松過ぎて犀川彩る加賀友禅 吉田 正義
松過ぎて犀川彩る加賀友禅 吉田 正義
『この一句』
「犀川」という河川は本州に複数(ある資料によれば七河川以上)存在する。中でも広く知られているのが長野県北部を流れ、千曲川と合流する犀川。続いて石川県金沢平野の中央部を行く二級河川の犀川。こちらは金沢市の北部を水源とし、市内を流れて日本海にそそぐが、特に冬季の、加賀友禅流しで広く知られるようになったという。
友禅は京都に生まれた染色技術だった。元来の技法は江戸時代の京都の扇絵師・友禅の絵に由来し、その画風を着物の文様に応用したとされる。京都の絵師によって友禅の技法が完成後、友禅の技法が加賀藩の金沢に持ち込まれ、独自の発展を遂げて「加賀友禅」となり、現在は金沢の冬の犀川を彩る風物詩として知られるようになった。
掲句の作者はこじんまりした商社の経営者である。旅好きで、商売がらみに関わらず国内あちこちへの旅を続けているようだ。句会で特に中部地方、関西地方などを詠んだ句が出てくると、タイミングよく「このあたりはねぇ」「あの寺はねぇ」と蘊蓄を披瀝する。掲句の場合も、犀川や京都友禅と加賀友禅の関係などを、適切に説明していた。
(恂 23.02.07.)
『この一句』
「犀川」という河川は本州に複数(ある資料によれば七河川以上)存在する。中でも広く知られているのが長野県北部を流れ、千曲川と合流する犀川。続いて石川県金沢平野の中央部を行く二級河川の犀川。こちらは金沢市の北部を水源とし、市内を流れて日本海にそそぐが、特に冬季の、加賀友禅流しで広く知られるようになったという。
友禅は京都に生まれた染色技術だった。元来の技法は江戸時代の京都の扇絵師・友禅の絵に由来し、その画風を着物の文様に応用したとされる。京都の絵師によって友禅の技法が完成後、友禅の技法が加賀藩の金沢に持ち込まれ、独自の発展を遂げて「加賀友禅」となり、現在は金沢の冬の犀川を彩る風物詩として知られるようになった。
掲句の作者はこじんまりした商社の経営者である。旅好きで、商売がらみに関わらず国内あちこちへの旅を続けているようだ。句会で特に中部地方、関西地方などを詠んだ句が出てくると、タイミングよく「このあたりはねぇ」「あの寺はねぇ」と蘊蓄を披瀝する。掲句の場合も、犀川や京都友禅と加賀友禅の関係などを、適切に説明していた。
(恂 23.02.07.)
O脚も生きた証ぞ初詣 岡田 鷹洋
O脚も生きた証ぞ初詣 岡田 鷹洋
『この一句』
「初詣とO脚の取合せが可笑しいですね。初詣する人を後ろから見たところでしょうか」(木葉)、「『生きた証ぞ』に自嘲や自虐につながるものを感じました」(靑水)といった句評が寄せられた。戦中戦後の食糧難・栄養不良時代を生き抜いた「貴重な証拠」だというわけである。
作者によると、「元旦に近所の神社に行ったら老人がたくさん並んでいて、O脚の人がたくさんいた。この世代はO脚でもこうしてじっと並ぶのだと感心したのですが、ぼくは並ぶのが嫌で、すぐ引き返してきました」のだという。
O脚というのは両脚を揃え、くるぶしをくっつけるように立った時に、太腿から膝、脛で作られる形がO(オー)の字になるものを言い、医学的には「変形性膝関節症」と言う。加齢や極端な体重増加で、筋肉が骨を直立させることが出来なくなって、膝関節が変形することにより発生するらしい。
成長期の栄養不良で、骨や筋肉の発達が思うにまかせなかったことにより発症度合が高まるとの説もある。今日80,90歳台のいわゆる戦中戦後派にO脚が目立つのはそれか。O脚は大昔からあり、もっぱら「がに股」と呼ばれていた。
作者も苦しい戦中戦後を掻い潜ってきた世代。失礼ながら後ろから拝見すると明らかにこの傾向が見られる。しかし、この句からうかがえるのは悲嘆ではなく、一種の開き直り精神だ。「生き抜いた証だ」と吼えているところが微笑ましい。
(水 23.02.06.)
