母からの荷物の隅に柿二つ    向井 ゆり

母からの荷物の隅に柿二つ    向井 ゆり

『この一句』

 母からの荷物に何か入っていた、という内容の句はわりとよくあると思うが、この句は柿二つが効いている。「いかにもありそう。一つでも三つでもない柿二つ。母の思い」と三代さんが評したように、母親は荷物の空いたスペースに何でも入れる。柿のほかにも林檎や梨などの果物、薩摩芋や南瓜などの野菜、餅に缶詰などなど。ありがたいやら、面倒臭いやら。母にしてみれば、いつまでたっても子供は子供なのだ。
 最近のことではなく、昔の想い出かもしれない。親元を離れ、独り暮らしを始めた学生時代か。社会人になって、ようやく勤務先の環境に少し慣れ始めたころか。帰宅すると、アパートの部屋の前に荷物があった。「これから寒くなるから、膝掛け編んだよ」。母の手紙とともに毛糸の編み物が送られてきた。隅っこに柿が二つ。似たようなシーンは、地方出身者なら一度は経験があるだろう。
 作者の実家は、今度の台風の被害を受けた。幸い両親は近くの親戚の家に避難して無事だったが、電車も道路も不通となり、被害の様子を見に行きたくても近づけない状況がしばらく続いた。庭の柿はすべて落下したという。
(双 19.10.26.)

柿食ひて悪ガキのやうな父の笑み 流合研士郎

柿食ひて悪ガキのやうな父の笑み 流合研士郎

『この一句』

 柿を食べた父親が「悪ガキのやうな」笑みを洩らすとは、どういう情景なのだろう。いい年をしていつまでもガキ大将気分の抜けないお父さんが、勢い良く柿にかぶりついて大笑いという情景であろうか。それとも、かなり高齢で固いものを噛むのが苦手になっている父親が、好物の柿を食べて悪ガキに還ったような笑みを浮かべたという場面であろうか。
 このあたりがよく分からなかったのか、句会では「よく分からない」というつぶやきが聞こえた。まさにその通り。今になって読み返してみてもどちらの句解が正しいのか判定できない。句を素直に詠めば「悪ガキ気分を残したオヤジ」の方に軍配が上がるのだろうが、もう柿を噛むのもようやっとの老いた父親が、今生の思い出として柿の味を楽しんでいるという見方も捨てがたい。
 こんな風に、別々の受け取られ方をしてしまうことがあるのが、わずか17音しか無い世界最短の詩形の俳句の宿命である。しかし逆にまた、いろいろに解釈される「広がり」を持つところに俳句の面白さがあるのだということも言える。
(水 19.10.25.)

異国語の飛び交ふ村の吊し柿   加藤 明生

異国語の飛び交ふ村の吊し柿   加藤 明生

『季のことば』

 柿は縄文時代から日本人に親しまれた果物で、関連する季語も多い。大事な食糧源だったため、甘柿、渋柿、熟柿、干柿、吊し柿、富有柿、次郎柿といった柿の種類や味が季語になり、さらに柿若葉、柿の花、柿紅葉、柿落葉など多彩だ。柿の木の変化と実の生り具合を、大事に見つめてきた日本人の暮しが生んだ季語といえる。
 掲句は「異国語の飛び交ふ」現代の農村を描く。技能実習生の名目で、農漁業や工場の現場に外国人を受け入れるようになって久しい。担い手不足に悩む農家はこの制度に頼り、全国で2万5千人の外国人が農業に従事しているという。待遇面など問題点もあるが、村によっては、技能実習生なしには経営が成り立たないのが現実だ。
 「飛び交ふ村」とう措辞で、ひとり二人ではない外国人が働いている様子が分かる。そこに吊し柿という古来の季語を配する。柿すだれの下がる長閑な村の情景と、外国人に頼らざるを得ない現実との落差が心に残る。句会で高点を得たのもうなずける。
(迷 19.10.24.)

