相続のはなし重たし虫すだく   廣田 可升

相続のはなし重たし虫すだく   廣田 可升

『この一句』

 上五中七の描く場面がドラマ性をはらみ、「虫すだく」の季語の取り合わせによってさらに深い感懐を覚える句である。四十九日か初盆に集まった家族が昼の法要を終え、夜になって相続の話をしているのであろう。議事次第がある訳ではないので、スムーズに進まない。遺産の分け方や墓をどうするか、思惑が絡んでどうしても口が重くなる。誰かが発言しても、故人の思い出話になったりして肝心の相続内容は詰まらない。「重たし」の三文字にそんな状況が凝縮されているようだ。
 長引く話し合いにふと気が付けば、夜も更けて庭の虫たちがいろんな音色で鳴き合っている。重苦しい雰囲気の家族会議と賑やかな虫の合唱との対比から、人の営みの悲喜こもごもが改めて伝わってくる。
 掲句が出された番町喜楽会の8月例会は、緊急事態宣言の影響で出席者が7人にとどまった。ところが出席者のうち作者を除く6人全員がこの句を選び、メール選句の2人を加え、最高の8点を集めた。各人の選評を読むと、それぞれの相続体験重ねてこの句を解釈し、共感しているようだ。
 数年前の相続法改正で基礎控除が縮小され、相続税の支払い対象となる世帯はぐっと広がった。普通の家庭でも税金をどう圧縮するか、遺産分割協議は真剣にならざる得ない。秋の夜の話し合いは長々と続くことになる。
(迷 21.09.06.)

踊り手の手先揃ひて輪が動き  宇野木 敦子

踊り手の手先揃ひて輪が動き  宇野木 敦子

『季のことば』

 我が家に近い杉並・高円寺で行われる「阿波踊り」が中止になったという。それ自体は「ちょっと残念」ほどのものだが、事情通の次の言葉に「オヤ」と思った。「今年は高円寺駅近くの劇場で入場料を取り、公演する」のだという。コロナは世の中を大きく揺さぶり、盆踊りも劇場型へ。各地の風物・盆踊りにも大きな変化が起きているはずだ。
 掲句の「手先揃ひて」を見て、阿波踊りもそうだった、と思った。しかしそれは踊りの始まる前の一瞬のこと。踊りは輪にならず、長い行列が駅前商店街の道路を練り歩く。笛や鉦やらのお囃子が相当な迫力を持って鳴り続ける。列に従って何度か雑踏の中を歩いてみたが、そんな夜は床に行っても、お囃子の音が耳の奥に残っていた。
 俳句の季語の「踊り」(秋の季語)は「盆踊り」を意味し、夏の盛りから秋口と言えるような時期の風物として多くの人に親しまれている。夕方になれば風に乗って、遠くのお囃子の音が聞こえてくる。子供たちはまだ夏休みのうち。踊りの列に加わっていた学童たちのことをふと、思う。彼らに今年、どんな秋が訪れるのだろうか。
(恂 21.09.05.)

夕立や縄文人の高笑ひ      植村 方円

夕立や縄文人の高笑ひ      植村 方円

『この一句』

 縄文人は1万6千年前から日本列島に住み、我々の先祖であることに違いは無い。しかし紀元前600年頃以降、中国大陸・朝鮮半島から入り込んで来た弥生人に圧迫され、北へ北へと追いやられた。そうしながら弥生人と混血しつつ、平安時代末にほぼ征服同化されてしまった。いま北海道に生き残っているアイヌ民族が縄文人の末裔なのではないかという説もある。東北に確固たる文化国家を形成していた縄文人は、弥生人の大和朝廷による全国制覇に抵抗したが故に蝦夷とか俘囚と呼ばれ、征夷大将軍坂上田村麿による延暦13年(794年)から21年にかけての蝦夷征伐、源頼義・義家親子による安倍貞任・宗任征伐(前九年後三年の役)で壊滅した。
 縄文時代のことが遺跡発掘の進むにつれて少しずつ明らかになってきた。6千年から5千年前に、既に広場を囲んで竪穴式住居を並べる集落を形成し、石器土器の製造はもとより衣服、弓矢や漆器も作り、翡翠の勾玉まで作っていたという。三内丸山遺跡の巨大建築物や耕作地跡など見ると高度な文化を持っていたことがわかる。それなのに絵文字の一つも残していないのが不思議だ。
 恐らく文字で伝えるなどという、まだるっこい方法の必要無い、ツーと言えばカーの大家族的集団の平和な暮らしぶりだったに違いない。夕立が降れば男も女もみんなシャワー代わりに浴びて、大歓声を上げていたのだろう。
(水 21.09.03.)