『この一句』
「初詣とO脚の取合せが可笑しいですね。初詣する人を後ろから見たところでしょうか」(木葉)、「『生きた証ぞ』に自嘲や自虐につながるものを感じました」(靑水)といった句評が寄せられた。戦中戦後の食糧難・栄養不良時代を生き抜いた「貴重な証拠」だというわけである。
作者によると、「元旦に近所の神社に行ったら老人がたくさん並んでいて、O脚の人がたくさんいた。この世代はO脚でもこうしてじっと並ぶのだと感心したのですが、ぼくは並ぶのが嫌で、すぐ引き返してきました」のだという。
O脚というのは両脚を揃え、くるぶしをくっつけるように立った時に、太腿から膝、脛で作られる形がO(オー)の字になるものを言い、医学的には「変形性膝関節症」と言う。加齢や極端な体重増加で、筋肉が骨を直立させることが出来なくなって、膝関節が変形することにより発生するらしい。
成長期の栄養不良で、骨や筋肉の発達が思うにまかせなかったことにより発症度合が高まるとの説もある。今日80,90歳台のいわゆる戦中戦後派にO脚が目立つのはそれか。O脚は大昔からあり、もっぱら「がに股」と呼ばれていた。
作者も苦しい戦中戦後を掻い潜ってきた世代。失礼ながら後ろから拝見すると明らかにこの傾向が見られる。しかし、この句からうかがえるのは悲嘆ではなく、一種の開き直り精神だ。「生き抜いた証だ」と吼えているところが微笑ましい。
(水 23.02.06.)
松過ぎてようやく詣でる妻の墓 田村 豊生
松過ぎてようやく詣でる妻の墓 田村 豊生
『この一句』
先立った奥さんのお墓参り・・・。何より大切なものと考えてはいたが、世界一親しかった人という気安さもある。「暮の大掃除」「親類へのお年始も」という具合で、墓参りは後回しにしてしまった。松も取れた十日頃、「忘れていた」と気づく。世の中が常の日に戻った頃、句の作者はようやく重い腰を「よいしょ」と上げたのである。
これ以降は掲句の作者とは異なる句仲間から聞いた話。その人も近年、奥さんを失い、都内に新しい墓を買った。「ほら、あれ、共同墓地? いや、合葬墓とか言うのかな。家からちょうどいい距離だし、周りに木が植わっているから、樹木葬っていうのかな」などと話していた。奥さんの葬儀は、今流行りの家族葬だった。まず葬儀社に行き、日取りなどを相談した時、葬儀社側は「お通夜もやるのですか」とびっくり顔だったという。
最近の葬儀や墓づくりは歴史的な大替わりの最中であるらしい。簡潔な方がいい、という考えも当然、有り得るが、古い人間は「それでいいのか」と首をひねる。仏教だけでなく他の宗教も含めて、葬儀や墓、墓参などはどうあるべきか。掲句「妻の墓」の作者・田村氏は仏道修行の経験者。句会後の「一杯」の場などを利用して、現代の葬儀や墓参の在り方についての見解を、じっくりと聞いてみたい、と思っている。
(恂 23.02.05.)
『この一句』
先立った奥さんのお墓参り・・・。何より大切なものと考えてはいたが、世界一親しかった人という気安さもある。「暮の大掃除」「親類へのお年始も」という具合で、墓参りは後回しにしてしまった。松も取れた十日頃、「忘れていた」と気づく。世の中が常の日に戻った頃、句の作者はようやく重い腰を「よいしょ」と上げたのである。
これ以降は掲句の作者とは異なる句仲間から聞いた話。その人も近年、奥さんを失い、都内に新しい墓を買った。「ほら、あれ、共同墓地? いや、合葬墓とか言うのかな。家からちょうどいい距離だし、周りに木が植わっているから、樹木葬っていうのかな」などと話していた。奥さんの葬儀は、今流行りの家族葬だった。まず葬儀社に行き、日取りなどを相談した時、葬儀社側は「お通夜もやるのですか」とびっくり顔だったという。
最近の葬儀や墓づくりは歴史的な大替わりの最中であるらしい。簡潔な方がいい、という考えも当然、有り得るが、古い人間は「それでいいのか」と首をひねる。仏教だけでなく他の宗教も含めて、葬儀や墓、墓参などはどうあるべきか。掲句「妻の墓」の作者・田村氏は仏道修行の経験者。句会後の「一杯」の場などを利用して、現代の葬儀や墓参の在り方についての見解を、じっくりと聞いてみたい、と思っている。
(恂 23.02.05.)
