燕来て街はちょっぴり元気づく  大澤 水牛

燕来て街はちょっぴり元気づく  大澤 水牛

『季のことば』

 この句の作者、水牛さんの季語解説によると「燕は春から秋まで日本列島にずっといるのだが、その飛来時の新鮮かつ颯爽たる様子がいかにも春を運んで来たように感じられるところから『春』のものとされるようになった。特に三月、初めて飛んで来た燕を『燕来る』とか『初燕』と言い、古くから俳人の好む句材になった」という。人家などに営巣し、子育てをする。姿形はスマートで可憐、害虫を食べてくれる益鳥でもある。つまり季語「燕」の本意は「市街地や町中に飛来し、人々に春の喜びを届けてくれる幸せの鳥」とでも言えるのではないか。掲句は、その本意を正しく読者に伝えてくれる。
 一読、この「街」は能登地震で被災した街並ではないかと解した。風光明媚で素晴らしかった能登の景観が、一瞬にして瓦解してしまった。その町空に燕が飛んで来た。「あ、燕だ!」。日常の何もかもが奪われ、避難所で生活せざるを得ない人たちの頭上を颯爽と飛び回る。春が来たことを燕によって実感し、ちょっとだけ気持が和む。そんなイメージが脳裏に浮かんだ。
 果たして作者は、被災地を想って詠んだという。ストレートな言葉を遣わずに婉曲表現でエールを送る。東日本大震災の時もそうだったが、ものが言えない俳句という短詩型は、あまりにも大きな出来事を扱うのは難しい。「ちょっぴり」しか言ってない掲句だからこそ、しっかり伝わることもあるのではないか。そう思わせる一句だ。
(双 24.04.13.)

春うらら乳母車にはペット乗り  岩田 三代

春うらら乳母車にはペット乗り  岩田 三代

『合評会から』(日経俳句会)

二堂 犬は番犬、猫はネズミ捕りとして飼ったものです。それを今では子どものように愛しているんですかねえ。
双歩 コロナ禍以降、犬を飼って散歩している人がやたら増えた。ペットが乳母車に乗っているのもよく目に付くようになり、「乳母車にペット」も認知されて来たなと思いました。
朗 どんな可愛い子かなと覗いたら、犬と目が合った経験があります。こちらも犬もびっくりです。
芳之 覗いてみたらペット。ほほえましい感じが出ています。
反平 よく見る光景。トイプードル。
          *       *       *
 作者は自宅近くの草加松原の松並木をよく散歩するそうだが、その途中ですれ違う乳母車を覗くと、このところペットの犬が乗っているのが多い。「あーあっと思っちゃいます」とおっしゃる。
 望まない妊娠をして産んでしまったからと、我が子をコンビニのトイレに捨ててしまうといったとんでもない女がいるかと思えば、夫婦共謀でいじめ殺してしまうというケースも散見される世の中。「乳母車にペット」というあたりがまずは罪がなくて微苦笑を誘う情景だろう。「これぞ令和時代の春うらら」とも言えようか。
(水 24.04.12.)

九十九里無限の空へ初燕     大沢 反平

九十九里無限の空へ初燕     大沢 反平

『この一句』

 九十九里の広大な空に初燕を飛ばせ、心が晴れ晴れとしてくる句である。九十九里は房総半島の東岸66キロにおよぶ砂浜をさす。どこまでも続く白い砂浜の眼前には太平洋が広がり、後背の丘に立つと地球が丸いことがよく分かる。
 固有名詞は強い印象を持つので、句に使う際は、ほかの素材とのバランスが大事になる。この句の場合は、九十九里の空の広大無辺のイメージと、春になって戻ってきた燕が自在に飛翔する姿が、鮮やかに合致している。「無限の空」はやや大げさな措辞にも見えるが、九十九里の浜に立ってみれば、十分納得できる表現である。固有名詞によって、句に現実感と躍動感が生まれているように思う。
 作者は長年千葉県に住み暮らし、よく奥様を乗せて房総半島各地をドライブされたと聞いたことがある。おそらく九十九里も何度も訪れ、その印象と思い出は脳裏に刻まれているに違いない。奥様の介護と自身の体調もあり、作者夫妻は一年ほど前に神奈川県三浦半島のケア施設に転居された。そんな事情を知って句を読み返すと、九十九里の空を飛ぶ燕には、房総半島を走り回っていた若き日の自分が重ねられているのではなかろうか。さらにいえば、燕が毎年帰る地に、今は帰れなくなったという作者の感慨が滲んでいるように思える。
(迷 24.04.10.)

