無駄に慣れ秋の長雨家籠り    大平 睦子

無駄に慣れ秋の長雨家籠り    大平 睦子

『この一句』

 メール句会の選句表でこの句を見た時、気にかかって印を付けたのだが、何回読み返しても、「無駄に慣れ」の意味合いが掴めず、やり過ごしてしまった。
 これは秋黴雨に閉じ込められた情景だが、令和3年秋だから、もちろんコロナ禍による家籠りと重なっている。コロナ籠りはもう去年の春からずっと続いている。いい加減うんざりしているところに秋の長雨だ。くさくさした気分が積りにつもっている。この句はその鬱陶しさを十二分に伝えている。
 そこまではいいのだが、やはり「無駄に慣れ」に頭をひねってしまう。これと家籠りとがどうつながるのか。無駄にお金を使わないで済む家籠りは、無駄を省くことになりこそすれ、「無駄に慣れ」ることにはならないのではないか。そんな理屈をこねくり回していたものだから、この句が分からず仕舞いになった。
 はたと気がついた。素直にそのまま受け取ればいいのだ。籠居のために余計なものまで買い込んで腐らせてしまったりするのが「目に見える無駄」だが、籠居にはそれよりもずっと多くの、目に見えない「無駄」がある。何よりも「毎日何もしないで寝て起きるだけの暮らし」が最大の無駄ではないだろうか。
 作者はそこに思い至ったのではないかと推察した。だが、何もしないことに慣れてしまうと、それはそれで結構のんきである。“公認の狡休み”だ。しかし、と又考える。やっぱりこれはおかしいなあと。
 私の解釈はとんでもない見当はずれかも知れない。晴れて対面句会でお目にかかったら、正解をうかがおう。
(水 21.09.29.)

敬老日おしゃべりロボと夜は更けて 岡田鷹洋

敬老日おしゃべりロボと夜は更けて 岡田鷹洋

『この一句』

 人と会話のできるおしゃべりロボットは多種多様な製品が販売されている。センサーで利用者の呼びかけや動作に反応し、内蔵の会話パターンから返事をするのが基本的な仕組みだ。高級機種になるとAIの学習機能を備え、会話の内容を記憶してパターンを増やし、あたかも家族のようなやり取りができる。人形型、動物型、ロボット型など形態も様々で、歌ったりダンスを披露するものもある。子供のおもちゃにとどまらず、独身女性や若い世帯のペット、さらには高齢者の話し相手として利用者が増えている。
 掲句は敬老の日を取り合わせているので、高齢世帯を描いたもの。秋の夜長にお年寄りがロボットとのおしゃべりを楽しんでいる。一人暮らしや老夫婦だけの世帯は、どうしても会話が乏しくなる。年寄との会話を嫌がらず、いつでも相手をしてくれるロボットは、離れて暮らす子供や孫よりも身近な存在といえる。夜が更けるまでおしゃべりが続くのも無理はない。
 まことに現代的な景を切り取った句だが、一抹の淋しさも漂う。せっかくの敬老日、本当は子供や孫からの電話を心待ちにしていたのかも知れない。夜になっても電話はなく、ロボとの会話で淋しさを紛らわせる。「夜は更けて」の下五からはそんな思いも読み取れる。
(迷 21.09.28.)