福寿草戦争知らず老いにけり 廣田 可升
福寿草戦争知らず老いにけり 廣田 可升
『合評会から』(酔吟会)
愉里 これは私のことだ、と思いました。戦後生まれの方が詠まれたのか、そうでない方が詠まれたのか、とても気になりました。
而云 小学校2年の時に終戦を迎え、「戦争放棄」は重要なんだと強く思って育ちましたので、最近の反撃能力のような議論には違和感があります。
青水 中七下五は言い古されたフレーズの気がします。季語をどう解釈するか悩みましたが、福寿草のめでたさに掛けた句と捉えました。
水牛 福寿草と戦争をうまく取り合わせた句ですね。老いるまで戦争がなかったのは本当に幸せなことだと思います。詠み手は戦争を知る世代でも知らない世代でも…。
可升(作者) 従軍も戦渦に巻き込まれることもなく一生を過ごせるのはとても稀有なことだと素直に思っています。一方、最近のきな臭い動きに孫はどうなるのかという思いもあります。
* * *
日本は太平洋戦争後の77年間、戦火に見舞われていない。だが、世界では朝鮮戦争、ベトナム戦争、ウクライナの戦争など戦火の絶えた日はない。戦争を知らない世代が人口の9割近くに。昨今の防衛論もあり、複雑な思いをかきたてる句である。
(光 23.02.03.)
『合評会から』(酔吟会)
愉里 これは私のことだ、と思いました。戦後生まれの方が詠まれたのか、そうでない方が詠まれたのか、とても気になりました。
而云 小学校2年の時に終戦を迎え、「戦争放棄」は重要なんだと強く思って育ちましたので、最近の反撃能力のような議論には違和感があります。
青水 中七下五は言い古されたフレーズの気がします。季語をどう解釈するか悩みましたが、福寿草のめでたさに掛けた句と捉えました。
水牛 福寿草と戦争をうまく取り合わせた句ですね。老いるまで戦争がなかったのは本当に幸せなことだと思います。詠み手は戦争を知る世代でも知らない世代でも…。
可升(作者) 従軍も戦渦に巻き込まれることもなく一生を過ごせるのはとても稀有なことだと素直に思っています。一方、最近のきな臭い動きに孫はどうなるのかという思いもあります。
* * *
日本は太平洋戦争後の77年間、戦火に見舞われていない。だが、世界では朝鮮戦争、ベトナム戦争、ウクライナの戦争など戦火の絶えた日はない。戦争を知らない世代が人口の9割近くに。昨今の防衛論もあり、複雑な思いをかきたてる句である。
(光 23.02.03.)
浜風にちぎれ飛ぶ火やどんど焼き 大下 明古
浜風にちぎれ飛ぶ火やどんど焼き 大下 明古
『合評会から』(日経俳句会)
三代 どんど焼きは見たことがなく、調べると海の近くでやることが多い。浜辺で炎がわーっと舞い上がって飛んで行くさまが目に見えるなと。
てる夫 余計なことを言うと、長野の山国でも左義長は色んな所で盛んにやっています。
水馬 大磯でしょうか。迫力のある浜辺でのどんど焼きが目に浮かびます。
芳之 「ちぎれ飛ぶ」の表現に勢いがあります。
* * *
徒然草にも記述がある左義長は元来宮中の小正月行事。連綿と現代に受け継がれ、いまは地方により名が異なるがどんど焼きと呼ぶのが一般的だ。歴史好きなら、織田信長が左義長に名を借りて天下に示威した陣揃えを思い起こすだろうか。神奈川在住の人によれば、大磯の北浜海岸の左義長がことに規模も大きく盛んだと言う。暗くなるころ、竹や松と正月飾りで盛り上げた何基もの「さいと」に火を付け、その炎に一年の無病息災を祈るということだ。また終わった後の熾火で焼く餅や芋は子供たちの楽しみ。
掲句はたしかに左義長・どんど焼きの光景だ。大きな炎が呼び起こした風にちぎれて飛ぶというところは壮観だが、いっぽう一種の怖さもあると思う。こういう伝統行事ができるのも浜辺ならではのこと。作者が実際に見たに違いない迫力がある。炎が時には「ちぎれ飛ぶ」さまを見落とさなかったのがこの句の命と思う。
(葉 23.02.02.)
