手をあはす御仏の足冬の蠅   玉田 春陽子

手をあはす御仏の足冬の蠅   玉田 春陽子

『この一句』

 合評会で、「手をあはす」のは誰か、が議論になった。「蠅が前足をこすり合わせるのが、御仏が手を合わせているように見えるという意味でしょうか」(満智)と、比喩の表現ととる解釈があった。また、御仏そのものが手を合わしているのだと、合掌する仏像をイメージする人もいた。仏像の手のかたちは、施無畏印や来迎印など印を結ぶものが多く、合掌している像は案外少ないのだが、勢至菩薩像や童子像など合掌されている像もたしかにある。
 筆者はこの句を読んですぐに奈良の長谷寺の十一面観世音立像を想起し、参拝者である作者が手を合わしていると解釈した。この観音さまは三丈三尺六寸(約十メートル)の巨大な像で、特別拝観の期間には堂内の観音さまのすぐ近くまで入ることが出来る。入ってみると、目の前にあるのはまさに「御仏の足」で、そこで合掌するとまさに足に向かって拝むかたちになる。堂内はとても荘厳な雰囲気で、見上げればはるか遠くに観音さまのお顔がある。
 作者によれば、手を合わせているのはやはり作者ご自身だが、手を合わせている対象は地蔵菩薩だったとのこと。「冬の蠅」のとまっている場所としては、暗い堂内の観音さまの足元よりも、日当たりの良い地蔵さまの足元の方が相応しいだろう。「地蔵の足」ではなく、「御仏の足」と詠んだことがこの句を豊かなものにしている。小さく、か弱い生き物が、「御仏の足」に安心してやすらぐ様子が見える。
(可 20.12.24.)

川底に色よき朽葉山眠る     金田 青水

川底に色よき朽葉山眠る     金田 青水

『合評会から』(番町喜楽会)

水牛 綺麗な谷川の清澄な気分が感じられます。初冬の良く晴れた午後の感じがする、おとなしくていい句です。
木葉 奥入瀬かどこかの渓流で、真っ赤な落ち葉が澄んだ水の底にある光景を思い浮かべます。
冷峰 川底の「朽葉」に哀愁を感じます。枯葉ではなく「朽葉」としたところがいいですね。
二堂 綺麗な山の静けさがよく出ています。
           *       *       *
 「山眠る」は、俳句を詠む人なら一度は使ってみたい魅力的な季語である。中国宋時代の詩からとられているが、春夏秋に対応した笑ふ、滴る、粧ふの表現がやや技巧的であるのに対し、山眠るは不自然さがない。木々が葉を散り尽くし、ひっそりと静まり返った山は、確かに眠っているように見える。雪にでも覆われていれば、いっそう静寂感が深まる。
 掲句はその山を描写するのに川を持ってきている。まずその着想に魅かれた。秋の山を華やかに装った赤や黄の葉は散り落ち、川底を埋めている。「色よき」の表現で、水中の葉がなお秋の名残をとどめていることを印象づける。雪が降り、山が眠りを深めれば、色よき葉も文字通りの朽葉となって行く。山容の移り変わりに色の変化を重ねることで、眠る山の寂寥感をさらに深めている。
(迷 20.12.23.)

莢枯れて大豆は甘し北颪     高井 百子

莢枯れて大豆は甘し北颪     高井 百子

『合評会から』

光迷 場所はどこでしょうか?「北颪」だから、丹沢でしょうか、上州でしょうか?畑仕事のことがよく分かっている人の上手な句ですね。
可升 こういう句は作ろうと思っても作れません。大豆の事、北颪の事を本当に知らないと作れない句です。俳句としても、とても調べが良い句です。
水馬(メール選評) 昔、生家で作っていた大豆の収穫を思い出しました。写生がきいていると思いました。
*       *       *
 大豆日本一の産地十勝の生まれの筆者だから、この句境は我が意を得たりである。葉や茎がカラカラに枯れて、もうだめになったんじゃないかと思うくらいになった後に、大豆の収穫が始まる。夏の青い枝豆が黄色く弾け出し、それが美味い豆腐や湯葉に変身するのだ。
「北颪」が吹く頃のあの風景を知るのは、上州生まれ信州在住の作者ならではと思う。たしかに大豆という作物のありようを身近に知る人が作った一句とうかがわせて疑念をはさまない。大豆のほんのかすかな甘みは豆乳にあり、作者は日々愛飲しているのかもと想像するのである。
(葉 20.12.22.)

