真鍮の手摺に宿る余寒かな    中嶋 阿猿

真鍮の手摺に宿る余寒かな    中嶋 阿猿

『この一句』

 金属製の手摺といえば、JRや私鉄の駅の階段が思い浮かぶ。足腰の弱った高齢者には、「転ばぬ先の杖」があの手摺である。感染症対策にうるさい人は、手摺に触るのを嫌うが、転んで大怪我しないように用心する方が先だ。
 手摺と余寒は、見た感じか、触れた感じか。句会では、二つの感想が示された。駅の手摺感覚に照らせば、実際に触れた「余寒」であろう。階段の下まで降りる頃には、指先は「冷たい」と悲鳴寸前だから。
 「真鍮の手摺」から余寒を切り取ったこの句は、目の付けどころの良さから支持が集まり、五点獲得した。作者がヒントを得た「真鍮の手摺」がどこかの邸宅の重厚な玄関ドアだったら、駅舎の世界ではない、また別のストーリーが展開出来たかもしれない。
(てる夫 23.03.02.)

何芽ぐむ令和五年の末黒野に   大澤 水牛

何芽ぐむ令和五年の末黒野に   大澤 水牛

『この一句』

 俳句はあまりにも短いがために、時として「自句自解」が読者にとってその句の理解を深める一助となることがある。
 『自注石田波郷集上』のあとがきで、波郷は「俳句は、俳句自身の重さによつてたつものであつて、註解の如きは第三者の為すことである」という。一方で「一つの俳句には、それの生まれてきた「場」や、特殊の「時」が負はれてゐて、作者自らが、そのことを註することは必ずしも無意義ではないと思ふ」とも語り、「更に初心のものにとっては俳句鑑賞の手がかりとなる」と説く。確かに難解だった「たばしるや鵙叫喚す胸形変」という波郷の句も、結核療法の一つ、成形という肋骨を切る手術の壮絶な描写を読むと、たちまち腑に落ちる。
 ところで、掲句の作者はいつも平明な表現で日常茶飯句をさらりと詠む。これまで、この作者の難解句を読んだ記憶がほとんどない。とは言えこの一句、折角なので作者の自句自解を聞いてみよう。
 【水牛自句自解】ウクライナ戦線はじめ中国台湾問題、北鮮問題、日本国内の混乱等々、令和五年はどうもあまり良い年にはなりそうに無い。まっ黒焦げの末黒野を見やりつつの感慨。
 半ば考えていた通りの「解」だが、改めて言われると納得する。
(双 23.03.01.)

吊るされてコートの肘に曲り癖  玉田春陽子

吊るされてコートの肘に曲り癖  玉田春陽子

『合評会から』(番町喜楽会)

青水 「曲り癖」がいいですね。非常に洒落ているいい句です。
愉里 日常、普通に曲り癖を直すようなこともするのですが、こういう風に改めて句に詠まれるとなるほどなあと思う、そんな句です。
双歩 癖がつきやすいコートと、そうでないコートがあるのですが、居酒屋で目にした光景を詠んだ句でしょうか。いいところに目を付けました。
          *       *       *
 実によく見ているなあと感心した。ただぼやーっと眺めていたのでは中々こうはいかない。この人は「ちょっと違うな」という所を素早く見て取るのだ。それが俳句になる。作者は「久しぶりに飲屋へ行ってハンガーにかかったコートを見て、あっこれは俳句に使えると思いました」と言う。これぞ俳句巧者の言である。
 壁に吊り下げられたコートなど普通は「見れども見えず」である。ところがそれをさーっと眺めて、目の端に何か気になるものが入ると、そこに改めて視点を据えるのだろう。一着だけ、ぶる下がったコートの右袖が曲がったままになっている。なんでかな、と思う。持ち主の着癖というのか、姿勢からか、布地のせいなのか、とにかく、肘のところで曲がったままになっている。「こんなこともあるんだなあ」と早速、句帳に書留める。
(水 23.02.28.) 

