顔を残して霞む磨崖仏      廣田 可升

顔を残して霞む磨崖仏      廣田 可升

『合評会から』(番町喜楽会)

双歩 採ったことは採ったのですが、「顔(かんばせ)を残して」とはどういう事だろう、霞が棚引いているのだろうか、と後で思いました。いずれにせよふらふらと採りました(笑)。
迷哲 典雅な表現が摩崖仏によく合っています。遠く霞む仏様は有難みも増しそうです。
冷峰 鎌倉の長谷寺を訪れた折に磨崖仏を見た記憶があり懐かしく思った。
水牛 きれいな句ですね。宇陀の磨崖仏がこんな感じでしたね。
可升(作者) 水牛さんが宇陀の磨崖仏だと指摘されたのでびっくりしました。興福寺吟行の翌日に友人と長谷観音に行ったときに、宇陀の磨崖仏も見ました。
          *       *       *
 平成23年(2011)6月、句友うち連れ芭蕉の故郷伊賀上野を訪れた帰り道、山越えで室生寺へ抜けた。その際に眺めた宇陀の磨崖仏が、この句を見た時に鮮やかに蘇った。梅雨に入る前の青葉輝く中に、宇陀川の対岸の崖に彫られた巨大な磨崖仏が浮かんでいた。後鳥羽上皇の勅願によって出来たものと言うから、もう800年も前、今放映中の大河ドラマの北条義時の頃だ。岸壁に陰刻された高さ14メートルの弥勒様はかなり磨り減っているけれど、かえってそれが得も言われぬ有難味を放っているように見えた。
(水 22.04.19.)

隠居には隠居の日課四月来る   金田 青水

隠居には隠居の日課四月来る   金田 青水

『この一句』

 隠居とは、戸主が生存中に家督,財産を相続人に譲ることで、室町時代に始まったという。明治以降、法律で規定されていたが、終戦後、隠居制度は新民法で廃止された。今では、定年退職など一線を退いて気ままに暮らすこと、およびその人を〝隠居〟と呼ぶことがある。つまり、制度上の身分ではなく、単なるリタイアメントのことだ。もっとも、歌舞伎や落語などの伝統芸能の世界では、芸名を後進に譲り隠居名を名乗ることがあるなど、隠居という言葉は今も残っている。
 掲句の作者は、「何もしなくてもいい、何もすることがない、はずの〝隠居〟にも実はそれなりに日課があるんだよ、特に四月には」とつぶやく。多少、見栄を張っているのかもしれない。「世間は四月から新しいことが始まる。隠居の自分にはそんな新しいことはないけれど、ちゃんと自分なりの日課があるんだ、という多少開き直ったような句でしょうか」という可升さんの句評がぴったりだ。
 句会のメンバーは一部現役の勤め人が混じっているが、ほとんどが悠悠自敵の〝楽隠居〟の身分。「いや、私も同じ境遇でして」とか「まさに、その通り」などと、共感の輪が広がった。
(双 22.04.18.)

動かせば青畳ある四月かな    星川 水兎

動かせば青畳ある四月かな    星川 水兎

『合評会から』(番町喜楽会)

青水 四月にはいろいろな変化があるのですが、そこに「青畳」をもってきて、「青畳ある四月かな」と大胆に詠む。名句じゃないかと思いました。
而云 何を動かしたのかが問題として残るのですが、箪笥でも動かしたのですかね。いずれにせよ、動かした後の青畳の色に季節を感じた。凝った表現だと思います。
水馬 最初意味がわからなかったのですが、引っ越しをして家具を動かした時の句ではないかと気づきました。
迷哲 新年度を機に模様替え。動かした家具の下から現れた青畳に小さな驚きがあります。
          *       *       *
 私は「青畳」を夏の季語だと思い込んでいて、「動かせば青き畳の四月かな」ではどうだろうなどと余計なことを言った。確かに昔は夏座敷と同列に青畳を夏のものとして詠まれていたようなのだが、ほとんどの歳時記に載っていない。青畳を詠んだ句はたくさんある。しかし、「夏風に切疵痛む青畳 飯田蛇笏」「青畳夜を匂へり走り梅雨 大橋敦子」「青畳静謐にして武具飾る 後藤夜半」と、夏の季語を添えて詠まれたものが多い。してみると「青畳」には「夏のもの」と決めつける力が無いということか。確かに、秋でも春でも新調した畳は青々として香る。
 しかし、やはりどうも青畳は夏の感じがする。この句は実に面白い句だけに、困ってしまう。
(水 22.04.17.)

