鎌鼬賑い消えたシャッター街   野田 冷峰

鎌鼬賑い消えたシャッター街   野田 冷峰

『この一句』

 商店が売れ行き不振、後継者不在などで閉店し、シャッターを下ろしたままになる。そういう店が続々現れて商店街が寂れてしまう。これを称して「シャッター通り」「シャッター街」。この言葉が言われ始めたのは1980年代末のことで、爾来30年、寂しい町は寂しいままである。
 高度成長期からバブル経済の時期、「メイドインジャパン」が世界市場を席巻し、日本国と日本人は大いに自信を持ち、それが行き過ぎて「もう欧米諸国に学ぶべきところは無い」などと思い上がった。国内では土地の値段が際限もなく上がって、それを担保に借りた資金で新たな土地買収にかかるといった狂乱事態になった。一方、モータリゼーションの急激な発達で、人々の行動範囲が一挙に広がった。国鉄駅前周辺の地価の急騰を嫌って、郊外に大規模ショッピングセンターが誕生し、人々は一斉にそちらに車を駆り、老舗商店街の空洞化をもたらした。そして91年のバブル崩壊、長期低迷へと落ち込んで行った。そして「シャッター街」は珍しくもなんともない、全国の中核都市に普遍的な光景となった。
だが問題は、寂れたシャッター街の住人が別に暮らしに困っていないことである。商店経営者はそれぞれバブル期になにがしかの蓄えをこしらえており、それに加えて年金がある。商売はしてないから所得税はゼロ。シャッターを下ろしたままで十分暮らしていけるのだ。かくてシャッター街はいつまでも残り、幽霊街となる。そこを鎌鼬が疾駆する。
(水 21.02.10.)

鎌鼬鬼滅の刃受けしかな     須藤 光迷

鎌鼬鬼滅の刃受けしかな     須藤 光迷

『この一句』

たいへんな鬼滅ブームである。漫画本や大ヒット映画を見たことがない大人でも大方が知っている。アニメに特有の、数ある聖地めぐりも盛んだという。なかでも奈良・柳生の庄にある天之石立神社には、剣聖柳生石舟斎が一刀のもと、真っ二つに断ち割った伝説をもつ巨石があり、ファンに人気の聖地となっているようだ。
難物季題「鎌鼬」のことである。自然現象のひとつ、冬に小さなつむじ風が一瞬真空状態をつくって、人間の皮膚を切るのだと解説されている。越後七不思議にも数えられ、冬の季語に。思い当たることのない切り傷はたしかに面妖だ。昔は鶏小屋を狙ってくるすばしこい鼬の仕業としたのだろうかと想像する。
この句では、覚えのない切り傷は鬼滅の刃を受けたせいだと言う。作者はお孫さんにせがまれ映画を観にいったのかもしれない。そうなら鬼退治に快刀乱麻する主人公らの活躍が目裏に残ったのだろう。難物季題に対して、今もっとも旬の社会現象を持ってきたところに俳句とトピックの融合がある。時事句として成功したと思うのである。鬼滅ブームは世界百三十か国に広がっているともいわれ、今後しばらく色あせない時事句ではないかと一票を投じた次第である。(葉 21.02.09.)

小走りの新聞少年鎌鼬      大沢 反平

小走りの新聞少年鎌鼬      大沢 反平

『季のことば』

鎌鼬(かまいたち)は日経俳句会1月例会の兼題だった。冬の乾燥した風が巻き起こす真空によって、皮膚が切り裂かれる現象だという説がある。
冬場の外遊びが減り、防寒着が普及した現代では、経験する人がほとんどいない難解季語といえる。例会の投句を見ると、昭和の前半に少年期を過ごした人には、幼い頃の体験を詠み込んだ句が結構あった。これに対し、昭和後半から平成育ちには、季語の鎌鼬に身辺の出来事を取り合わせたり、何かを斬るイメージを詠んだものが多かった。
その中で鎌鼬・経験世代の作と思われるこの句に共感し、点を入れた。「小走りの新聞少年」という措辞で、冬の早朝に寒さに耐えながら、小脇に抱えた新聞を配達する姿が浮かぶ。今や死語となった新聞少年だが、昭和30年代までは小遣い稼ぎや家計を助けるため、多くの小中学生が配達を担っていた。その少年を一陣の風が襲い、気が付くと皮膚が裂けている。健気な少年と鎌鼬が違和感なく結びつき、読者の記憶を呼び覚ます。
実は鎌鼬の兼題解説を書いた水牛さんが、その中で新聞少年時代の体験に触れている。この句はそれに触発されたものかも知れないが、子供たちが逞しかった昭和の時代感と季節感を活写していると思う。
(迷 21.02.08.)