燕来る外国人来る古長屋     伊藤 健史

燕来る外国人来る古長屋     伊藤 健史

『この一句』

 このごろ新聞やテレビに「インバウンド」という横文字言葉がしきりに現れる。inbound という英語は単に「外から内へ(入って来る)」という意味なのだが、今盛んに言われているインバウンドは観光業界用語の「訪日外国人」を指す言葉として通用している。
 成長力の鈍化してしまった日本がこれから食っていくには、「インバウンドが頼り」というのも半ば当たっているかも知れない。日本の大企業は既に国内市場に見切りをつけて、海外で生産販売し、そこで挙げた利益は海外で再投資し日本には還流しない。日本の大金持も海外に資産逃避している。しかし大多数の庶民はこの島国から逃げようもないから、“インバウンドさん”の落とす金を少しずつ分け合って食って行くより道はない。そこで「円」を安売り、つまり日本の有形無形のものを割安価格で提供し、「日本は安い」を印象付けて、一人でもたくさん来てもらうよりしょうがない。
 インバウンドさんたちは好奇心が強くて、日本国中歩き回る。大金持ばかりではなく、庶民階級のインバウンドさんも増えて来たから、時には昔ドヤ街などと呼ばれた裏町の古長屋を改造した安ホテルにも喜んで泊まる。となると、狭いところだけに古くからの住民といざこざを起こすことも稀ではなくなる。そういう軋轢を避けるために、私たちは「インバウンド受入先進国」のオーストリーやスイスの人たちを見習うべきだ。これらの国の住民はインバウンドさんたちに極めて優しく親切に当たる。しかしそれはあくまでも上辺だけ、自分たちの本当の生活圏には絶対に入れない。糞をする燕を軒先限りにしているように。
(水 24.04.09.)

春うらら傘寿揃ひてランチ会   久保田 操

春うらら傘寿揃ひてランチ会   久保田 操

『季のことば』

麗か(うららか)とは、角川俳句大歳時記によれば「春の日が美しく輝きわたり、すべてのものが明朗に感じられる状態」をいう季語である。水牛歳時記では、春の気持ちよさを表す季語として、気温に着目した「暖か」、陽光に意のある「麗か」、気分をいう「長閑」の三つをあげている。麗かは、「春うらら」の形でよく用いられるが、陽光の明るさに主眼があるので、秋麗、冬麗の季語もある。
掲句は、陽光降り注ぐ暖かい春の昼に、傘寿を迎えた面々が相集ってランチ会を開いている場面を詠む。80歳の爺さん連中がランチ会を開いても絵にならないので、ここはお婆ちゃん達と読み取るのが普通であろう。「揃ひて」という措辞は、たまたま集まった人が傘寿だったというより、学校の同級生あたりが久しぶりに打ち揃ったという響きがある。
冬の間は寒さやインフルエンザで外出を控えていたが、暖かい春を迎え、久しぶりに集まりましょうとなったのであろう。春うららの季語が、お婆ちゃんのランチ会にぴったりで、春の訪れを喜ぶ気分とともに、弾むようなおしゃべり声まで聞こえてきそうだ。
80歳といえば、太平洋戦争末期の生まれ。戦後の混乱期に育ち、激動の昭和を生き抜いて、平成・令和と子や孫の成長を見守ってきた。同じ時代を生きてきた仲間同士、ランチ会の話題は尽きなかったに違いない。
(迷 24.04.07.)