『合評会から』(日経俳句会)
三代 どんど焼きは見たことがなく、調べると海の近くでやることが多い。浜辺で炎がわーっと舞い上がって飛んで行くさまが目に見えるなと。
てる夫 余計なことを言うと、長野の山国でも左義長は色んな所で盛んにやっています。
水馬 大磯でしょうか。迫力のある浜辺でのどんど焼きが目に浮かびます。
芳之 「ちぎれ飛ぶ」の表現に勢いがあります。
* * *
徒然草にも記述がある左義長は元来宮中の小正月行事。連綿と現代に受け継がれ、いまは地方により名が異なるがどんど焼きと呼ぶのが一般的だ。歴史好きなら、織田信長が左義長に名を借りて天下に示威した陣揃えを思い起こすだろうか。神奈川在住の人によれば、大磯の北浜海岸の左義長がことに規模も大きく盛んだと言う。暗くなるころ、竹や松と正月飾りで盛り上げた何基もの「さいと」に火を付け、その炎に一年の無病息災を祈るということだ。また終わった後の熾火で焼く餅や芋は子供たちの楽しみ。
掲句はたしかに左義長・どんど焼きの光景だ。大きな炎が呼び起こした風にちぎれて飛ぶというところは壮観だが、いっぽう一種の怖さもあると思う。こういう伝統行事ができるのも浜辺ならではのこと。作者が実際に見たに違いない迫力がある。炎が時には「ちぎれ飛ぶ」さまを見落とさなかったのがこの句の命と思う。
(葉 23.02.02.)
左義長の残り火で焼く蜜柑かな 中嶋 阿猿
左義長の残り火で焼く蜜柑かな 中嶋 阿猿
『季のことば』
「水牛歳時記」によると、「左義長(さぎちょう)」は、小正月の日に行う一種の火祭りで「どんど」や「どんど祭り」などとも呼ばれる。元旦に降臨した神様を、正月飾りを焚いて、その炎と煙と共に天に送り返す儀式だという。燃え上がる火は神聖なもので、その熱気や煙を浴びたり、その火であぶった餅や団子を食べればれば一年間の無病息災が保証され、書初をどんどの火にくべると「手が上がる」という。地方によって呼び方が違うが、全国各地で催されている新年の行事だ。
筆者は、日本三大火祭りとも言われている長野県野沢温泉の道祖神祭りを見学したことがある。高さ十数メートル、八メートル四方の社殿を組み、それに村人が火を付けようとするのを厄年の村民が防火役となって争う。激しい攻防戦の末、双方の手締めで社殿に火が放たれ、紅蓮の炎とともに社殿が崩れ落ちるという勇壮な火祭りだ。
閑話休題、句会では餅を焼いたり焼き芋を詠んだ句に交じって、焼き蜜柑の掲句が目についた。蜜柑を焼くと甘みが増す。「子供のころ、焚き火をした後に蜜柑を入れた。あれ結構美味しいんですよね。句を見て思い出した」と方円さん。ネットには、焼き蜜柑のレシピがたくさんアップされている。焼き蜜柑は栄養価の高い外皮まで食べやすくなることなどから、若い人にも人気があるようだ。外皮には、発がん予防、骨粗鬆症予防、美肌などの健康成分が含まれているという。うーむ、焼き蜜柑が食べたくなった。
(双 23.02.01.)