たっぷりと寒九の水を小豆煮る  大下 明古

たっぷりと寒九の水を小豆煮る  大下 明古

『季のことば』

 今年の1月5日は小寒。この日から寒の入り。1月20日が大寒で、2月3日が寒明け、つまり立春だ。この寒中が1年で最も寒い時期とされる。実際、体感的にも1月の後半から2月上旬の寒さが一番堪える。寒の入りから4日目を「寒四郎」、9日目を「寒九」という。この寒中に汲んだ水は身体に良いといわれ重宝されている。
 「小豆」は秋の季語だが、小正月(1月15日)に小豆の入った粥を食べて邪気を払い健康を願う風習があり「小豆粥」は新年の季語となっている。また、関西では鏡開きを1月15日(もしくは20日)に行い、割った餅を汁粉などで食す。そんなこんなで「寒九」のころに小豆を煮るのは、俳句を嗜む者として至極まっとうな行為である。
 作者は、関東在住者なので鏡開きは11日に済ませているはず。となると、小豆粥の準備のため、ことことと小豆を煮ているのかもしれない。小豆を煮るには水をたっぷり使う。ふと指折り数えてみると、今日は「寒九」ではないか。水道水ではあるが、まさしく「寒九の水」。いい句が浮かぶときは、こんな時に違いない。切れ字「を」は、「ことこと煮ている」時間を表している。
(双 21.02.07.)

目で笑ふ難しきこと冬籠り    池村実千代

目で笑ふ難しきこと冬籠り    池村実千代

『おかめはちもく』

 作者は「自句自解」を寄せて、「いつもマスクをしている日常では「笑顔」という言葉がなくなってしまいそうです。マスクをして笑ってみたけれど、目で笑顔を表現するなんて至難の技ですね。でも楽しいエネルギーを目で表現できるかしらと鏡をのぞいてみました。自粛生活と寒くて外に出たくないある日のひとこまを詠んでみました」と述べている。コロナ禍の冬ごもりの所在無さに、独り鏡に向かって百面相を演じている作者の姿が浮かんできて楽しい。
 ただ、合評会(これまた集まっての句会が中止で「メール合評会」となったのだが)で、「三段切れになっているのが残念」という意見が出た。確かにこの句は、「目で笑ふ」「難しきこと」「冬籠り」と上五、中七に「切れ」が入り、ぶつ切れ状態になっている。句意を読み取る分にはこれでも問題ないのだが、口ずさんでみると、どうもこのぶつ切れが気になる。さらに、「難しきこと」が目で笑うことの難しさなのか、なにか「難しい事」が生じて目で笑ってやり過ごそうとしているのかなどと、読者はあらぬ方向へ思いを走らせたりする。
 俳句はクイズではないのだから、なるべく分かりやすい叙述にした方がいい。ここもあれこれ考えず、単純に語順を変えて、「目で笑ふことの難し冬籠り」で良いのではないか。
(水 21.02.05.)

大雪の中を落ちゆくエレベーター  星川水兎

大雪の中を落ちゆくエレベーター  星川水兎

『合評会から』(日経俳句会)
        
早苗 ガラス張りのエレベーターから外の雪を眺めているのでしょうか。「落ちゆく」という表現から、エレベーターが雪のスピードを追い越して降下する光景が目に浮かびました。
阿猿 最近のオフィスビルにはガラス張りのエレベーターがけっこうある。ガラスの箱に入れられて激しく降る雪の中に放りだされたような不思議な感覚を詠んだものか。空間の切り取り方が大胆。
而云 外の様子が見える透明のエレベーターだろう。「落ちゆく」が巧みだ。
*       *       *
 この句を前に迷うところがあった。作者の位置である。エレベーターに乗っていて落ちてゆくのか、それとも外にいて見ているのか、と…。もし前者で、ショッピングセンターなどの最上階から一階へ急降下というような場合なら、奈落の底に落ちるような、ちょっと怖い感じもする。一方、スキー場など離れた所からホテルのエレベーターを見ているような場合なら、恐怖感は他人事、降り頻る雪の中に佇む現代的、かつ幻想的な風景ということになる。さて、どっちだったのか。
(光 21.02.04.)

それとなく明るき妻や小正月   高石 昌魚

それとなく明るき妻や小正月   高石 昌魚

『この一句』

 「小正月」という季語は、元日からの正月を「大正月」と言うのに対して、十五日頃に
豊作を祈る農家の「予祝行事」を行ってきたことに由来する。農耕文化のなごりである。テレビの俳句番組で人気の夏井いつき先生は、松の内も忙しい女性のために小正月を「女正月」と呼ぶ説を推奨する。
 夏井説の趣旨を酌んで掲載句を読んでみた。小正月を女正月に置き換えると、作者の句意が一層鮮明になる。新年を迎え病弱の妻が明るい表情をみせている。それも「それとなく」である。意図せずに表れる明るい表情は、自然な気持ちの発露であろう。老々介護の作者には、妻の元気な素のままの表情は何よりである。掲句からは、夫妻の思いやりに満ちた細やかな息遣いが聞こえるようだ。
 女正月の季語は女性へのいたわりを象徴する。句会最長老の気持ちを推しはかるのは、恐れ多いことながら、作者の胸の内に添うものと思う。年明けて昌魚先生から「寒中見舞い」のはがきを頂いた。高石家一族にとって令和二年は「大変多難な年」であり、新年挨拶を欠礼した旨が記されていた。
(て 21.02.03.)

