毛虫焼く火炎放射の沖縄戦    野田 冷峰

毛虫焼く火炎放射の沖縄戦    野田 冷峰

『この一句』

 一瞬、戸惑った。「毛虫焼く火炎放射の」という上五中七の後には「煙かな」とか「新兵器」のような言葉が続くものと予想した。つまり一句一章である。だが、その予想は見事に裏切られ、何と「沖縄戦」というアッと驚く言葉が出現した。となると、これは二句一章の取り合わせで、「毛虫焼く」の後で切れることになる。
 椿や山茶花に群がった毛虫退治に、竹の先に襤褸切れを巻き、油をしみ込ませたものを燃やして…という焼き討ち作戦をとったことがある。葉や枝への毛虫の蝟集ぶりが物凄かったからだ。しかし、そこから壕に逃げ込んだ沖縄の人々に発想を飛ばすのは、常人の及ぶところではない。いかに句会が6月23日、沖縄忌に近かったとしても。
言葉遣いについては、何と不愛想なという印象が拭えない。不愛想は武骨とも言い換えられる。ただ、そのぶっきらぼうさが、戦争の暴力性、理不尽さ、悲惨さを表現する一助にもなっている。話は逸れるが、沖縄は日本から独立し、琉球に戻る方がいいのではないか。日米安保条約の基地問題をどうするかは、本土に返還して。
(光 20.07.02.)

一駅を涼暮月の帰り道      星川 水兎

一駅を涼暮月の帰り道      星川 水兎

『季のことば』

 選句表でこの句を目にした時、「涼暮月」の読みも意味も分からなかった。手元の歳時記に見当たらず、辞書にあたると「(すずくれづき)陰暦六月の別称。涼しい暮れ方の月の意」(明鏡国語辞典)とある。意味が分かって句を読むと、なかなかに趣が深い。
 昼間は蒸し暑かった夏の一日も、日暮れになると涼しい風が感じられ、ふと見上げると月が浮かんでいる。涼しげな月明かりに誘われ、いつもは電車に乗る一駅を歩いて帰ろう。そんな場面が浮かんできて、一服の清涼剤を得た気分になった。
 陰暦六月は万葉の昔から様々な異称で呼ばれてきた。最も知られているのは水無月(みなづき)だが、ほかに「常夏月」、「風待月」、「水張月」、「鳴神月」、「松風月」、「蝉羽月」などがある。雨や風など気候の変化が大きく、作物の成長を左右するこの季節の特徴をよく捉えている。気温や天気の変化に目を凝らしてきた先祖たちの知見が凝縮されているように思う。
 歳時記を何冊か見たが、水無月の傍題として常夏月や風待月はあっても、涼暮月は探せなかった。この風雅な季語を見つけてきた作者の努力だけでも、十分に票を投じる価値があると思う。
(迷 20.07.01.)

母の名と同じ店ある梅雨晴れ間  大沢 反平

母の名と同じ店ある梅雨晴れ間  大沢 反平

『季のことば』

 この稿を書いている六月十七日の南関東は、まさしく「梅雨晴間」である。多少の雲はあるものの青空で湿度が低い。気持ちのいいこと申し分ない。いつの日か作者は久々の好天に誘われ、街歩きに出かけたにちがいない。いつものコースをちょっと外れて、ふと見ると店の看板か扉の表示が目に入った。なんと、母親の名前と同じ店名ではないか。八十を越えた作者のご母堂だから、もちろん流行りのキラキラネームではなく昔風の名前だろう。まず何という名前か何の店か、読み手はひとしく気になる。興味をかき立てる「母の名と同じ店」で評者もこの句に惹かれた。
 そのうえ梅雨晴れのある日の出来事である。ありし日の母親を思い出した作者は、小さな幸福感を味わった。また、読み手にもちょっぴり爽やかな気分をお裾分けしてくれた。今年もすでに猛暑の兆しがみえはじめているが、盛夏まであと幾日か。梅雨の季語は「梅雨寒」「梅雨出水」「梅雨闇」など鬱陶しいものが大半だが、「梅雨の明」は安堵感を、「梅雨の月」と「梅雨晴間」は梅雨期のコーヒーブレークを感じさせる季語だ。
(葉 20.06.30.)