ごめんねと除草剤撒く春の墓   高井 百子

ごめんねと除草剤撒く春の墓   高井 百子

『この一句』

 句に詠まれた場面を想像し、思わず笑ってしまった。
 お彼岸の頃であろう。コロナ禍でしばらく足が遠のいていた墓参りに来た。墓の周りは雑草が芽を出し、しっかり伸びている。「ほったらかしてごめんなさい」と心の中で呟きながら、持参の除草剤を撒いている。草刈の手間を惜しんで薬を撒く〝手抜き〟を謝っているとも読める。ご先祖様に詫びる律義さと、除草剤を撒く行為のギャップにおかしみを感じる。口語調の詠みぶりによって、作者の動きと心象が生き生きと立ち上がってくる。
 除草剤が必要なくらい草が生えるのは、都心のミニ墓などではなく田舎の広い墓所であろう。とすると除草剤の背景に別の事情がひそんでいるとも考えられる。若くて元気なころは、墓参りの度に、鎌を振るって草を刈り、墓石を洗って墓掃除をしていた。しかし寄る年波で草刈がつらくなり、やむを得ず除草剤を使ったのではなかろうか。
 少子高齢化が進み、墓に対する意識は大きく変わっている。先祖伝来の墓を受け継ぐ子供や孫がおらず、墓じまいを考える高齢者が増えていると聞く。作者の実家は群馬にあり、ご両親の墓参りに時々行かれると聞いたことがある。その墓はどうされるのであろうか。「ごめんね」の四文字には、墓をめぐる複雑な思いが込められているのかも知れない。
(迷 22.04.15.)

手の中に命の震え仔猫寝る   高橋ヲブラダ

手の中に命の震え仔猫寝る   高橋ヲブラダ

『合評会から』(日経俳句会)

水兎 生まれたての手のひらサイズ。寝ている時も震えるのか。
愉里 生まれたばかりの手乗り猫!かわいいので採りました!
豆乳 子猫に命の蠢動を感じる感受性がすばらしい。
定利 仔猫の感じがとても良く出ている。
          *       *       *
 私にもこの句と同じような体験がある。2004年1月、野良猫が裏庭の物置と石崖の間に積もった落葉に巣を作り、四匹の子どもを生んだ。困ったな、どうしようと思いながら見るともなしに見ていたら、三週間ばかりたった頃、ぎゃあぎゃあうーうー言う物凄い猫のわめき声がした。二羽の烏を相手に、母猫が必死に戦っていた。一羽が母猫を攻撃している隙にもう一羽がようやくよちよち歩きできるようになった子猫をくわえて飛び去った。竹箒で獰猛な二羽を追い払ったが、母猫も驚いて逃げてしまった。
 後にはたった一匹残った赤ん坊猫がみゅうみゅう泣いている。つまみ上げて両手で包むと、あたたかく、ぴくぴく震えている。それから割り箸に巻きつけたガーゼにミルクや煮干粉を砕いて混ぜた重湯を染ませて吸わせることから始め、一人前に育て上げた。その後、我が家の庭に住み着き、毎朝ベランダに出してやる餌を貰いに来る暮らしを続け、昨年11月1日、死んだ。18歳の生涯だった。
 ともかく、生まれて間もない子猫はまさに「全身脈動」という感じである。
(水 22.04.14.)