檜枝岐歌舞伎一幕釣瓶落とし   野田 冷峰

檜枝岐歌舞伎一幕釣瓶落とし   野田 冷峰

『季のことば』

 秋の季語にいう「釣瓶落し」は皆ひとしく感じる感覚である。興味あって、なぜ秋はつるべ落としなのかちょっと調べてみた。一般の言葉でもあるが、「薄明」という天文用語があるのを知った。太陽光が上空の微細な浮遊物に散乱反射して光り、日の入り後もしばらくは暗くならない現象をいうのだという。9、10月は日没時間が早まるうえ、夏に比べて薄明が短くなるため急に暗くなったと感じるらしい。世界中どこでもありそうな現象だろうが、日本の場合はことに風趣がある。
 掲句は作者が実際の輪の中にいた光景を詠んだと思える。「釣瓶落し」の舞台によい場所と光景を持ってきたものだと一票を投じた。檜枝岐歌舞伎はご存じのように南会津の秘境といっていい檜枝岐村に、江戸時代から伝わる農民演じる歌舞伎だ。現在も村の観光資源となっており村民が伝統を守っている。作者はいまその舞台を見ているのか、過ぎし日の想い出に浸っているのか、まあどちらでもいい。演目はなんだろう、ともかく一幕が終わった。定式幕が閉じられて舞台の明りがさえぎられる、と同時に日が完全に沈んだとみる。薄明りだった周囲が急に暗くなった。過疎だ、限界集落だと懸念される昨今だが、村人は変わらず元気に農民歌舞伎を演じている。上五、中七まで一気に読ませ、歌舞伎の重厚さまで表現したと思う。
(葉 21.09.27.)

この頃はあれこれ語る勝相撲  植村 方円

この頃はあれこれ語る勝相撲  植村 方円

『季のことば』

 俳句では「相撲」は秋だが、今では年間6場所も開催され、「相撲」には季節感など感じられないという人が多い。しかし9月半ば、まだ汗ばむ日はあるものの隅田の川風が涼味をもたらす両国国技館の秋場所は、いかにも大相撲にふさわしい季節感をまとっている。
 さて、この句だが、よほど相撲好きでないと分かり難いかも知れない。「勝相撲」とは相撲言葉で勝った力士を言う。ことに勝てそうもない相手を倒した勝者を言う。その力士が近頃はよく喋るというのだが、そう言われてもよく解らない。
 平幕力士が横綱を破ると「金星」と言われ、金星一個につき月給が四万円プラスされ、それは引退するまで続く。同じ前頭でも金星のある力士とそうでない力士の給与には大差がつく。そのせいもあって横綱挑戦の機会が巡ってきた平幕力士は渾身の力を振るう。「大物喰い」と言われた安芸乃島(現高田川親方)が金星獲得記録保持者で十六個。しかし安芸乃島は「勝ってぺらぺら喋るのは相手に失礼」と、勝利インタビューでは何を聞かれても「はい」と「いいえ」しか言わず、アナウンサー泣かせと言われた。それほどではないものの、昔の力士は口が重かった。
 ところが近頃のお相撲さんはほんとによく喋る。勝負の様子を自分から解説してくれる力士さえいる。それが良いか悪いか一概には言えないが、時代が変わったことは確かだ。この句は相撲の句としては珍しく、面白いことを詠んで時代相を表したなと感心した。
(水 21.09.26.)

砂かぶり和装のママの桔梗柄    杉山 三薬

砂かぶり和装のママの桔梗柄    杉山 三薬

『季のことば』

 テレビで大相撲中継を見ていると、土俵に近い砂かぶり席や桟敷席に和服姿の美人がよく映っている。大相撲と縁の深い花柳界の人かなと思っていたら、この句を読んで銀座ありたりのママと分かった。確かに今どきの若い関取は、待合よりもカラオケ設備の整ったクラブやスナックを好みそうだ。開催場所は違っても、和装の美人を見ない日はない。大阪なら北新地のママ、福岡なら中州のママが姸を競っている訳だ。
土俵に花を添える存在を面白く詠んだ句だが、はて季語は何だろう。砂かぶりは土俵のすぐ下の席で、取り組み中に砂を浴びることもあるため、こう呼ばれる。水牛歳時記によれば、相撲は奈良・平安時代に宮中行事として陰暦七月(初秋)に行われたことから秋の季語になっている。宮相撲、草相撲、勝相撲、相撲取、土俵なども同様に秋の季語として扱われる。ただ砂かぶりは土俵下だが土俵そのものではなく、やや無理がある。
秋の七草のひとつである桔梗は堂々たる秋の季語である。しかし詠まれているのは「桔梗柄」の着物であり、これも決め手を欠く。作者の解説によれば「砂かぶりが季語になり得るか少し悩んで、ママに桔梗柄を着てもらって季節感を出した」という。いわば「合わせ技一本」の季語ということになるが、細かいことを言わずにテレビ桟敷で秋場所の熱戦と、砂かぶりのママを鑑賞しましょう。
(迷 21.09.24.)