灯台の真夜の呼吸や鳥渡る    今泉 而云

灯台の真夜の呼吸や鳥渡る    今泉 而云

『この一句』

 なんと静謐な、また神神しさを湛えた句なのだろう。描写されているのは、深夜、灯台が明滅している空を鳥が渡って行く風景である。月は出ているのか、星月夜なのか定かではない。だが、真夜中の灯台の点滅を「呼吸」と捉えたことで、それが渡り鳥の羽の動き、星の瞬きや波の音などの大自然の営みに通じ、大らかな生命賛歌となった。
 ところで、作者はどこにいるのだろうか。灯台を見下ろす山の上、灯台を見上げる海の上、あるいは灯台の下の公園など。場所によって見える光景は違ってくる。沖を行く船の上だとすれば、鴨や白鳥の群れが頭上を通り、光を投げ掛ける灯台の方へ…となる。絵に描けば、鳥が大きく、灯台は小さくというシュールな構図になるかもしれない。
 さらに肝心の、渡り鳥。先程、鴨や白鳥と書いたが、他に鶴などもいる。渡り鳥は何だったのか。様々な想像をしていると、鶴がヒマラヤを越える映像が頭に浮かんだ。もうひとつの疑問、この灯台はどこなのか。知床、能登、壱岐…。光源は松明が赤色の電球になり、いまやLEDに。そう、日本では灯台守は姿を消したのだとか。
(光 19.10.23.)

乱舞するイナゴ飛び交う千枚田   渡辺 信

乱舞するイナゴ飛び交う千枚田   渡辺 信

『おかめはちもく』

 北から南まで日本列島は山が切れ目なく連なっているから、東側も西側も海から山へとせり上がる地形になっている。さして広くない平地を耕し尽くせば畑も田もせり上がって行かざるを得ない。こうして段々畑や棚田(千枚田)が独特の景色を作ることになる。
 しかし、棚田を耕作する方は大変だ。田一枚が狭すぎるし、傾斜地でもあることから農機が使えない。全て昔ながらの人力に頼らざるを得ない上に、観光名所になったり、環境保護の指定などを受けて、農薬の使用が制限されてしまう。イナゴにとっては天国で、自由奔放飛び回っている。
 そんな情景を詠んだ素晴らしい句なのだが、「乱舞する」と冒頭に置いて、中七に「飛び交う」と来ては、あまりにもうるさい。これを何とかすればいい句になる。
 大群のイナゴを見て、「一体全体何万匹いるんだろ」と驚く。その気分を込めて、「乱舞するイナゴの数や千枚田」としてはいかがであろう。
(水 19.10.22.)

どんぐりの落ちて胸まで跳ね返り 金田 青水


どんぐりの落ちて胸まで跳ね返り 金田 青水

『この一句』

 筆者は合評会で「何という句でもないが」と前置きしつつ、この句を選んだ訳を述べた。一読してまず思い起こしたのが、碧梧桐の名句とされる「赤い椿白い椿と落ちにけり」であり、「滝の上に水現れて落ちにけり」の後藤比奈夫の句である。先人二人の句も、何ともないと言えば何ともない状況を詠んだだけだが、写実でありながら自然の摂理の深遠さが表されており、胸底に落ちて心の琴線に触れる。
 どんぐりの句は「引力、重力の法則まで感じさせる」とまで筆者が評したのを、句会の方々は言い過ぎだと思われただろう。この句を採らなかった人の意見は「落ちて跳ねて胸まで来るなんてあるのか」「下は土ではなく石畳かコンクリートなんだろうが、それにしてもちょっとね」という声に集約される。作者も「その点は…」と口を濁し、やや非現実的な現象なのかもしれない。しかし、これはこれで「ありうるかもしれない」胸に落ちる写実句である、と思うのである。
(葉 19.10.21.)

新米の透き通りたる今朝の飯   石黒 賢一

新米の透き通りたる今朝の飯   石黒 賢一

『この一句』

 朝、新米を炊き上げた。電気釜の蓋を取ったら、米はまるで透き通っているかのように見えた。茶碗に盛ったらさらに光り輝いていたが、透き通ってはいない。見たままの真実を詠むならば、「透き通るごとく」としたくなるところである。しかし作者は気合よく「透き通りたる」とした。
 昭和の初期だったか。「ごとく俳句」が話題になり、よく詠まれたという。虚子の「たとふれば独楽のはぢける如くなり」「去年今年貫く棒の如きもの」あたりが発生源なのか。一時期、大いに流行ったそうだが、やがて「ごとく俳句は好ましくない」とするのが定説のようになり、気が付けば「ごとく」は、ほとんど見かけなくなっている。
 作者は「ごとく」のことを特に意識せず詠んだらしい。それがよかったのだろう。見たままではなく、思ったままを素直に詠んだのである。それによって、いかにも新米らしい艶やかさ、美味しさが浮かび上がってきた。
(恂 19.10.20.)