春闘のたたかひの文字軽くなり  中嶋 阿猿

春闘のたたかひの文字軽くなり  中嶋 阿猿

『この一句』

 バブル崩壊後「失われた歳月」と言われ30年余り。日本経済についに転換点が来たようだ。春闘の先陣を切って今年の大手企業は、昨年を上回る高額回答ラッシュだ。集計ボードに並ぶ「満額」「満額」の文字に、年金生活者である当方も好感を禁じ得ない。大手平均5.28%アップということだが、これが中小企業の賃上げを後押しするのなら言うことはない。実質賃金の右肩下がりが続いているなか、デフレ経済の安売りに慣れ切った我々に意識変換を迫る画期でもある。また金融政策も異常なゼロ金利を17年ぶりに打ち止め、金融正常化に向け踏み切った。この先日本経済がどのような軌跡を描くのだろうか。ここまで、いささか句評を離れて経済に深入りした感じである。
 掲句は一見時事川柳にも見えるが、なかなか奥の深いところを突いていると思う。デフレ時代を通し労使は眦を決した賃金闘争を展開してきたこととは思う。しかし物価安が緩衝材となって、スト突入などの派手な闘争はまれだった。昨年今年とかなりの賃上げ水準で、春闘の「たたかひ(闘)」の字はいっそう軽くなったと作者は詠う。とげとげしい労使紛争を続けても課題の生産性向上にはつながらない。何気なく「たたかひの文字軽くなり」と言ってのけるこの句は、低迷経済の脱出を詠んだと言えそうだ。年金暮らしにとって物価上昇を伴う「困る画期」ではあるが……。
(葉 24.04.06.)

ぶらんこや静かなゆらぎやみの中 久保 道子

ぶらんこや静かなゆらぎやみの中 久保 道子

『この一句』

 作者は合評会で「黒沢明監督の『生きる』を思い浮かべて詠みました。『ゴンドラの唄』が耳に残っています」と述べていたが、まさにあの名画の志村喬が浮かんで来る。ただ私にはあの名画はさて置き、「闇夜のブランコ」に妙に惹かれるところがあり、この句を見るなり二重丸を付けた。私も駆け出し記者の昭和三十年代半ば、深夜、家の下の公園のぶらんこで息を整えてから家に帰るのが慣いだったのだ。
 何か事件が起こると、捜査担当者や、鍵を握っている人物の自宅に毎晩押し掛けてはあれこれ聞き出そうとする。これを「夜討」という。しかし、先方には守秘義務があるから喋ることはできない。だから夜討は概ね成果なしで終わる。翌晩もまたその翌晩もそれを繰り返す。
 そのうちに「あんたも大変だなあ、そうして毎晩通って来て」などと言われたら効き目が現れた証拠。自分なりに調べて組み立てた仮説を物言わぬ仏像にお経を唱えるように一方的に喋る。「そりゃ面白い話だね」と言われているうちは核心を突いていない。相手がむっつり黙ってしまったら脈がある。そこでキーポイントの質問を次々にぶつける。そして、「何某、明日参考人として引きますか」。相手はイエス・ノーを言えないから、表情を窺う。黙っていれば「イエス」だ。
 しかしここまで漕ぎ着けるのは並大抵ではない。大概は空振りで、真っ暗闇の公園のブランコに座り、他社のライバルが何か掴んでいはしないかなどと疑心暗鬼に苛まれる。しかし、ぶらんこにゆっくり揺られているうちに、やがて「なるようにしかならないさ」と肚がすわり、平常心を取り戻すのだった。
(水 24.04.05.)