眠る山五百羅漢をふところに   田中 白山

眠る山五百羅漢をふところに   田中 白山

『この一句』

 まず、冬晴れの下の静かな山の姿が瞼に浮かんだ。稜線を下ってズームインして行くと、森の中から五百羅漢が姿を現した。寺領である。それにしても「五百羅漢をふところに」というのは、いい措辞であり、いい取り合わせである。「ふところ」というひらがな表記もいい。「懐」という漢字よりは柔らかく、ふくらみもあるから。
 「山眠る」という季語は、北宋の画家、郭煕の「冬山惨淡として眠るが如し」から生まれたもの。その前に「春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠として滴るが如く、秋山明浄にして粧うが如く」という一節がある。四季それぞれの山の姿を「笑う」「粧う」などと表現する捉え方に、自然と人間の共生に通じるものが感じられる。
ところで、句の作者はどこにいるのか。五百羅漢に会えるのは、東京都内ならば目黒の羅漢寺、近郊となれば川越の喜多院や小田原の玉宝寺などである。京都には伊藤若冲の下絵を元にした石像があると聞くが…。小春日和に、怒ったり笑ったり、立ち、座り、また寝転んだりという様々な表情、仕草の羅漢を想像すると、心が温かくなる。
(光 20.12.21.)

山茶花や路地の出口の道標    塩田 命水

山茶花や路地の出口の道標    塩田 命水

『おかめはちもく』

 我が家の所在地は東京都区内とはいえ、その昔は農村地域であった。地主(農家)が農道の両側の農地を宅地として売り始めたのは昭和の初期のこと。やがて農道沿いに家が次々に建ち並び、宅地は年を追って道の奥へ、奥へと広がって行く。細い私道が新たな宅地の中へ、そして左右へと、まるで迷路のように伸びて行った。
 子供の頃、その辺りの一角に入り込み、家へ戻る道を見失ったことがあった。句を見て、すぐに路地の情景が浮かんで来た。迷ったのは何処だったか。そうだ、あの辺りだ、と見当がついた。小春の一日、散歩もかねて思い出の場所に行ってみてびっくり。けっこう立派なマンションが、どんと建っていたのであった。
 帰りがけにハッと気づいた。「路地の出口の道標」とは? 私は路地内で迷った人への道しるべと思い込んでいたが、解釈を誤っていたかも知れない。「山茶花がいま盛りですよ。ご遠慮なく~」という路地の中への親切な誘いとも思えてきた。即ち「路地に出口の道標」か、「路地の出口に道標」なのか。どちらでもOKと思うのだが。
(恂 20.12.20.)

南瓜煮る阿房列車の過ぎてゆく  星川 水兎

南瓜煮る阿房列車の過ぎてゆく  星川 水兎

『この一句』

 俳句を鑑賞するなかで取り合わせの妙というのものがある。へぇー、この季語にこれを小道具に持ってきたかという驚き。うまくはまれば二つの物がぶつかり合い(二物衝撃)、1+1がそれ以上の効果を生むといわれる。
逆にひとつの対象物を詠むのが「一物仕立て」。ある一点に絞ってそのぐるりを表現すれば、焦点がはっきりしているだけに明快な句になる。二物衝撃はと言えば、はまらなければただの難解句となってしまいそう。それでも、なかには空想を刺激し読者を夢幻の世界へいざなうこともある。
 上掲の句。南瓜を煮ている作者にとって「阿房列車の過ぎてゆく」とはどういうことなのか。作者に聞いてしまえば、南瓜を煮ながら内田百閒の『阿房列車』を読み進めていただけという。しかしそれを知らぬ読者は「南瓜」と「阿房列車」の関係を知りたくなり、句に吸引力が生まれる。筆者は好奇心にかられてこの句を採った。
同じ句会に「始祖鳥の夢切れ切れに夜寒かな」という句もあった。これについては当欄の11月15日付けで論じられているが、採った人の弁は「ちんぷんかんぷんだが、夜寒に始祖鳥がなんとなく合っていて面白い」というものだった。二物衝撃、難しいようで易しく、易しいようで難しい。
(葉 20.12.18.)

葱鮪鍋飲まぬ老夫が喰ふばかり  藤野十三妹

葱鮪鍋飲まぬ老夫が喰ふばかり  藤野十三妹

『合評会から』(酔吟会)

てる夫 奥さんが食うばかりではなくて、ご主人が食うばかりというのが面白いと思って頂きました。
而云 「喰ふばかり」という措辞はあまり感心しないけど、面白いので頂きました。だいたい、飲まない夫はよく食べます。
双歩 山口斗詩子さんのところのご夫婦を想像しました。
*       *       *
 而云さんの言うように飲まない夫は肴をばくばく食べる。それを双歩さんは、故山口詩朗さんを思い浮かべながら昔語りした。この辺りは酔吟会の常連でないとよく分からない楽屋話みたいなものだから、こうしたオープンなブログにはふさわしくないやり取りかもしれないが、臨場感があるのであえて載せた。
 亭主はほとんど飲めず、連れ合いが行ける口という夫婦がよくある。さばけた亭主は盃のやり取りはカミサンに任せて、自分はもっぱら喰いながら酔っ払いの他愛もない話を聞いて楽しんでいる。
 作者は男をしのぐ酒呑童女である。合評会に上がった斗詩子さんも酒豪。ごテイシュはいずれもよく出来た御仁。パクパク食べてはふむふむとうなずいている。ただ、この句は「老夫が」ではなく、「老夫は」とした方が良いのではないかと思うのだが、そんな細かいことを気に留めるような作者ではないと、後から気がついた。(水 20.12.17.)