梅東風や茶筒の蓋のぽんと鳴る  星川 水兎

梅東風や茶筒の蓋のぽんと鳴る  星川 水兎

『季のことば』

 東風(こち)は春先に東(太平洋)から吹いてくる風のこと。春を告げる風として古くから喜ばれ、ちょうど梅が咲く時期なので「梅東風」とも呼ばれる。雲雀東風や鰆東風などの季語もある。水牛歳時記によれば、南風(はえ)などほかの季節風に比べ東風の認知度は段違いに高い。菅原道真が大宰府で詠んだ「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな」が有名になったからという解説だ。言われてみれば道真の和歌や飛梅伝説を学校で習った記憶がある。
 掲句はその梅東風に、何と茶筒の蓋の音を取り合わせている。吹く風に春の訪れを感じる頃、お茶でも入れようかと茶筒を開けたらぽんと鳴った。そうした状況を詠んでいるだけだが、作者の心の弾みが伝わってきて、何だか楽しくなる。梅東風は春到来を告げる風であり、梅が咲き、桜が咲く春本番への期待が膨らむ。ぽんと鳴った蓋は、驚きとともに茶柱に通じるような幸運をイメージさせる。季語と音がまさに響き合って、暮らしの中の小さな春と幸福感が伝わってくる。
 茶筒の蓋を開けた時に音がするのは、容器の中の気体が一気に放出された時に、周りの空気を振動させるため。風船を割った時にバンと鳴るのと同じ原理という。掲句のぽんという軽やかな音は、読者の心にどんな共鳴音を残したであろうか。 
(迷 22.02.27.)

陽だまりにちゃんと季の来し二月かな 田中白山

陽だまりにちゃんと季の来し二月かな 田中白山

『おかめはちもく』

 この句は「二月」という兼題で詠まれた句だから、二月は動かせない。その二月、陽だまりにちゃんと春が巡って来ていると詠んでいる。北に崖を背負った南向きの土地、凹レンズが太陽光線を集めるように、そこだけがぽかぽかと暖かいのかもしれない。吹く北風も上空を吹き抜けてしまうせいか、温みが濃い。周りには水仙や福寿草が咲き、蕗の薹はもうすっかり花開いている。
 年寄りが毎日の散歩コースに見つけた別天地。お誂えの岩があって、そこに腰下ろし、杖に載せた両手に顎を載せて、チュンチュンと何かをついばむ雀を見るともなく見ている。少し離れたところの梅は今まさに満開だ。ああ世はこともなし・・・そんな作者の姿が浮かんできた。ついさっきまでテレビを見ながら、ウクライナ戦争、北鮮の狂気、トルコ大地震、日本国内の激しい物価高騰と、面白くないことばかり突きつけられて、悲しんだり怒ったりしていたのだが、そんなもの、きれいさっぱり忘れた。
 実にいい句である。けれど「季の来し」という言い方がなんとも落着かない。「来し」は「来ている」「来ていた」という意味合いの完了形。これで間違いではないのだが、どうも耳障りだ。私だけの勝手な受け取り方なのかもしれないが、何も几帳面に完了形にせず、現在形で「陽だまりにちゃんと季の来る二月かな」でいいんじゃないかなと思う。
(水 23.02.26.)

大欅囲む手と手の暖かさ     杉山 三薬

大欅囲む手と手の暖かさ     杉山 三薬

『この一句』

 府中郷土の森へ福寿草を見に行こうと作者自身が声を掛け、「建国記念の日」に総勢十三名で吟行をした時の句である。前日は関東の広い地域で雪が降り心配されたが、この日は見事な快晴でいかにも春到来という上天気。
 郷土の森の中にも欅並木はあるが、この句が詠まれたのは、帰路に大国魂神社に立ち寄った時のもの。神社の由来には、この神社は武蔵国の「総社」とある。武蔵国一宮と言えば、大宮の氷川神社。「総社」と「一宮」はどう違うの、などと余計なことを考えてしまう。こちらのご祭神の大国魂大神は、素戔嗚尊の御子とあるから、出雲系の神様で、大国主命のことだろう。奈良の大和(おおやまと)神社のご祭神も大国魂大神だが、あちらは大和系の大地主(おおことぬし)大神で、同じ名前ながら出自が異なりややこしい。
 この句に詠まれた大欅は、駐車場の脇にあるもので、注連縄が張られた境内の御神木とは異なり、近くに寄って触れる木である。幹の周りが七メートル以上あるいうこの木を、誰が言い出したか、平均年齢八十歳に近い面々が、手と手を繋いで囲んだところを詠んだのがこの句。「手と手」であれば、ふつうは「温み」と詠むところを、吟行幹事である作者は、春の良き日への感謝を込めて「暖かさ」と詠んだのだろう。その時に名カメラマンが撮影した連衆の笑顔をここに掲載出来ないのが残念である。
(可 23.02.24.)