シラバスを初めて知った四月かな 嵐田 双歩

シラバスを初めて知った四月かな 嵐田 双歩

『季のことば』

 句を見て、シラバスを知らない人が結構多いのだな、と少々安心したが、該当する人は学生である。一方、私の場合は、新聞社を定年退職し、大学で教え始めた頃のことだ。教務課の職員に「シラバスを出して頂けませんか」と問われ、「シラバスって?」と問い返した。生まれて初めて聞いた言葉である。恥ずかしながら、職員に教えを乞うたのであった。
 シラバスとは「講義実習要綱」のことだという。講義の目的や参考文献、試験の評価方針などを書かねばならない。私の担当科目名は「文章表現論」だったが、狙いの根本は就職試験用の作文の書き方である。学生にテーマを与え、書いた文を読んだ上で、個々に指導して行けばいいのだ。教務課には「前もって学生に知らせるようなものはない」と答えて置いた。
 結局、そのまま大学の任期九年を全う。それからさらに十年余を経た今、掲句によって「シラバス」の語に再会して思う。今年の大学一年生も「シラバス」の語に出会い、戸惑うのではないだろうか。そしてまた思う。この語を「講義要綱」「授業計画」などと変えてはいけないのだろうか。掲句の作者もそんなことを考えながら、句を作っていたに違いない。
(恂 22.04.13.)

春の夢くだきし腓返りかな    須藤 光迷

春の夢くだきし腓返りかな    須藤 光迷

『この一句』

 「春眠暁を覚えず」 春の寝坊ほど心地よいものは無い。半睡半醒、そろそろ起きようか、いや夢の続きを見たいともう一眠り。と、いきなり脹ら脛が引きつって激痛に目が覚める。老年にはコムラガエリは宿命的な発作である。
 医学ではコムラガエリを「有痛性筋痙攣症」あるいは「筋クランプ」というのだそうだが、要するに「痛みを伴う筋肉の痙攣・締め付け」である。どうしてこれが起こるのか、その原因と予防法は突き止められてはいないが、激しい運動による発汗や筋肉疲労、筋肉内の血行不順、乳酸など疲労物質の蓄積などによって、ふくらはぎの筋肉内のミネラルバランスが崩れると起こるのではないかという。
 睡眠中は身体をほとんど動かさないため心拍数は減り、必然的に血行は低下する。一方、睡眠中は盛んに汗をかくので、血管内の水分が減る。そうなると筋肉内のミネラルバランスが崩れる。そんな時に寝返りを打ったりして脚の筋肉に刺激が加わると筋肉細胞が過剰反応し、痙攣を起こす。これがコムラガエリというものらしい。若い人でも過度な運動をした時などに起こるが、老人は取り立てて運動をしなくても血行不順はしょっちゅうだから、ひんぱんに起こるのだ。
 この句は実に嫌な春暁のコムラガエリを詠んだものだが、なぜか暗い感じがしない。「やれやれまたかよ」なんてつぶやきながら激痛の治まりを待つ。大悟徹底という言葉まで思い浮かぶ句である。
(水 22.04.12.)

三千余人教師四月の大異動    堤 てる夫

三千余人教師四月の大異動    堤 てる夫

『この一句』

 四月は人事異動の月である。会社勤めや公務員の現役にとって無関心を装うわけにはいかない。短期長期の仕事ぶりがどう評価されたかの表れである。退職して三、四年も経つので「我が事にあらず」と飄然としている人もいるが、やっぱり古巣の上司部下の動静は気になるところだろう。げに宮仕えと人事の相関は大宝律令の昔から、世人の関心事なのだ。
 上の句は教育界の四月人事異動を詠んだものである。教育界は国の新会計年度と軌を一にして大異動が行われる。幼稚園、小学校、中学校、高等学校とも公立私立を問わず大規模な人事を発令、世間で悲喜こもごも劇が展開する。句の作者は長野県在住。あとで信濃毎日新聞紙上だと聞いたが、異動人数は三千を超えるという。筆者の住む千葉県では朝日新聞が別刷りを出して(他紙も同様だろうが未確認)、千葉全県の教員異動を伝える。人口比で考えると長野県の三倍の人数にもなろうか。生徒たちは言うに及ばず、父兄の関心も高いからそうなる。ちなみに県警警察官の異動も同様の状況である。
 作者は三月末ある日の紙面を開いて驚いた。おそらく複数ページにわたって校名・職位・氏名が並んでいる。なかに知人でもいなければ無縁の人の行列だが、その量に新鮮な驚きがあったのだ。教師三千余人が一斉に辞令を受ける現実を珍しい句に仕立てた。上五と中七下五が語調よく繋がり、迫力ある句だと一番にいただいた。
(葉 22.04.11.)

