あるじなき庭にすゝきと思い草  工藤 静舟

あるじなき庭にすゝきと思い草  工藤 静舟

『この一句』

 「思い草」とはまた珍しい草花を見つけてきたものだ。ススキなどイネ科の植物の根っこに取り付いて養分をもらい花咲かせる寄生植物で、正式な名前はナンバンギセルという。花の形が南蛮人のくわえているパイプに似ているからと、植物分類学が意識され出した江戸時代後期にそういう名前が付けられたようだが、それよりずっと以前から、日本人はそのひっそりと下を向いて咲く姿を好ましく感じたのだろう、「思ひ草」という名前をつけて愛玩し、歌に詠むなどしていた。『万葉集』にも一首載っている。
  道の辺の尾花が下の思ひ草今さらさらに何をか思はむ (巻十)
「ススキの根方にうなだれて咲いている思ひ草のように今更ぐじゅぐじゅ思い悩んだってしょうがないや」といった、失恋のもやもやを吹っ切ろう、しかし、吹っ切るのもなかなか難しいという、涙ぐましい努力の、なかなか面白い歌だ。
 掲句はどうか。住む人が居なくなって荒れた庭にススキが生茂り、そこにナンバンギセルが見る人もないままに咲いているという寂しい情景である。恋も失恋も無い。少子高齢化、地方都市の過疎化といった令和の今を詠んでいる。古風な衣装をまとった時事句とでも言えばよかろうか。これまた面白い句だ。
(水 25.10.11.)

アフリカより来たる人類鰯雲   廣田 可升

アフリカより来たる人類鰯雲   廣田 可升

『この一句』

 こうした破調で字余りで、しかも些か捉えどころのないモチーフで詠った俳句は、毀誉褒貶半ばすることが多い。果たして句会でもあまり賛同は得られなかった。でもわずか17音という弱小芸術で、こういう大ぶりな視点で・大仰な表現で訴えられると、何故か心にしみて来る。この季語にぶつけたこの想念に、ボクはすっかりやられてしまった。
 大陸を渡ってきた透き通った秋の空は、それだけで気持ちいい。忙しなく働いている時でも、交差点で立ち止まっている時でも、ふと天を仰いだ瞬間、たちまちのうちに、すーっと気持ちが整ってゆくことがある。何故か一瞬のうちに心が洗われ、力が注入される。ましてや山に向かって、沖に向かって、腰を落ち着けて、どこまでも青く澄み渡っている秋の空に浸っていると、心身ともに現実から遊離して行く。
 そんな時、人によって思うことはさまざま。作者同様、ボクも勝手に心がさ迷い出してゆく経験が何度もある。古今東西、老若男女、いつの時代でも良くあることに違いない。
 ところが作者はこの季語に、よりによってこんなエピソードを添えた。言い方を変えるとこれ見よがしに聞こえかねない気障な想念である。でもこれが肝である。教養が零れてしまった、とも言える。だってそう思った、そう感じたんだから。そんなあっけらかんとした作者の呟きが聞こえてくるようだ。
(青 25.10.09.)

親子連れ図鑑片手の茸狩り    加藤 明生

親子連れ図鑑片手の茸狩り    加藤 明生

『合評会から』(日経俳句会)

迷哲 子どもってきのこ図鑑好きですね。食べられるきのこより毒きのこが好きで、火焔茸とかそういうのを読まされました。
朗 こういう光景、実際あるのではないか。森の中を歩きながら図鑑で照らし合わせる親子の姿は微笑ましい。
枕流 茸は食べられるかどうかの判断が難しい。いちいち図鑑を参照する親子の姿がほほ笑ましい。でも危険ですが……。
十三妹 思わぬ毒茸もありますからね。図鑑片手の親子がユーモラス。
定利 こういう素直な句も良いですね。
三薬 山の親父の話を聞くと、図鑑なんか見たって毒きのこかどうか素人には絶対に分からない。だから知らないきのこには絶対に手を出すなって、警告されました。
          *       *       *
 9月句会の兼題が「茸」だったので、きのこを詠んだ面白い句が沢山出て来た。この句も微笑ましい情景を詠んで人気を博した。ただ三薬さんの言うのはもっともで、この「図鑑片手の茸狩り」は危ない。シメジにそっくりで、地味な姿で、いかにも旨そうなのが毒茸だったという話はよく聞く。それはそれとして、近頃はやたらに熊が出て来るから、毒茸にあたる前に熊にやられてしまう物騒なご時世になった。桑原くわばら。
(水 25.10.07.)