『季のことば』
「水牛歳時記」によると、「左義長(さぎちょう)」は、小正月の日に行う一種の火祭りで「どんど」や「どんど祭り」などとも呼ばれる。元旦に降臨した神様を、正月飾りを焚いて、その炎と煙と共に天に送り返す儀式だという。燃え上がる火は神聖なもので、その熱気や煙を浴びたり、その火であぶった餅や団子を食べればれば一年間の無病息災が保証され、書初をどんどの火にくべると「手が上がる」という。地方によって呼び方が違うが、全国各地で催されている新年の行事だ。
筆者は、日本三大火祭りとも言われている長野県野沢温泉の道祖神祭りを見学したことがある。高さ十数メートル、八メートル四方の社殿を組み、それに村人が火を付けようとするのを厄年の村民が防火役となって争う。激しい攻防戦の末、双方の手締めで社殿に火が放たれ、紅蓮の炎とともに社殿が崩れ落ちるという勇壮な火祭りだ。
閑話休題、句会では餅を焼いたり焼き芋を詠んだ句に交じって、焼き蜜柑の掲句が目についた。蜜柑を焼くと甘みが増す。「子供のころ、焚き火をした後に蜜柑を入れた。あれ結構美味しいんですよね。句を見て思い出した」と方円さん。ネットには、焼き蜜柑のレシピがたくさんアップされている。焼き蜜柑は栄養価の高い外皮まで食べやすくなることなどから、若い人にも人気があるようだ。外皮には、発がん予防、骨粗鬆症予防、美肌などの健康成分が含まれているという。うーむ、焼き蜜柑が食べたくなった。
(双 23.02.01.)
縄文の遺伝子目覚むどんど焼き 中村 迷哲
縄文の遺伝子目覚むどんど焼き 中村 迷哲
『合評会から』(日経俳句会)
三代 どんど焼きは見たことがない。炎は縄文あたりの遺伝子を目覚めさせる感じがして。いま縄文時代が好きで色んな所に見に行っているんですが、「どんど焼き」と「縄文」の取り合わせがいいなと思った。
水牛 炎が立ち上がるさまを詠んだ句が多かった。どれにしょうかと思ったが、縄文の炎が一番鮮やか。血沸き肉躍る感じがしました。
静舟 遮光土器が手をかざし暖を取っている。
光迷 火を見ると猛り狂いたくなるのかはともかく、この心情理解できます。もっと盛大に天まで燃えよと。
阿猿 火を見ると高揚したり興奮するのは、キャンプファイヤーや暖炉の火などでも感じる。
* * *
当然のことだが、「左義長・どんど焼」の兼題句には炎が猛り立つ様子を詠んだ句が多かった。その中でも特にこの句は「縄文時代」を取り合わせたところが出色である。三代さんや静舟さんの評にもあるように、今や縄文ブームで、縄文土器や縄文遺跡巡りが大流行である。
浜辺や山間の枯田の中の、大規模などんど焼きの紅蓮の炎は物凄い迫力だ。見ていると吸い寄せられるような、しかし熱さに煽られてのけぞり、身体中の血が沸き返るような興奮を覚える。確かに縄文の荒々しい血が呼び覚まされる。
(水 23.01.31.)
『合評会から』(日経俳句会)
三代 どんど焼きは見たことがない。炎は縄文あたりの遺伝子を目覚めさせる感じがして。いま縄文時代が好きで色んな所に見に行っているんですが、「どんど焼き」と「縄文」の取り合わせがいいなと思った。
水牛 炎が立ち上がるさまを詠んだ句が多かった。どれにしょうかと思ったが、縄文の炎が一番鮮やか。血沸き肉躍る感じがしました。
静舟 遮光土器が手をかざし暖を取っている。
光迷 火を見ると猛り狂いたくなるのかはともかく、この心情理解できます。もっと盛大に天まで燃えよと。
阿猿 火を見ると高揚したり興奮するのは、キャンプファイヤーや暖炉の火などでも感じる。
* * *
当然のことだが、「左義長・どんど焼」の兼題句には炎が猛り立つ様子を詠んだ句が多かった。その中でも特にこの句は「縄文時代」を取り合わせたところが出色である。三代さんや静舟さんの評にもあるように、今や縄文ブームで、縄文土器や縄文遺跡巡りが大流行である。
浜辺や山間の枯田の中の、大規模などんど焼きの紅蓮の炎は物凄い迫力だ。見ていると吸い寄せられるような、しかし熱さに煽られてのけぞり、身体中の血が沸き返るような興奮を覚える。確かに縄文の荒々しい血が呼び覚まされる。
(水 23.01.31.)