春燈下久方ぶりに紅を差す    久保田 操

春燈下久方ぶりに紅を差す    久保田 操

『季のことば』

 春夏秋冬それぞれに「灯(燈)」を付けたものが季語になっている。燈火というものが季節に応じていろいろな雰囲気を醸し出すからであろう。その中でも「春燈(春灯)」は艶っぽさを感じさせて独特である。春の燈は他の季節の燈火と異なり、人の情といったものがからんで来るようだ。
 この句も、「冬の寒さに億劫病が出て引き籠もっていましたが、今日は親しい方からのお誘いを受けて、嬉しさに久しぶりに紅なんか差しています」という、万太郎調の艶を感じて「いいなあ」と思った。
 そうしたら誰かか「この句はコロナで長い事外出や会合などに出なくなり、ろくに化粧もしなかったが、コロナ騒ぎも下火になって久方ぶりの外出、という気分をうたったものだろう」と述べた。そうか、そうなのだ、確かにそういう時事的なことを含んでいる令和5年春の句というのが正解なのだろう。私はうかつにもその点に思いを致さず、ただ艶なることのみ思い描いていた。
 しかし、今また改めてこの句を読み返して、コロナ禍なんぞ関係なしの句として受け取った方が句としてふくらみがあり、永続性があるんじゃないかなあ、などと思っている。作者に聞いてみたら、やはり「コロナ籠もり」の句だというので、やれやれと思ったのだが、こんなふうに受け取られ方が変わるのも俳句の面白味だろう。
(水 23.02.23.)

雪掻けば近所交流始まりぬ    高井 百子

雪掻けば近所交流始まりぬ    高井 百子

『この一句』

 作者が十年ほど前に移住した長野県上田市は降雨の少ない地域で、江戸の昔から溜池を構築して米作を維持してきた。冬の寒さは北国並みでも、降雪量はそれほどでもない。駐車場所から車を掘り出すのに半日かかったほどの大雪は、もう何年も記憶がない。この冬も各戸が人を出して道路の除雪をしたのは二月で二度だった。
 地域の古老の話だと、自宅周辺の除雪は自治会の指導で各戸の分担が決まっていたという。その名残か、向こう三軒両隣、誰が音頭をとるでもなく、除雪作業が始まり、そして終わる。学童の通学路は氷結しないよう、誰かが残雪を削り取る。決まりきった手順でもある。
 この句が言う「近所交流」の背景には、盛んな自治会活動の日常がある。自治会員は七、八軒単位の班にグループ分けされ、輪番制の班長が世話役。自治会の決定事項や広報などの連絡に当たる。班内に不幸があれば、葬祭の窓口役も受け持つ。信州ならではの流儀です。
(て 23.02.22.)

腰よじり放る投網や浜うらら   金田 青水

腰よじり放る投網や浜うらら   金田 青水

『合評会から』(番町喜楽会)

的中 投網を使うのは浜ではなくて、川じゃないのかなという気がしましたが、春らしくていい句だと思っていただきました。
光迷 何を捕っているのかわかりませんし、船の上から投げているのか、浜辺で投げているのかもわかりませんが、水が温んで来たのでいろいろなものが捕れることでしょう。
双歩 動きがあって、描写が的確な句です。わたしも的中さんと同じく浜には少し疑問を感じました。
木葉 「腰よじり放る」とありますが、投網はそうしないと投げられません(笑)。
          *       *       *
 投網(とあみ)は叉手網(さであみ)、四つ手網などと同じく、川で魚を一挙に取る方法で、俳句では「川狩」の傍題として夏の季語になっている。
 しかし、遠浅の海岸なら投網漁が出来る。近頃は大概の河川が投網漁禁止なのに対して、海浜では大目に見ている自治体や漁協が多いから、「海の投網漁」がスポーツ・フィッシングなどと呼ばれて人気になっている。
 この句の作者の住む千葉・幕張でも浜でさかんに投網を打っているという。投げるにはそれなりの訓練が必要だが、慣れてくれば釣りと違って、面白いように捕れるという。あなたも靑水さんに連れて行ってもらったらいかがですか。
(水 23.02.21.)

ひとり身も十年経ちぬ春袷   山口 斗詩子

ひとり身も十年経ちぬ春袷   山口 斗詩子

『この一句』

 季語の「春袷」は春に着る、明るい柄のお洒落な「袷」というイメージである。この理解はおおむね間違っていないようだが、大元の「袷」の認識が違っていることに気がついた。歳時記を見ると「袷」は夏の季語になっているが、筆者の頭の中にあった「袷」はむしろ秋冬の着物というイメージであった。
 水牛歳時記の「更衣(ころもがえ)」の項を読むと、旧暦四月一日に綿入を脱いで、綿の入っていない裏地だけの袷に着替える。これが更衣であると説明されている。従って「袷」が夏の季語であることに合点が行くが、綿入などほとんど着なくなり、冷暖房に囲まれて過ごす昨今、実際の生活感覚からすると少し違和感が残るのはやむを得ない。
 掲句は、亡き人を偲んで春袷を手にする女性の句である。十年ぶりに手にした春袷はまったくくたびれておらず、しゃんとしている。十年経ったが、その着物を着て、亡き人と外出したときの思い出もまだ鮮やか。どんな色合の、どんな柄の着物か、読み手の想像をたくましくさせる。「ひとり身も十年経ちぬ」の措辞と「春袷」の季語の取合せが絶妙で、まるで二物の俳句のお手本のような句である。
(可 23.02.20.)