窯場にも風の抜け道秋来る    中村 迷哲

窯場にも風の抜け道秋来る    中村 迷哲

『この一句』

 陶芸家が窯を築く時は、風の通り道を計算する。変に熱が籠ったり煙が溜まったりすると、仕事に差し支えるからだ。ということを前提としてこの句を読めば、作者は唐津か美濃かはともかく、どこかの窯場を訪問し、「あぁ、いい風が吹いている。秋が来たんだなぁ」と、あたりを見回しながら感慨にふけったことを物語っている。
 と書いて来て、ふと気付いた。最近では町の真ん中、東京・銀座などにも陶芸教室がある。そこにも窯があると思われる。もとより登り窯や穴窯のように薪を焚くのは無理。黒い煙がモクモクとなれば、公害防止条例に引っ掛かるし、消防車が素っ飛んで来るような事態も。というわけで、都市の陶芸の窯は電気かガスを燃料としている。
 陶芸には「一に火、二土、三に技」なる言葉がある。火の加減で釉薬の溶け方が変わり、それによって色の調子が変わり、釉が陶器の表面を走ったり、罅割れたりする面白さを尊重してのことだ。いわば偶然の産物である。一方、電気やガスを使う窯には色合いを調整しやすいという利点がある。いずれにせよ心地よい秋の風に吹かれたい。
(光 21.09.02.)

秋立つや近所に止まる救急車   前島 幻水

秋立つや近所に止まる救急車   前島 幻水

『この一句』

 番町喜楽会の8月例会で「立秋」の兼題に対して出された句である。選句表を見て驚いたのは、すぐ隣に「今朝秋の隣家で止まる救急車」(嵐田双歩)が並んでいたことだ。同じ時期に同じ季題で句を作るので、テーマや季語、表現が似た句が出て来ることはたまにある。しかし近所と隣家の違いはあっても、立秋の季語に救急車を取り合わせた句が並ぶのは極めて珍しいのではなかろうか。
 句会では近所の救急車に2点、隣家の救急車に1点が入ったものの、意外に支持が広がらなかった。立秋と救急車が離れすぎて、句意が掴みにくかったのかも知れない。常識的な解釈は次のようなものではなかろうか。立秋とは言え、まだ残暑は厳しい。暑さによる食欲不振、睡眠不足などで体力が弱り、この頃に体調を崩しやすい。いわゆる夏負けである。夏の終りに近所に救急車が止まる。知っている人が倒れたのではないかと心配する。そんな場面が浮かんでくる。
 救急車のサイレンは、平穏な日常生活の波乱を伝える音である。両句の本意もそこにあると思う。季節の変わり目に自宅の近くまで来た波乱。何も熱中症や夏負けに限ることはない。高齢者であれば脳梗塞や心筋梗塞もありうる。さらにはコロナ感染という日常の大波乱だっておかしくないのである。
(迷 21.09.01.)

秋立つや新顔ずらり和菓子店   金田 青水

秋立つや新顔ずらり和菓子店   金田 青水

『この一句』

 「和菓子」と呼ぶのは戦後のことらしい。いっきに欧米化した生活のなか、ケーキなどの洋菓子に対置するためとわかる。練り菓子、干菓子の区別はあるが、室町期以来茶の湯とともに発展したのも当然と言えば当然か。そして本家本元は京都。最古の店は千年の歴史をもつといい、京都から全国の和菓子職人に広まった和菓子は数多い。茶道と切っても切れない和菓子は季節を大事にし、四季折々を表現する。店先を覗けばいつでも季節感いっぱいの菓子が並んでいる。
 掲句は立秋の和菓子店である。この景は立春でもよく、季が移るのではないかという声もあったが、栗や小豆その他材料の新物が出回る秋がよいという結論になった。作者がある日店頭に立つと、寒天や葛粉を使った盛夏の定番水羊羹などに代わって秋らしい和菓子をショーウインドーに見つけた。立秋を和菓子から受け取ったというのがこの句である。甘党の作者なのか、左党なら新酒や新走り(立秋にはちょっと早いか)で感じる季節感を和菓子で表現し、左党の多い句会で賛同を得た。ただ「新顔ずらり」の「新顔」の措辞が惜しいとの意見から、「新作ならぶ」あたりがいいのではないかとの雰囲気もあった。ともあれ「立秋」と「和菓子」の組み合わせがよかったと思う。
(葉 21.08.31.)

すれ違い日陰譲りて残暑かな   荻野 雅史

すれ違い日陰譲りて残暑かな   荻野 雅史

『合評会から』(日経俳句会)

昌魚 残暑の日の街の様子が眼に浮びます。作者の優しさに感心しながら。
静舟 暑さの中にも礼儀あり?奥ゆかしき日本人。
二堂 暑い日は日陰を歩く。しかし人とすれ違うと日陰を譲り合う。日本人のいいところだ。
ヲブラダ ちゃんと譲れる人間になりたいです。
芳之 日陰を譲るとはすてきな方です。我先に日陰を渡り歩く自分が恥ずかしくなりました。
ゆり 暑さの峠を越えて、ちょっと余裕がでてきたのでしょうか。さりげなくて素敵です。
美千代 言葉にはあらわさなくても優しい気づかいが伝わります。残暑も爽やかに感じます。
           *       *       *
 残暑の街角で、すれ違った人にさりげなく日陰のある側を譲る。その奥ゆかしさに感じ入った人が多く、句会で高点を得た。残暑の句でありながら、涼風の通り抜ける心地がする。
 「江戸しぐさ」という言葉がある。江戸庶民の日常マナーを言葉遣いや所作で表したものとされる。雨の日のすれ違いで相手が濡れないよう傘を外側に傾ける「傘かしげ」や、込み合った場所で少しづつ詰める「こぶし浮かせ」などが代表的なものだ。後世の捏造説もあるが、日本人のメンタリティーに響くものがある。句会では若手に属する作者が詠んだ思いやりの心。江戸しぐさの存在を認め、「日陰ゆずり」を加えたくなった。
(迷 21.08.30.)