つるされて五線譜のようあんぽ柿  久保 道子

つるされて五線譜のようあんぽ柿  久保 道子

『この一句』

 あんぽ柿とは干柿の一種で、渋柿を硫黄で燻蒸した後に乾燥させたもの。普通の干柿に比べ水分量が多く、鮮やかなオレンジ色で羊羹のような味わいである。福島県伊達市で大正時代に製法が開発され、福島を代表する特産品のひとつとなっている。
 掲句はあんぽ柿が干されてる様子を「五線譜のよう」と表現したところが共感され、句会で二桁の高点を得た。評者はその光景を見たことがなく、縦に吊るされた干柿をイメージしたため採れなかった。
 句会で「あんぽ柿は横線に吊るして干す」(三薬)との解説があり、写真を検索してみた。すると干し場に縄を横に張り渡して、そこに柿を吊るしている。縄が幾重にも張られた様子は、まさに五線譜であり、柿の音符が連なっているように見える。あんぽ柿ならではの光景と言え、「景を知らないとこういう句は作れません」という百子さんの句評に得心した。
 秋が深まる頃、農家の軒先に干柿が下がっている様は、日本の原風景ともいえる。吊り方のタテヨコはあるにせよ、作者はそこに五線譜を見出し、素直に詠んだ。その若い感性が、11点もの高点を呼び込んだ理由ではなかろうか。作者が五線譜からどんなメロディー、楽曲をイメージしたのか、聞いてみたい。
(迷 25.10.05.)

毒キノコ傘艶やかに誘ひ来る   久保田 操

毒キノコ傘艶やかに誘ひ来る   久保田 操

『合評会から』(日経俳句会)

三薬 歌舞伎町のおねーちゃんみたいに誘って来る。確かに毒キノコにはそんな感じがある。
豆乳 私も現物を見たことがないんですが、図鑑なんかで見ると毒々しいですね。そんなイメージをうまく捉えていると思いました。
二堂 確かに毒キノコほど「食べてごらん、美味しいよ」と誘って来るように色鮮やかです。
十三妹 ムムム!キノコには美魔女が多いものです。ご用心!
          *       *       *
 テングタケのように艶やかな茶色の傘の上面に白いポツポツがあり、真っ白な茎の途中にツバがあったり、といったいかにも奇妙な感じを受けるものは危険だと分かる。ベニテングタケのように鮮やかな紅色だったりすればなおさらだ。しかし、ブナやナラなどの雑木林や松林に生える茶色のカキシメジやクサウラベニタケは食用のシメジによく似ており、いかにも美味そうに見える。畑や庭、公園の草地などに生えるオオシロカラカサタケは真っ白な饅頭型でホワイトマッシュルームの親類かと思ってしまう。
 「艶やかに誘ひ来る」のなら用心していれば大丈夫だが、一見地味でおとなしそうに見えるが実は・・というのが怖い。だけどそれは、何もキノコの世界に限らないよ・・という声が聞こえる。
(水 25.10.03.)