故郷は釣瓶落しの海の果て    中村 迷哲 

故郷は釣瓶落しの海の果て    中村 迷哲 

『この一句』

 この句を読んで九州の海辺の土地や島を連想する人が多かった。筆者もその一人で、この句を読んで檀一雄の「落日を拾ひに行かむ海の果」の句を思い出し、彼が晩年に住んだ博多湾の能古島(のこのしま)を連想したのである。ところが、これはまったくの思い込みで、調べてみると、檀一雄が詠んだのは、能古島より以前に住んだリスボン近郊のサンタ・クルスという漁村らしい。あらためて地図で見ると、能古島からは糸島半島が邪魔して「落日」は見えない。
 ところでこの句の作者である中村迷哲氏の故郷は佐賀県の鹿島市。島ではないが、有明海に面したまさに九州の海辺の町であり、大方の予想は外れなかったわけである。作者は番町喜楽会報第119号(2018年5月)に「ふるさとの海」と題する随想を寄せられ、天下に名高いムツゴロウをはじめ、アゲマキ、赤クラゲ、渡り蟹など、有明海の豊富な海産物とそれを育む風土の豊かさについて紹介されている。この随想を読んだ時、こんな自然豊かな故郷を持っておられるのは本当にうらやましいな、と思ったのを今も覚えている。
 コロナ禍により旅行も帰郷もなかなか叶わないこの時期、一句にこめられた望郷の念が読み手にいっそう強く伝わる。
(可 21.09.23.)

秋黴雨水木楊氏の著作読む    堤 てる夫

秋黴雨水木楊氏の著作読む    堤 てる夫

『この一句』

 俳句にはいろいろなジャンルがあるが、ことに難しいのは追悼句、弔句だと思っている。難しさの理由を二つばかりあげられるが、まず「誰々さんを偲ぶ」などの前書きがなくとも句意が理解されるかどうかということがある。往時の俳人を偲びつつ作る句には、芭蕉忌、糸瓜忌などとあらかじめ季語として用意されていて便利でかつ誤解はない。俳人でなくとも著名人なら、事績や人柄が句に表れればそれなりに受け取ってもらえるだろう。二つ目の理由は、追悼句はそれでなくとも感情移入に陥り易いのではないかと思うからだ。冷静に故人を偲ぶのは簡単ではない。
 追悼句としてすぐ思い付くのは、芭蕉の「塚も動け我が泣く声は秋の風」、虚子の「子規逝くや十七日の月明に」、漱石「有る程の菊抛(な)げ入れよ棺の中」などで、いずれも名句とされるが、筆者の拙い鑑賞力からいえば感情過多ではと言いたい句もある。
 掲句は日本経済新聞の編集局で活躍され、作家としても文筆を振るった市岡揚一郎(水木楊)氏の訃報に接し詠んだ追悼句だ。作者はじめ俳句会仲間には周知の方である。句中に人物名が詠みこまれているので前書き不要。水木氏とその死去すら知らない向きには追悼句とは読めない。しかし、そもそも俳句結社における追悼句とは仲間内のものに過ぎないものと言えまいか。この句の平板な中七下五は故人を知る人に静かに迫って来る。折から降り続いた「秋黴雨」という絶妙の季語が偲ぶ心を揺さぶっている。
(葉 31.09.22.)