晩節は妻の裏方毛虫焼く    玉田 春陽子

晩節は妻の裏方毛虫焼く    玉田 春陽子

『この一句』

 冒頭「晩節は」で始まるところがいかにも面白い。晩節にはいくつかの意味があるようだ。辞書には 1.人生の終わりの頃、晩年 2.晩年の節操 3.末の世、末年 とある。晩節というとすぐに「晩節を汚す」とか「晩節を全うする」という文句が思い浮かぶが、これは二番目の意味からきているのだろう。人生も終わりにさしかかると、なにやら不安定な状況になり、つまらぬことに手を染めたり、間違いを起こしたりすることが多いという戒めだろうか。
 掲句は、退職した高齢者が奥さんに言われて、毛虫の始末をしている光景だろうか。庭木の手入れなどは普段は奥さんまかせだが、毛虫だけは奥さんの手に負えず「あなたの出番よ」というところだろうか。会社に行かなくなって毎日家にいると、家庭の主導権を握るのは俄然奥さんの方。亭主は素直に従うのがよろしい。毛虫の始末であれなんであれ、頼まれるのは頼りにされている証拠である。
 筆者は一度も毛虫を焼いた経験がないが、この亭主は毛虫が焼けるのだから大したものである。いずれにせよ「妻の裏方」に徹しているかぎり、「晩節を汚す」恐れはない。毛虫にははなはだ迷惑だろうが、家庭的には微笑ましい一句である。
(可 20.06.29.)

冷酒汲む茄子の鴫焼き白き皿   堤 てる夫

冷酒汲む茄子の鴫焼き白き皿   堤 てる夫

『合評会から』(番町喜楽会)

迷哲 鴫焼の味噌の色と皿の白い色の対比が綺麗で、美味しそうだなと思っていただきました。
満智 美味しそうですね。「茄子の鴫焼」の句は二句あって迷いましたが、白い皿との組み合わせでこちらにしました。
可升 この句は「冷酒」「茄子」「鴫焼」「白き皿」と道具が多くて散漫になり、もう少し焦点を絞った方が…と思いました。
水牛 「白き皿」に「鴫焼」の組み合わせは、映りはいいんだけど、やはり「白き皿」は余計な気がします。
          *       *       *
 俳句には「余計なものは切り、焦点を絞って仕立てるのがいい」とする考え方があります。野菜の句で焦点を絞ったものを探すと「流れ行く大根の葉の早さかな」などがあります。
 しかし、対象に迫る虫の眼ではなく、対象から離れた鳥の眼による作り方もあるでしょう。その例を挙げれば、ちと周りが広すぎますが「菜の花や月は東に日は西に」とか。
 ともあれ、自分は白い皿に触発され、茄子の紫紺や薄緑、味噌の焦茶という色と香りを連想し、「冷酒を汲む器はガラスか」など想いを広げました。まずは、美味しい茄子に乾杯。
(光 20.06.28.)

クレヨンで描くそら豆日曜日   植村 博明

クレヨンで描くそら豆日曜日   植村 博明

『季のことば』

 句を見た瞬間、「そうだ、ソラマメのあの色はクレヨンだ」と感じた。漢字で表せば「薄緑」になるのだろう。あの色調は非常に微妙で、水彩でも油絵具でもうまく描けそうにない。「クレヨンで」に惚れて「この句は絶対に選ぼう」と決めた後のこと。句のそら豆は皮つきなのか、皮をむいた中身なのかという、重大な問題に気付いた。
 我が家に空豆はなさそうだ。例のようにネット情報に頼ると、皮つきと皮をむいた後の二様の写真を見ることが出来た。色の濃淡が明らかに違う。生と茹で上りでは、黄緑と薄緑という具合に色調が異なるらしい。さらにネット情報を読んで行くと、収穫の時期や茹で時間によっても、色が微妙に違ってくることが分かってきた。
 そして、そら豆の一方の端についている唇型の部分がある。「おはぐろ」という、あの部分の色は、収穫の時期によって薄緑から茶色に変わっていくそうだ。腕を組み、考え込まざるを得ない。ふと「パステルがいいのかな」と考えた。するとネット写真のそら豆の「おはぐろ」が少し動き、微かな声が聞えてきた。「クレヨンだと思います」。
(恂 20.06.26.)

羅をゆるりと着たる黒門町    石黒 賢一

羅をゆるりと着たる黒門町    石黒 賢一

『合評会から』(三四郎句会)

有弘 いよっ! 黒門町の文楽師匠!
雅博 黒門町が効いて江戸情緒を感じさせる句。
而云 粋筋の女性が羅(うすもの)を着て上野の黒門町ヘ。「着たる」では黒門町が羅を着た、と誤解されかねない。「羅をゆるりとまとひ」としたい。
          *       *       *
 現在、京成上野駅がある辺りに江戸時代、堂々たる黒門が聳えていた。徳川将軍家の菩提寺寛永寺の門である(現在、荒川区南千住の円通寺に彰義隊隊員の墓と共に遺構が残されている)。この御門を仰ぎ見る上野広小路、池の端一帯が黒門町。現在の上野一、二丁目がそれに当たる。
 明治維新の上野戦争の際、彰義隊は黒門から少し上がった、今、西郷銅像がある辺りに陣を構えた。寄せ手の薩摩軍は広小路から黒門目がけて大砲や鉄砲をを撃ち込み難なく突破、彰義隊は潰滅敗走した。
 明治になると進駐軍である薩長政府は上野を公園として開放、博覧会を開いたり動物園や花見場所をこしらえるなど行楽地を提供して江戸っ子を慰撫した。これにより山下の池の端、黒門町一帯は旧に倍する賑わいを見せ、料理屋、芸者屋が並び、芸人、役者が好んで住む場所にもなった。昭和時代の落語界屈指の名人八代目桂文楽、「お婆さん落語」で一世風靡した五代目古今亭今輔もここに居を構えた。特に,文楽は有弘さんの言うように「黒門町(の師匠)」と言われた。この句はそんな昔懐かしい黒門町をうたい挙げている。
(水 20.06.25.)