焼け跡をうっすら隠す春の雪   中村 迷哲

焼け跡をうっすら隠す春の雪   中村 迷哲

『この一句』

 この句を採った人は、口々に焼け落ちた輪島の「朝市通り」を思い浮かべたという。例えば、光迷さんは「輪島の句だと思いました。『春の雪』には多少温かみもありますが、やがて溶けて、再建をどうするのかという問題が露呈してきます」と後の復興をも見据えた句と読んだ。確かに、元日に起きた能登半島地震で、輪島の観光名所「朝市通り」一帯がすっかり焼失した惨状をテレビで見て、胸が痛んだ。
 輪島に限らず、今年はいつになく火事のニュースをよく聞く。同じ日にあちこちで発生し、住人が亡くなるケースも多い。ここ数年の統計によると、一日に百件近い火事が発生しているという。「火事」は、暖房などで火を使う機会が多く、空気が乾燥し風が強い日が多い、などの理由から冬の季語とされる。
 黒々とした焼け跡を春の淡雪が、純白の景色へ変えてくれる。しかし、春の雪はとけやすく儚い。辺り一面何もかも美しかった雪景色も、徐々に元の姿に戻り、現実に引き戻される。
 掲句は、「地震」や「能登」ましてや「輪島」という言葉を使わずに、惨禍をそっと包み込む春の雪を詠っている。逆に固有名詞を使わなかったことで、全国各地で発生した火災をも想起させる普遍性のある一句となった。
(双 24.04.03.)

転けたのは引力のせい亀の鳴く  廣田 可升

転けたのは引力のせい亀の鳴く  廣田 可升

『季のことば』

 俳句の季語には、どう考えても意味の分からない、摩訶不思議なものがいくつかある。「蛙の目借時(めかりどき)」とか「竜天に登る」、「鷹(たか)化して鳩となる」といった類の季語で、俗説や中国の古典から出ている。いずれも春の季語であるのが面白い。
「亀鳴く」も同じで、声帯を持たない亀が鳴く訳はないのに、春の季語として歳時記に載っている。水牛歳時記によれば、夫木和歌抄にある藤原為家の「川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなり」という歌が出典という。夕暮に聞こえてきた何かの声を、為家が亀の声だろうと遊び心で詠んだのを、江戸時代の俳諧衆が面白がり、季語として定着したようだ。
掲句はそうした「亀鳴く」という季語の味わいと、転んだ自分を取合せて面白がっている。転んだ時に「不注意でした」でも、「歳のせいです」でもなく、しれっと「引力のせいですわ」と言い訳をする。何やら漫才かコントを聞くようで笑ってしまう。亀鳴くという意味不明だけど可笑しみのある季語が、絶妙にマッチしている。
 作者は七十歳を越えても壮健で、毎日のように自転車で街中を走り回っている。だから足腰が弱ったのでなく引力せいと、強弁するのも不思議ではない。ただ作者がコテコテの関西人であることを考えると、転んだ照れ隠しに、吉本風のギャグで受けを狙ったと考える方が、句の面白みがさらに増す。
(迷 24.04.02.)

春人事別れ惜しむもあっかんべ  向井 愉里

春人事別れ惜しむもあっかんべ  向井 愉里

『この一句』

 新年度に向けて企業も役所も春の人事異動。「すまじきは宮仕え」とは室町の幸若舞曲由来の〝ぼやき〟だそうだが、サラリーを貰う身にとって宮仕えはどうにも避けられない。付随する人事は本人待望の昇進なのか、まったく意に染まない異動なのか実に悲喜こもごもである。
 職場に残って送り出す側の人情も複雑だ。昇進付きの異動なら素直にお祝いするばかりだが、逆のケースにはなんとも態度に窮することになる。加えて、送られる人物が上司とすれば、部下に慕われていたのか、面倒くさい人物だったのかが問われる。筆者も勤めから退隠して十年あまり。現役時代はどうだったのかと振り返ると背筋が薄ら寒くなる。
 景は送別会か新幹線ホーム。昔の新幹線ホームの見送りは派手だった。万歳三唱やら胴上げやら、一般乗客の迷惑を顧みない企業戦士の姿が見られたものだ。さすがにもうその風景はなくなったので、これは送別会か異動挨拶の現場だろう。「別れ惜しむ」と「あっかんべ」の悪態がまったく裏腹だ。うまく折り合いがつかないような気もするが、現役社員である作者は本音と建前使い分けの句と説明した。「やれやれ、やっとあの上司と離れられる」なんて、この先戻って来るかもしれない上役の前で毛ほども素振りに出せない。なるほど宮仕えは辛い。
(葉 24.04.01.)