扁額の傾きしまま夏座敷     高井 百子

扁額の傾きしまま夏座敷     高井 百子

『この一句』

 漢字辞典によると、扁額の「扁」は、戸に冊(書き物)を合わせ、門戸に署したる文の意とある。また「平たい」という意味もあり(扁平足など)、一般的に扁額は、神社仏閣などの高い所に掲げられた額を指すことが多い。もっとも『広辞苑』によると、「門戸・室内などにかける細長い額」とあっさりしている。
 作者宅の座敷には、立派な扁額が鴨居の上に飾られているのだろう。作者は書道部に属していると聞く。額にはさぞや達筆が認められているに違いない。その額がいつの頃からか傾いたままになっている。踏み台を使って直せばいいのは分かっているが、毎日見ているとさして気にもならず、ついそのままになってしまった。
 季語「夏座敷」は、襖を取り払って風通しを良くしたり、簾を掛けたりして夏向きに設えた座敷のこと。エアコンが普及した今では、意味が伝わりにくい季語かもしれない。作者の住む信州では、朝晩は爽やかな風が渡って「夏座敷」そのものなのだろう。和室に通された客が外の景色を愛でていると、ふと室内の扁額が目に入った。何て書いてあるのだろう。このくらい読める素養が欲しいな。などと眺めていたが、やはり傾きが気になり出した……。
 作者によると、帰省した息子さんが直してくれたそうだ。
(双 21.08.29.)

エレベータ晩夏の街へ急降下  玉田 春陽子

エレベータ晩夏の街へ急降下  玉田 春陽子

『合評会から』(番町喜楽会)

水牛 スカイツリー、東京タワー、あるいは都心の高層ビル。空調完備の高層階からあっという間に濁世に急降下です。実にうまい。ただし、エレベータのこういう句には類句がありそうだ。
木葉 高速エレベータが降りて行く晩夏の街は、いまは新型コロナで緊急事態宣言が発せられている街でもある。降下ではなく、真っ逆さまに落ちて行くという感もある。
可升 デパートかホテルか、ガラス張りで外が見えるエレベータを想像する。スピード感のあるいい句です。
          *       *       *
 どこの町だろうか?どんなエレベータなのだろうか?作者は何のためにこのエレベータに乗ったのだろうか?近頃、説明したがる俳句が多いなかで、作者はそんなことは一切語らず、読み手の想像をたくましくさせる。
 急降下する先は、「熱暑の街」でも、「コロナの街」でも良かったのかもしれない。だが、作者は「晩夏の街」を選んで詠みきった。そのことが間違いなく、この句を奥行き深く詩情を感じさせるものに仕立て上げているように思う。ガラス張りのエレベータを想起したのは筆者だが、そういうエレベータの多くは「急降下」はしない。作者の作った幻想のエレベータではないかという気がする。もちろん、それで良いのだと思う。
(可 21.08.27.)

物忘れしない日はなし夏深む   和泉田 守

物忘れしない日はなし夏深む   和泉田 守

『合評会から』(日経俳句会)

明古 今日も物忘れをしたと思いながら、深まる夏の万緑を背に立っている、タフそうな作者。
迷哲 酷暑の夏は、年寄にとって体の衰えを実感させられる季節でもあります。「夏深む」の季語が利いており、晩夏に潜む秋の気配が寂寥感を深くします。
青水 身に詰まされる日々です。頑張りましょう、ご同輩!
十三妹 現実を直視したくないとは思えども…です。
          *       *       *
 我が家は夫婦してまさにこの通りで、選句表にこの句を見つけて、同志を得た気分になって真っ先に採った。他に上記四人が採ったのだが、皆さん程度の差はあるものの同じようなご様子だ。
 作者は「自句自解」で「今さっきメガネを置いた場所や考えていた事が全く頭から飛んでしまう、いわゆる短期記憶の低下というやつですね。もうこれが日常と思って、メモをこまめにとったり忘れないうちに直ぐやったり、あるいは忘れたら忘れたでいいやと居直っているうちに、あまり腹も立たなくなったような気がしています」とおっしゃる。素晴らしい心がけだし、そう出来ているうちは全く心配は無い。むしろ嫌な事やつまらない事をどんどん忘れてしまえる、“健康的物忘れ”段階である。
(水 21.08.26.)