瓜棚のすがれて釣瓶落しかな   大澤 水牛

瓜棚のすがれて釣瓶落しかな   大澤 水牛

『季のことば』

 「釣瓶落し」とは、夏が終わり、秋の日暮れが急に早くなったことを、あたかも井戸に釣瓶を落としたときのようだと喩えた言葉で、秋の季語だ。子供のころ、学校から帰って遊びに出ようとすると、「秋の日は釣瓶落し、といって直ぐに暗くなるから、早く帰るんだよ」とよく親に言われたものだ。釣瓶(つるべ)を知らない今の若い人にはピンとこない言葉だろう。
 「すがれる」は、馴染みの薄い日本語だ。漢字を当てると「尽れる・末枯る」で草木が盛りを過ぎて枯れ始めること、と辞書にある。一方、晩秋の季語に「末枯(うらがれ)」があり、意味する内容は同じだ。
 掲句は、日が短くなって何となくうらさびしい夕暮れ時、最盛期を過ぎ枯れ始めた瓜棚を眺めながらため息を一つ、というような情景だ。「釣瓶落し」の本意に呼応するかのようなすがれた風情を配し、秋特有の寂寥感を醸し出した。句会では共感者が続出、最高点で一席に輝いた。
 ちなみに、「瓜」はウリ科の総称で西瓜や胡瓜、糸瓜も含まれるが、狭義には甜瓜を指し晩夏の季語。この句では、瓜の季の働きもすがれている。
(双 21.09.21.)

カナカナや遙か昔の刃物研ぎ   高井 百子

カナカナや遙か昔の刃物研ぎ   高井 百子

『この一句』

 蜩(ひぐらし)という蝉、別名「かなかな」。鳴き声からそう呼ぶ。蜩は盛夏を喧伝するようなミンミンゼミや、長閑な感じのするツクツクボウシと違って、なにやら物寂し気な鳴き声である。秋口に鳴く蝉だからということもあるが、とくに日暮れがた遠くで鳴いているのを聴くと哀調を感じるからだろう。外国人には騒音としか聞こえない蝉時雨も日本人の心情に語り掛け、うるさいと感じる人はまず少数だ。この違いはいったいなぜか、筆者のなかで以前から答えを探しているものの一つである。
 「この一句」として掲げた上の句は、われわれの心情に作用する蝉の鳴き声の不可思議さを詠んでいる。蜩の鳴き声に「刃物研ぎ」を付けたのには意外性があった。家々を回って御用聞きをする職人はほぼ絶えて久しい。江戸落語に登場する鋳掛屋(鍋釜の修理)、羅宇屋(キセル掃除)などはとうぜん消えてしまったが、刃物研ぎは戦後しばらくいたような記憶がある。しかし今となっては「遥か昔の」に違いない。カナカナカナと聞こえる夕方、ふと昔を偲んでいる作者がいる。消えてしまった刃物研ぎと蜩をつないで一句をものした作意をあれこれと想像するしかないのだが、ノスタルジーの句として味わい深い句だと思う。「カナカナ」と片仮名にしたのは相手が金物だから?これは脱線!
(葉 21.09.20.)

銀座の名残す駅裏秋暑し   杉山 三薬

銀座の名残す駅裏秋暑し   杉山 三薬

『この一句』

 「○○銀座」という商店街は北海道から九州まで全国に三百以上あるという。日本一の商店街である銀座にあやかろうと名乗ったものだが、あやかり組の最初は東京都品川区の戸越銀座だという。ネットの情報で出典もはっきりしないから正確かどうかわからないが、関東大震災(大正十二年・1923年9月1日)で壊滅した銀座通りの焼け跡整理で出たレンガを引き取って、雨が降ればドブ泥になる道に敷き詰め、戸越銀座商店街の誕生となった。その後、東急池上線も通り、地下鉄もできて大発展、今では全長1.3kmの堂々たる“銀座通り”になって結構な賑わいを見せている。
 しかし、こういうのは近頃珍しい方で、各地の銀座通りはさびれるばかりである。高度成長時代が過ぎ、平成令和時代になると、郊外型の大規模商業施設に客を奪われ、さらに近年は通販全盛となって、零細小売商店が立ち行かなくなっているのだ。アーケードの屋根はあちこち穴があいて雨漏りし、軒灯は消えたまま、シャッターを閉めっぱなしの店が出来て歯抜けのようになった情けない「銀座」も多い。
 この句はそうしたうらぶれた銀座を詠んでいる。昭和時代には活気のある町だったのに、あれよという間にこんな具合になってしまった。○○銀座の看板文字もペンキが剥げてしまっている。そこに西日が容赦なく当たってまことに暑苦しい。しかし、こうしたうらぶれた「銀座」には捨て難い味がある。
(水 21.09.19.)