御降の白く舞ふ里家五軒     中村 迷哲

御降の白く舞ふ里家五軒     中村 迷哲

『合評会から』(日経俳句会)

方円 絵になりますね。暮らしは大変でしょうが、情景はとても美しい。
三代 景が浮かびます。白が穢れなき年の初めを強調し、家五軒の静けさと響き合っている。
双歩 たった五軒だけになった過疎地の正月。折から雪が降ってきた。舞台装置が幻想的で、悄然とした景色が浮かぶ。
       *       *       * 
 「御降」は正月に降る雨、もしくは雪のこと。「家五軒」は正確に五軒というよりも、それほどの過疎という意味合いだと思うが、具体的にはどこなのだろう。この句を選んだ人はそれぞれが、自分の経験や記憶にある映像を辿って、雪が舞う静かで美しい集落を思い浮かべたようだ。
 筆者は何となく飛騨の白川郷をイメージした。合掌造りの集落に、暮れからずっと降り続けている雪が元日の今日も舞っている、というような景だ。ただ、白川郷は百軒ほどの大きな村だ。あるいは、NHKの「ゆく年くる年」のロケ地の一シーンだろうか。いずれにしても、雪がすべてを浄化してくれるような、「御降」に相応しい舞台である。
(双 21.02.02.)

御降や立往生に蕪鮨       堤 てる夫

御降や立往生に蕪鮨       堤 てる夫

『この一句』

 今年の正月、関東地方はよく晴れたが、上信越・北陸方面は大雪となった。住民は屋根の雪下ろしや道路の除雪に追われ、正月気分に浸るどころではない。鉄道は遅れ・運休が相次ぎ、高速道路では千台近い車が立ち往生した。北国の人たちにとってはとんだ御降である。
掲句は雪で長時間閉じ込められた乗用車やトラックに、地域の人たちが食べ物や飲み物を差し入れている情景を詠む。テレビニュースで見て、雪国の住民の暖かい人情に心を打たれた人も多いと思う。作者はそこに蕪鮨を登場させ、句をさらに印象深いものにしている。
蕪鮨はかぶらの間にぶりの切身を挟み込み、麹で発酵させた馴れ鮨の一種。旧加賀藩領であった石川県や富山県西部の伝統料理で、金沢では正月料理として親しまれている。独特の風味があり、皿に盛られた白色のかぶらと麹は雪景色を思わせる。パンやおにぎりに加え、蕪鮨を差し入れたのは、少しでも正月気分を味わって貰いたいという、もてなしの心であろう。
この句は御降、立往生、蕪鮨の三つの言葉を並べただけで、情景がすぐに浮かんでこないという意見があるかも知れない。しかしそこに雪国という横ぐしを通すと、雪と共に生きる人々の暮らしと人情が鮮やかに立ち上がって来る。
(迷 21.02.01.)

七福神巡り終へての一人鍋    大澤 水牛

七福神巡り終へての一人鍋    大澤 水牛

『季のことば』

 コロナ禍の七福神吟行とあって、感染防止に意を払ったのは当然のこと。七日までの福詣行事が終わったせいか、昼下がりの亀戸七福神はひっそりとしていた。われわれ一行十人のみという社寺も少なくなかった。やや人出があったのはスポーツ振興の香取神社だけ。番外で寄った亀戸天神こそさすがに入試の時節柄、神頼みの人が見られたが。われら吟行一行十人、しずしずと七福神参りを終えた。
いつもの年ならこの後、打ち上げと新年会を兼ねて小宴を張るのだが、今年は感染爆発状況を慮って取り止めに。なんとなく物足りなく感じる人が何人かいたのは仕方ない。
 亀戸は昔から浅利と大根の料理が有名だという。「梅屋敷」の傍には名代の店もあるが、本日休業。このまま帰るのはしのびないと、一人で居酒屋に足を止めたのが作者と推察する。鍋といっても「一人鍋」の措辞にペーソスがただよう。「小鍋立て」という池波正太郎の小説によく出てくる小道具を思い浮かべる。湯豆腐や葱鮪か、鱈や牡蠣か、一人で猪口を手に小鍋をつつきながら、今年の福詣が無事終わったことをしみじみ振り返っている。「鍋」の一文字だけで冬の情緒が匂い立つ。湯気で曇る居酒屋のアクリル板まで見えるような。
(葉 21.01.30.)