地球儀の太平洋に冬の蝿     廣田 可升

地球儀の太平洋に冬の蝿     廣田 可升

『この一句』

 句を見た瞬間、これはいい、と思った。しかしなぜ気に入ったのか、後で改めて考えてみたが、どうもはっきりしない。絶対に選ぼう、と決めた時の気持ちを思い返してみた。蠅の止まった場所が地球儀の太平洋、というのがユーモラスで面白かったのだろうか。おおらかで、いかにも蠅が止まっていそうな場所だと感じたような気もする。
 句の場所は書斎か居間と思われる。冬の日が窓から射し込み、地球儀に当たっている。作者によれば地球儀に蠅が止まっているのを見たことがあるが、その個所ははっきりしないという。「ハワイはどうか」という意見が出た。「拵えごと」という厳しい評もあった。しかし「太平洋」が気に入ってしまった私の気持ちは動かし難い。
 なぜ太平洋なのか。なぜ気に入ったのか。真剣に考えても、その理由をはっきりと説明することが出来ない。たったの十七音の短詩だが、各作品の奥にはそれぞれに異なる宇宙が広がっている。句を選んだ理由も、句への思い込みも、選んだ人それぞれに異なるらしい。世界最短の詩・俳句の本領はその辺りにあるのではないだろうか。
(恂 20.12.16.)

枯菊を焚くや残り香果つるまで  水口 弥生

枯菊を焚くや残り香果つるまで  水口 弥生

『合評会から』(日経俳句会)

青水 菊を焚くとは、昔から詠まれている。情緒があってとてもいい。
鷹洋 過ぎゆく季節を菊に託してうまく詠んでいる。香果つるまでと名残惜しさを、きっと自分にも託しているのだろう。心の発露として。
守 もうこんな晩秋の風景、身近には見られないなと思いつつ採りました。
水馬 仏壇か、お墓にあった菊を庭で燃やしているのかなと思いました。故人のことを惜しみながら。
阿猿 枯れても花びらが散りにくい菊が、もとのシルエットを残したまま炎に包まれ、断末魔の香りを放って灰になる。荒涼とした美しさを感じます。
十三妹 過ぎし日の想い出でしょうか。今もなお心に残る痛みを思い切ってすっぱりと焼き尽くそう……。そんな句ではないかと。
       *       *       * 
 「うま過ぎる」一読、そう思った。口調が実に良い。正直、格好良すぎて嫉妬を覚えた。素直に褒められず「いかにも俳句をつくりました、という句」などと貶めるような選評を吐いた。大いに不明を恥じた。作者は令和元年度の日経俳句会賞を受賞したほどの実力者だ。常に繊細で美しいことばを紡いで作品を作っている。上手いはずだ。
 みなさんの選評を見るにつけ、句を選ぶときはもっと素直な気持ちにならなくては、嫉妬したならしたと正直に言うべきだ。大いに反省させられた一句。(双 20.12.15.)

親子三人鍋つつき合ふ十日夜   大澤 水牛

親子三人鍋つつき合ふ十日夜   大澤 水牛

『この一句』

この句の季語は何か。元旦から七日まで、正月の七日間がそれぞれ季語であることは承知している。夜ならば十五夜や十三夜などもある。しかし、「十日夜」という季語はあるのか。それとも鋤焼や寄鍋などが季語なので、それらを引っ括った「鍋」を季語と見ればいいのか。掲句を見て、こう思った人も多かったのではないか。
 季語は「十日夜」である。「とおかんや」と読みならわしている。陰暦十月十日の夜に行われる、無事に稲を収穫できたことに感謝する行事で、子供達が太い縄や藁鉄砲で地面を叩いて回ったりする。神棚に餅を供えるところもある。収穫を終えた土地を鎮めるこの催しは、信越・関東地方を中心とするもの。近畿などでは「亥の子」がこれに似たものとされる。令和2年の十日夜は11月24日だった。
「新嘗祭が天皇家のお祭りとすれば、十日夜は庶民の新穀感謝祭とも言えましょう。今やハロウイーンなどという馬鹿騒ぎに浮かれ、日本独自の風習が忘れ去られていることに寂しさを感じて…」というのが作者の言葉。生活の洋風化に伴ってついえた行事も多い。それに、一昔前は、鍋を囲むのは三人ではなく五人とか七人だったろう。
(光 20.12.14.)