夜の森きのこ宇宙と交信す    岩田 千虎

夜の森きのこ宇宙と交信す    岩田 千虎

『この一句』

 9月の日経俳句会で16点という、めったにない高点を得て一席に輝いた句である。その一方で、全く評価しない人もいて、議論を呼んだ句でもある。
 採った人の多くは「メルヘンを感じます。童話の世界ですね 百子」とか、「ジブリの世界です。宇宙との交信も、ありうる 木葉」など、ファンタジックな雰囲気に惹かれたようだ。宇宙人との交流を描いた映画ETを連想した人もいた。
上手いのは上五の「夜の森」で時間と場所を限定し、真っ暗な森で光る茸を読者にイメージさせる点だ。月夜茸や夜光茸など光を発する茸は日本では十種類ほど知られている。夜の森に息づき、幻想的に光る茸から、「宇宙と交信す」との空想につなげる流れに無理がない。茸が胞子を飛ばす様子を宇宙との通信と見たのかも知れない。
 これに対し「全然、感心しなかった。奇を衒っているだけだと思った 水牛」、「異色な句だから、点が集まったんでしょう 双歩」など歯牙にもかけない人も複数いた。この違いは、俳句の世界にどこまで幻想や空想を許容するかによるのではないか。現実離れした内容をメルヘンと見た人と、嘘っぽいと思った人に分かれたのであろう。
SFやファンタジー映画を愛好する人ほど許容の幅は広くなる。句を採った16人のうち男性が14人を占めた。宇宙人の存在を心に秘めた〝少年〟が、それだけ多くいるということだろう。
(迷 25.10.01.)

今年米少し離れて備蓄米     嵐田 双歩

今年米少し離れて備蓄米     嵐田 双歩

『この一句』

 今年は店頭の米が値上がりすると共に在庫がなくなり、ネットでは「令和の米騒動」などと呼ばれる年だったが、政府による備蓄米の再三の放出によって小康を得、そうこうするうちに新米が市場に出回るようになった。この句はそういう状況を詠んだものである。
 「今年米」と「備蓄米」の五音が上下に配されて、その間を「少し離れて」が取り持つという、シンプルかつ語調の良い句である。
 この日の兼題が「新米」であることもあり、また、「今年米」が最初に置かれていることから、この句の主役は「今年米」である。しかしながら、「今年米」で切れて、「少し離れて備蓄米」の文言が続く構造から、読み手の頭の中の映像は「今年米」から「備蓄米」の方に移動する。すなわち、主役はあくまでも「今年米」だが、脇役である「備蓄米」にもライトが当てられる。
 「備蓄米」の在庫は、売れ残り気味だったり、あるいは、特売コーナーになっていたりして、やや寂しげである。「少し離れて」という軽妙な措辞に、そんな「備蓄米」を愛おしむようなペーソスを感じると言えば、深読みが過ぎるだろうか?こういう詠み方は、なかなか出来そうで出来ない。
(可 25.09.29.)

字余りのような八十過ぎの秋  玉田春陽子

字余りのような八十過ぎの秋  玉田春陽子

『この一句』

 この句が詠まれた酔吟会には老境の句友が多い。「晩年の始まりはどこ野分雲」という句が、別の日の番町喜楽会で高点を得た。二つの句会は同じく日経俳句会傘下であり、メンバーはおおかた掛け持ちである。年が似たり寄ったりだから人生についての感覚も似通う。選句者それぞれ天の句を一句選ぶことになっている今月の酔吟会で、二人が「天」とした。「日ごろ感じている感覚を『字余り』が見事に言い当てている」、「若ければ何の関心もわかない句だろうが、八十過ぎの我らの琴線にはツンとくる」と賛辞を贈った。
 人の一生には越えるべき坂があるという。六十「耳順」、七十「而從心」と、自らの一生を語った孔子は七二、三歳で亡くなっているから八十の坂を経験していない。平均寿命が短かった戦後まで四十二歳が男の大厄とされ、特に健康に気をつけなければならなかった。現在の平均寿命は男女とも八十を優に超えている。八十過ぎた作者は余生を「字余りのような」と表現した。俳句の字余りは感心できないが長生きは慶事だ。「自分はもう余分に生きているのかなと思ったりする」と作者は作意を語る。だがどうしてどうして、まだまだ名句を作るぞとの気概が見え隠れする。句またがりをリズムよく詠んで、「秋」の一語でぴたりと止めたところなど、手練れぶりは相変わらず。この句には芭蕉の「この秋はなんで年寄る雲に鳥」のような薄暮感がない。
(葉 25.09.27.)