四月来る名刺を持たぬ身の軽さ  徳永 木葉

四月来る名刺を持たぬ身の軽さ  徳永 木葉

『この一句』

 四月は年度の始まりであり、「社会生活の節目として気分あらたな月」(角川大歳時記)とされる。学校では新学期が始まり、会社では新入社員が社会人としてスタートする。新たに配属された部署で、自分の名前が記された名刺を受け取った時の感激を覚えている人は多いのではなかろうか。名刺は仕事に不可欠なツールだが、会社の信用度の象徴であり、自分が組織にがっちり組み込まれた身であることを自覚するカードでもある。
 掲句を最初に読んだ時には、定年退職した作者が名刺を持たない身の自由さ、解放感を詠んだ句と考えた。しかし作者は会社をやめてから久しい。わざわざ季語の四月を取り合わせているのは、別の意味を重ねているのではなかろうか。例えば「身の軽さ」は組織に属さぬ身の頼りなさと裏腹である。「名刺を持たぬ身」の措辞には、一抹の寂しさが漂う。あるいは四月の訪れとともに会社勤めの頃を思い出し、名刺の重みを改めて感じていると読めないこともない。
 名刺の「刺」は、古代中国で訪問先の戸口に要件を書いた木簡や竹簡を刺したことから来た言葉とされる。社会人なら誰もが覚えのある心情を多層的に詠み込んだこの句は、番町喜楽会の四月例会で、最高点のひとつに入った。読む人の心に〝刺さった〟ようだ。
(迷 22.04.10.)

金の眼が素敵と子猫貰はるる   今泉 而云

金の眼が素敵と子猫貰はるる   今泉 而云

『合評会から』(日経俳句会)

迷哲 金の眼と子猫の運命とを重ね合わせて詠んでいるところが上手い。
水牛 ほんとにうまく詠んでいる。子猫は貰い手が少ないんだ。獣医の話では一に毛並み、二に目の色だそうだ。ちょっとしたところで運命が決まるんだなと。
青水 最近の猫ブームに寄り添った句だと思った。
水馬 金目銀目と言って珍しがった頃がありました。
雀九 なさそでありそな金目猫。素敵な俳句です。 
三代 成長すると、この金の眼はすごみも感じさせます。
          *       *       *
 作者が小学校へ上がる前に目にした出来事を詠んだものだという。この仔猫は「金目が素敵だわ」と言う近所のおばさんに引き取られたそうである。作者が小学校(当時は国民学校と言っていた)に上がる前というと、昭和16,7年か。戦局急を告げていたとは言っても、まだ仔猫を貰い貰われする程度のゆとりはある時代だった。ネズミ駆除に最も有効なのが猫を飼うことだったから、どこの家も猫を飼っていた。野良猫も多かった。建てつけの良くない木造住宅は家猫も内ソト行ったり来たり自由自在。猫の不妊手術など到底考えられない時代だから、早春の猫の恋の季節は町内睡眠妨害の大騒動。やがて3月、4月は子猫であふれかえる。
 貰い手がついた子猫は幸運。十中八九はみかん箱に入れられて橋の袂などに置かれ、野犬の餌食。あるいは川に流されてしまうのだった。
(水 22.04.08.)