松過ぎのたこ焼き奉行立通し 谷川 水馬
松過ぎのたこ焼き奉行立通し 谷川 水馬
『この一句』
正月も四日を過ぎるとおせち料理に飽きてきて、カレーやラーメンが食べたくなる。この家では、カレーでも、ラーメンでもなく、松過ぎにたこ焼きパーティをしたようだ。
たこ焼き奉行が「立通し」と言うのだから、よほど沢山作ったのだろうが、果たして関東にそんなにもたこ焼きに入れ込む家があるのかと訝った。作者の名前を聞いて合点が行った。ご本人は鹿児島県の生まれだが、令夫人は和歌山新宮生まれの、大阪と兵庫川西の育ち。旦那によれば、手に「銀の匙」ならぬ「たこ焼き用の千枚通し」を持って生まれて来た、たこ焼き名人らしい。
筆者は常々たこ焼きを焼くコツは、溶いた粉を溢れるほど入れることと、立って焼くことだと思っている。前者は、粉の量をけちると、返した時に裏側がきれいな丸にならず、壊れた宇宙船のような形なってしまうから。後者は、立って焼くと、千枚通しが斜め上からたこ焼きに刺さり、うまく回せるから。それでなくとも、一度に二十個くらい焼けるたこ焼き器、悠長に坐って焼けるような生半可な代物ではない。この句の「立通し」こそ名人の証ではないだろうか。立通しで焼いてどんなに疲れても、孫の「バァバ、美味しいよ」の一言で癒されるのに違いない。名人の焼くたこ焼きを一度よばれたいもんである。
(可 23.01.30.)
『この一句』
正月も四日を過ぎるとおせち料理に飽きてきて、カレーやラーメンが食べたくなる。この家では、カレーでも、ラーメンでもなく、松過ぎにたこ焼きパーティをしたようだ。
たこ焼き奉行が「立通し」と言うのだから、よほど沢山作ったのだろうが、果たして関東にそんなにもたこ焼きに入れ込む家があるのかと訝った。作者の名前を聞いて合点が行った。ご本人は鹿児島県の生まれだが、令夫人は和歌山新宮生まれの、大阪と兵庫川西の育ち。旦那によれば、手に「銀の匙」ならぬ「たこ焼き用の千枚通し」を持って生まれて来た、たこ焼き名人らしい。
筆者は常々たこ焼きを焼くコツは、溶いた粉を溢れるほど入れることと、立って焼くことだと思っている。前者は、粉の量をけちると、返した時に裏側がきれいな丸にならず、壊れた宇宙船のような形なってしまうから。後者は、立って焼くと、千枚通しが斜め上からたこ焼きに刺さり、うまく回せるから。それでなくとも、一度に二十個くらい焼けるたこ焼き器、悠長に坐って焼けるような生半可な代物ではない。この句の「立通し」こそ名人の証ではないだろうか。立通しで焼いてどんなに疲れても、孫の「バァバ、美味しいよ」の一言で癒されるのに違いない。名人の焼くたこ焼きを一度よばれたいもんである。
(可 23.01.30.)
枯野行く歩荷のリズム狂ひなし 大澤 水牛
枯野行く歩荷のリズム狂ひなし 大澤 水牛
『合評会から』(日経俳句会)
春陽子 たぶん尾瀬に行った人が詠んだ句でしょう。「リズム狂ひなし」という言葉、よく出たなあと思いました。
二堂 「リズム狂ひなし」がぴったりの姿を表している。
芳之 「狂ひなし」がとても効果的です。一定のリズムが伝わってきます。
百子 まったくその通りですね。何回も同じ枯野を歩いているのですから。
水馬 歩荷の歩くさまをよく表現出来ていると思います。枯野に似合いますね。
* * *
歩荷(ぼっか)という存在、山歩きの人にはお馴染である。歩荷と書くのは当て字とかで、語源がどこにあるのか気になるところでもある。俳句の世界に登場する例は少ないだろうが、詠まれれば類句を思いつかず清新な印象をあたえる。山好きは歩荷の姿、歩様を瞬時に思い起こすことができる。背負子で数十キロにおよぶ荷を担ぎ、山小屋などに運搬するあの姿である。ことに尾瀬の歩荷は有名で、掲句も先年の尾瀬吟行を詠んだものと作者は言う。
重荷を背負っているのだから歩くリズムとバランスが重要だ。ふらつけば荷崩れや転倒の危険もある。「リズムよく」が肝要である。「リズム狂ひなし」の措辞が歩荷のすべてを表現し、そのうえ尾瀬の「枯野」を舞台にして隙間がない。
(葉 23.01.29.)