病める眼を色無き風にさらしたり 徳永 木葉

病める眼を色無き風にさらしたり 徳永 木葉

『季のことば』

 「色なき風」とは「秋風」のこと。「秋風」には、暑さも一服という初秋の涼風から、晩秋の寂寥感ある寒風と、様々な顔がある。「色なき風」は、中国古代の陰陽五行説を踏まえた、紀友則の「吹き来れば身にもしみける秋風を色なきものと思ひけるかな」『古今六帖』が元になったと言われる。秋は色で言えば白で、白とは無色透明のことからの謂だ。ちなみに、芭蕉は「秋風「と「秋の風」の句を20句近く詠んでいるが、「色なき風」の句はない。
 掲句は席題「無」を詠んだ一句。『本当に席題が出て作った句だろうか、それにしてはよく出来た句だ。「病める眼」に「色無き」が呼応している』(可升)。『病んで眼帯をかけていたのを外して自然の風と光にさらす。「色なき風」という、ともすれば気取った感じが先走る季語を実感をもって伝えた。すばらしい句だ』(水牛)。『眼を病んでモノがよく見えない、そして風に色が無い、と「ない」と「ない」を重ねた巧みさに感心した』(光迷)などと絶賛され、天の位に輝いた。
 作者は数年前、眼を患った。この日は句会の前に検査を受け、眼科を出たら秋のそよ風が眼にも当たった。席題が「無」と聞き、季語「色なき風」が浮かび、即吟したそうだ。確かに席題の一句とは思えないほど自然な描写だ。とっさに詠んで、読者を魅了する句を作れるのは、ひとえに、これまでの俳句に向き合った経験と努力の蓄積があったからこそだと思う。
(双 25.09.25.)

稔り田と刈田を縫って久留里線   向井 愉里

稔り田と刈田を縫って久留里線   向井 愉里

『この一句』

 実りの秋を迎えたローカル線の車窓風景を鮮やかに切り取り、9月の番町喜楽会で最高点を得た句のひとつである。稔り田と刈田という二つの季語をあえて並べたところに現場感がある。田んぼは陽当りや水利によって実る時期が違ってくる。田植の時期が同じでも、刈り取りのタイミングがズレ、稲刈りの終わった刈田と、まだ稲穂の残る稔り田が混在することになる。
 稲刈り前後の田んぼがパッチワークのように広がる田園地帯を、久留里線のディーゼル車が走る。「縫って」という動詞を使ったことで、列車が稲原をコトコトと通り抜けて行く情景が浮かんでくる。
 実は今年4月に、俳句会で久留里周辺の名所を巡る吟行を行った。その時は田植の済んだ植田と、これからの代田が沿線に広がっていた。実家の久留里に時々帰るという作者は、「吟行に来てもらったので、近況報告のつもりで詠みました」とコメントしていた。吟行の記憶のある身には、あの風景が今はこうなっているのかと、感慨もひとしおだった。
 久留里線は木更津から内陸の上総亀山まで、32キロを走るローカル線である。木更津市街を抜けると長閑な田園地帯が広がり、久留里からは里山に分け入って行く。ご多分に漏れず経営状況は厳しく、久留里から上総亀山までの区間はJR東日本管内で収支係数がワーストワンという。現在この区間のバス転換協議が地元と続けられているが、日本の原風景ともいえる田園と里山、それを縫って走るローカル線が、将来も残って欲しいと願わずにはいられない。
(迷 25.09.23.)