黒南風や猫の身を寄す放置船   前島 幻水

黒南風や猫の身を寄す放置船   前島 幻水

『季のことば』

 黒南風(くろはえ)とは、梅雨時の暗く陰鬱な空模様の時に吹く湿った南風のこと(角川歳時記)。字面からしておどろおどろしい感じがする。梅雨明けの頃に吹く白南風(しろはえ)の明るく晴れやかな印象と対照的だ。
 黒南風の兼題を見た時に、その不気味な感じをどう表現するかがポイントだと考えた。掲句は黒南風に猫と放置船を取り合わせる。湿った風に雨の気配を感じ取ったのか、猫が海岸に放置された船に入り込み、雨に備えている。飼い猫であれば家に帰るので、放置船を棲みかとしている野良猫に違いない。「身を寄す」の表現が巧みで、黒南風のもたらす先行き不安感と、朽ちかけた放置船に頼らざるを得ない猫の身の上が重なり合う。
 句会では「道具立てが揃い過ぎる」との評もあったが、黒南風のおどろおどろしさが上手に表現されていると思う。梅雨は日本列島に豊かな水をもたらし、作物の成長には欠かせないものだ。しかし人は身勝手なもので、感謝どころか長雨が続くと「うんざりだ」とぼやいたりする。濡れるのを嫌う猫もまた、ねぐらに身を寄せ、晴れた日の夢でも見ているのであろうか。
(迷 20.06.24.)

金平糖一つ買ひ来て百万遍    池内 的中

金平糖一つ買ひ来て百万遍    池内 的中

『おかめはちもく』

 百万遍は五十年前にうろうろしていた懐かしい学生街である。古本屋をのぞき、パチンコ屋で時間をつぶし、近くの公設市場で一番安いハムカツを買って下宿に戻る。そんな日々を送っていたので、この街に由緒ある金平糖屋があることなぞ、この句を読むまでついぞ知らなかった。老舗の金平糖を買って贈る人などいない『男おいどん』の暗い日々だった。
 この句は面白い材料に目をつけたのに、残念ながら無季の句になってしまった。やはり季語を入れて有季の句にしたいところである。
 無季になった理由の一つは、「金平糖」と「百万遍」を入れたかったことだろう。合わせて十二文字、残り五文字しか余裕がない。もうひとつの理由は、「一つ」と「百万遍」を掛け合わせて表したかったことだろう。あれもこれも入れたくて、季語の入る余裕がない。この気持ちは本当によくわかる。自分も句作していて、なんどもこんな雪隠詰めの状態になった。特に面白い着想を得て「しめた!」と思った時に起こりがちである。
 ここは、つらいけれど何かを捨てるしかない。たとえば「一つ」を落として「はつ夏の百万遍の金平糖」とか、「百万遍」も落として「金平糖ひとつ摘まんで京の夏」とか・・・。(ムムム、なかなか難しいなあ)
 『おかめはちもく』などとはおこがましい。雪隠詰め体験を共有する者からの「エール」です。
(可 20.06.23.)

手の甲の黒子の増えし蕨餅    中嶋 阿猿

手の甲の黒子の増えし蕨餅    中嶋 阿猿

『おかめはちもく』

 年を重ねてくると身体のあちこちに老化の証しが出てくる。機能的な衰えは当然日々感じることだが、顔や手足のシミ、黒子にある日気づいて驚く。こんなところに黒子はなかったはずだが、という図である。まあ、そういう年になったということだろう。
 作者は最近手の甲に黒子が増えたと感じている。黒子も長年紫外線に当たってきた結果だからしょうがないと言えばしょうがない。しかし女性となれば気にせずにはいられない。心情がよく分かる句である。「蕨餅」と付けたのも色白がややくすんできたことを言いたいのかもしれない。「蕨」は春の季語だが、これを問うわけではない。「蕨餅」は夏の食べ物に合いそうだ。
 「黒子の増えし」の「し」について傍目から考えてみる。「し」はつくづく難しい。動詞・助動詞の連用形、助動詞の連体形・已然形、副助詞、形容詞に使われると辞書にある。この句の場合、「増えし」で切っているのだが、蕨餅につながるおそれがある。筆者はいい句と思ったが採らなかった。作者に失礼を詫びつつ言えば、「手の甲の黒子増えたり蕨餅」あたりがいいと思うのである。
(葉 20.06.22.)