『合評会から』(日経俳句会)
春陽子 たぶん尾瀬に行った人が詠んだ句でしょう。「リズム狂ひなし」という言葉、よく出たなあと思いました。
二堂 「リズム狂ひなし」がぴったりの姿を表している。
芳之 「狂ひなし」がとても効果的です。一定のリズムが伝わってきます。
百子 まったくその通りですね。何回も同じ枯野を歩いているのですから。
水馬 歩荷の歩くさまをよく表現出来ていると思います。枯野に似合いますね。
* * *
歩荷(ぼっか)という存在、山歩きの人にはお馴染である。歩荷と書くのは当て字とかで、語源がどこにあるのか気になるところでもある。俳句の世界に登場する例は少ないだろうが、詠まれれば類句を思いつかず清新な印象をあたえる。山好きは歩荷の姿、歩様を瞬時に思い起こすことができる。背負子で数十キロにおよぶ荷を担ぎ、山小屋などに運搬するあの姿である。ことに尾瀬の歩荷は有名で、掲句も先年の尾瀬吟行を詠んだものと作者は言う。
重荷を背負っているのだから歩くリズムとバランスが重要だ。ふらつけば荷崩れや転倒の危険もある。「リズムよく」が肝要である。「リズム狂ひなし」の措辞が歩荷のすべてを表現し、そのうえ尾瀬の「枯野」を舞台にして隙間がない。
(葉 23.01.29.)
シャッターを肩で押し上げ初仕事 玉田春陽子
シャッターを肩で押し上げ初仕事 玉田春陽子
『この一句』
作者には好んで詠む題材がいくつかある。どんなテーマでも詠み方が巧みなので、いつも高点を攫っている。代表的なのは色や形を詠んだ作品だ。「ストローをのぼる空色夏来る」は、昨年度の日経俳句会の最優秀賞に輝いた。デザイナーである作者の本領発揮、実に鮮やかな切り取り方だ。「冬めくや駅に手作り小座布団」などに見られるように、小道具をあしらうのもとても上手い。
掲句はもう一つの得意分野。職人などの働く人の仕草に着目した作品だ。過去には「野分晴れひたと墨打つ宮大工」、「電気工一人花見の灯を点す」、「婦長にも私服の日あり赤セーター」など、どの句の登場人物も息づかいが聞こえるほどの存在感がある。
小さな町工場か何か、電動ではなく手で押し上げるタイプのシャッターを開ける仕草をスケッチした作品だ。作業着を着ているかもしれない。地面から手で少し持ち上げ、しゃがんで肩を入れそのまま立ち上がって、両手を上げて最後まで押し上げる。そんな一連の動作を目撃しているような錯覚に陥る。ガラガラという音まで聞こえてきそうだ。
毎朝繰り返す、極めて日常的な動作。年が改まり、そんな日常がまた始まった、という雰囲気を季語「初仕事」がしっかり受け止め、読者にある種爽やかな親近感を抱かせる。「うまいなあ」と感心するしかない。
(双 23.01.27.)
『この一句』
作者には好んで詠む題材がいくつかある。どんなテーマでも詠み方が巧みなので、いつも高点を攫っている。代表的なのは色や形を詠んだ作品だ。「ストローをのぼる空色夏来る」は、昨年度の日経俳句会の最優秀賞に輝いた。デザイナーである作者の本領発揮、実に鮮やかな切り取り方だ。「冬めくや駅に手作り小座布団」などに見られるように、小道具をあしらうのもとても上手い。
掲句はもう一つの得意分野。職人などの働く人の仕草に着目した作品だ。過去には「野分晴れひたと墨打つ宮大工」、「電気工一人花見の灯を点す」、「婦長にも私服の日あり赤セーター」など、どの句の登場人物も息づかいが聞こえるほどの存在感がある。
小さな町工場か何か、電動ではなく手で押し上げるタイプのシャッターを開ける仕草をスケッチした作品だ。作業着を着ているかもしれない。地面から手で少し持ち上げ、しゃがんで肩を入れそのまま立ち上がって、両手を上げて最後まで押し上げる。そんな一連の動作を目撃しているような錯覚に陥る。ガラガラという音まで聞こえてきそうだ。
毎朝繰り返す、極めて日常的な動作。年が改まり、そんな日常がまた始まった、という雰囲気を季語「初仕事」がしっかり受け止め、読者にある種爽やかな親近感を抱かせる。「うまいなあ」と感心するしかない。
(双 23.01.27.)