風通す鏝絵の蔵や薄紅葉     須藤 光迷

風通す鏝絵(こてえ)の蔵や薄紅葉   須藤 光迷

『季のことば』

 鏝絵(こてえ)とは左官職人が漆喰で壁に浮き彫りに描いた装飾。蔵の扉や窓の内側に、花鳥風月や縁起物を色彩豊かに描いたものが多い。伊豆松崎に残る名人・入江長八の作や大分安心院近辺の作品群が知られている。江戸から明治にかけて土地の庄屋や豪商らが蔵を建てる時、財力を示すために鏝絵を描かせたという。見せるためのものなので、雨の日以外は大抵は扉を開けている。
 掲句は秋の日に開け放った蔵の鏝絵を見た情景を詠む。作者によると長岡市郊外の摂田屋地区にある造り酒屋の蔵という。保存状態の良い鏝絵が残っているので全国的に有名らしい。
 その蔵に作者は数ある紅葉の季語の中から、「薄紅葉」を選んで取り合わせる。薄紅葉はまだ十分に紅葉しきらない状態を表す仲秋の季語だ。色鮮やかな鏝絵の印象を打ち消さないように、あえて色づきが淡い薄紅葉を配して、秋の気配を柔らかく伝える。これが照紅葉や夕紅葉では紅葉が鮮やか過ぎて、鏝絵のイメージが薄れてしまう。句作に熟達した作者ならではの季語の選択に、さすがと感じ入った。
(迷19.10.18.)

藻塩ふる佐渡の新米試食会    高井 百子

藻塩ふる佐渡の新米試食会    高井 百子

『この一句』

 藻塩。馴染みはないが、何やら旨そうな塩の名だ。調べると、「海藻を重ね潮水をかけ、焼いて水に溶かし上澄みを煮詰め」うんぬん、とある。万葉集にも歌われた古来の塩だそうだ。詳しくは知らなくても、「藻」という字が旨み成分を醸し出し、口中の唾液が増す。これだけで句の掴みは十分なのに、「佐渡」だ。芭蕉の名句、世阿弥の流刑地、朱鷺のふるさと、などなど連想されるあれこれがたちどころに浮かぶ。その佐渡の、しかも新米ときて、とどめが試食会である。これだけ道具立てが揃ったら、もはやこの句の虜。採らないわけにはいかない。句会では同類が何人もいて高点を得た。きっとパブロフの犬よろしく、ごくりと唾を飲み込みながら票を投じたのだろう。
 いくつも惹かれる要素はあるのだが、何といっても本命は「試食会」だろう。これは実体験がないと出てこない言葉だ。この三文字で句全体のリアリティが保証された。佐渡に旅行した作者の土産話、「宿でね、新米の試食会があってね、それに藻塩というまろやかなお塩をふったご飯の美味しかったこと!」が聞こえてきそうな一句である。
(双 19.10.17.)

秋の雲立志の人も今は杖     田村 豊生

秋の雲立志の人も今は杖     田村 豊生

『この一句』

 秋の雲は爽快感をもたらし、血気盛んな若者の心を膨らませ、奮い立たせる。即ち「立志」である。司馬遼太郎の人気小説『坂の上の雲』は明治期の青少年の間に横溢したそうした空気を鮮やかに描いている。この気分は第二次大戦で日本が完膚無きまでに叩きのめされる昭和20年まで続いた。いやその後も、「立志」は形を変えて20年ばかり生き続けた。敗戦直後の10年は塗炭の苦しみの中をもがきながら這い上がる「志」とし、その後の10年は日本を世界有数の大国に押上げる力としたのである。
 この句の主人公もそうした一人に違いない。大東亜戦争中は軍国少年として志を立て、敗戦後は経済大国への道をまっしぐらに突き進んだ。そして令和の今、杖を頼りとする身となった。
 しかし、この句には暗さは無い。「雲白く遊子悲しむ」といった、そこはかとなき寂しさは感じさせるが、じめじめしていない。「今は杖」と言いながら憐れみを乞うような所は微塵も無く、安心立命の感じが伝わって来る。
(水 19.10.15.)