時雨のエアメール 水口弥生

『おかめはちもく』

 「パリの時雨」とはこれまた実に情感あふれる景色だ。マロニエの枯葉がはらと散って、トレンチコートの衿を立てた男女が寄り添い歩む。どこぞの教会の鐘が響いてくる・・・。ダミアかイヴ・モンタンか、そんな風情を漂わせた絵葉書が届いたのか、写真の入った封書が来たのか。ともかく、「私も行きたいな」と無性に旅心が掻き立てられる。
 日経俳句会11月例会兼題「時雨」の句の中では、とても洒落ていて、目立つ句の一つだったが、叙述が少々ごちゃついた感じで、取りきれなかった。
 冒頭の「知らせ来る」がどうであろうか。下五に「エアメール」とあるから、これは省いてもいいのではないか。しかし作者としては、わざわざ「知らせてくれた」ことを言いたいという思いもあるかも知れない。そうであれば、「の」を「を」に変えて「知らせくるパリの時雨をエアメール」とするか、言葉の順序を変えて「エアメール巴里の時雨を知らせ来る」の方がいいだろう。
 とにかくこういう洒落た句は、すっと読んですっと頭に入るようにしたい。
(水 19.12.03.)

切干や昔の母は子沢山      今泉 而云

切干や昔の母は子沢山      今泉 而云

『季のことば』

 沢庵、納豆、塩鮭などは食卓になじみ深い食品で年中手に入るので、いずれも冬の季語といわれると驚く。切干大根はどうだろう。そういえば、真夏はあまり食べた記憶がない。我が家の食卓にも寒くなった最近はよく出てくる。大根が冬の季語なので、干した切干もやはり冬かと納得する程度の自己主張の薄い食べ物だ。しかし、便利な保存食で廉価なため台所では人気者。素朴な味わいには得難いものがある。
 「お袋の味」との連想もあり、切干と母は相性がいいようで、句会でも母の句が散見された。中でも掲句に人気が集まったのは、中七下五の熟語のような措辞が心に響いたのだろう。「昔の母は子沢山」、確かにそうだなあ。昔は兄弟も多く大家族だったな。誰しも思い当たる節があり、納得する。厚生労働省によると、戦後まもない1949年に生まれた子供はざっと270万人。ところが、2018年は約92万人にまで減ったそうだ。
 今年も賀状欠礼の葉書が届く季節になった。どれも同じように「母が九十半ばで永眠」と記されていた。
(双 19.12.02.)

石蕗の花背に微笑めり路地仏   高石 昌魚

石蕗の花背に微笑めり路地仏   高石 昌魚

『季のことば』

 ツワブキは真冬にもつやつやした緑葉をしっかりと開き、立ち上がった茎の先に、黄色い菊のような花をいくつも咲かせる。あたりに花が無くなった11月から1月にかけて、海岸や川に通じる道の辺や庭の隅、あるいはこの句のように路地に、静かに咲いているのが可憐である。生き残りの虻が、頑張れば春まで持ちこたえられるぞという感じで花芯に頭を突っ込み、蜜を吸っている。
 花らしい花の無い冬場に、つややかな緑葉と黄色い頭状花を掲げた石蕗は、元気そのものなのだが、どういうわけか地味である。丁度同じ頃、花屋の店頭を賑わすポインセチアやシクラメンなどの自己主張とは正反対だ。そんな風情が路地の奥のお地蔵さんには似つかわしい。
 「路地仏」というのは作者の造語なのだろうか。とてもいい感じだ。地蔵か道祖神か。わずかな空間に立つ石像の後ろから石蕗の花が微笑んでいる。石仏も微笑んでいる。古風な詠み方の句だが、読んでいるとやすらぎを覚える。
(水 19.12.01.)