初鰹塩田平の藁で焼く      堤 てる夫

初鰹塩田平の藁で焼く      堤 てる夫

『この一句』

 句の作者は現役を引退後、ご夫婦で長野県上田に居を移した。住まいは千曲川の左岸に広がる塩田平の中にあり、茶人好みの家の窓を開ければ、麦畑の向こうに名山・独鈷山が立ちはだかっている。そんな風景の中に住み、好きな俳句をひねり、句会の日は、ご夫婦揃って東京へやってくる。句はその塩田平の藁で焼いた初鰹を詠んでいる。
 この頃は、塩田平にも新鮮な魚介類が到来するようになったという。作者は親しい鮮魚店で初鰹の半身を手に入れると、知り合いの農家に立ち寄り、鰹の半身の半分ほどを進呈。代わりに藁を頂戴して自宅に戻ったそうだ。続いて七輪に火をおこし、半身の半分ほどになった藁焼きの「鰹のたたき」作りに取り掛かったと想像する。
 ご夫婦の句には時々、あるいはしばしば、「塩田平」が登場する。失礼ながら「ああ、またか」と思い、なかなかの句であっても「選」から外すこともないわけではない。しかしこの句は見た途端、「選ぼう」と心に決めた。塩田平の「塩」の一字によって、藁で焼いた鰹のたたきに、絶妙な塩味が生まれて来たからである。
(恂 22.05.12.)

新緑を競ふ野の草山の木々    田中 白山

新緑を競ふ野の草山の木々    田中 白山

『この一句』

 最初読んだ時に「野の草」に引っかかってしまった。果たして「野の草」は「新緑」の範疇に入るのだろうか、という疑問である。
 「新緑」の説明には、ほとんど草のことは出てこず、もっぱら木の話ばかりである。水牛歳時記によれば、「春深まる頃萌え出した木々の芽は初夏になるとすっかり葉の形を整え、爽やかな風にそよぐ、しかしまだ真夏の木立の深い緑色ではなくて、淡い新鮮な緑である」から始まり、もっぱら樹木の話ばかりである。いろいろな歳時記にあたってみたが、「新緑」の説明で、草に言及するものは見当たらない。
 しかし、春の季語には「草若葉」があり、また、秋の季語には「草紅葉」もある。樹木の「若葉」が夏の季語であるのに、「若草」や「草若葉」が春の季語であることに、とても繊細な季節感のずれを感じさせるものがあるが、「草若葉」と「草紅葉」の間に、草の「新緑」があっても少しもおかしくないという気がする。
 この句は「野の草」と「山の木々」が「競ふ」という意匠の面白さと、一句を口にした時の調子の良さが持ち味である。この季節、私たちの目にする「新緑」は、多くの場合、草木渾然となった「緑さす」景色であることを改めて感じさせる句である。「野の草」の「新緑」は、新しい発見と言ってもいいのかもしれない。
(可 22.05.11.)

菜の花を裾野に抱え薩摩富士   流合 水澄

菜の花を裾野に抱え薩摩富士   流合 水澄

『合評会から』(日経俳句会)

朗 「裾野に抱え」がダイナミック。
三代 菜の花と薩摩富士が合う。きれいだなと思いました。
迷哲 日本最西端の駅は指宿枕崎線の西大山駅。ほんとうにこんな風景です。目の前に開聞岳があって裾野に菜の花が広がる。「裾野に抱え」が上手です。
反平 「抱え」がいい。大好きな構えの大きな句でした。
操  菜の花が一面に咲きそろい、雄大な薩摩富士に花を添える。
守  雄大な風景ですね。
          *       *       *
 私にもこの情景を目の当たりにして感激した思い出がある。鹿児島市のさらに南の指宿市のあちこちを経巡った時のことである。開聞岳の麓は菜の花畑に埋め尽くされ、その真ん中に、山頂から山裾へと優美な曲線を描くコニーデ型の薩摩富士がぽっかりと浮かんでいる。極楽とはこういうところなのだろうかと思うような景色である。
 しかし、案内してくれた地元の人の「二十年前、特攻機に乗った若者たちはこの景色を見納めにして、敵艦に突っ込んで行ったのです」という説明に粛然としたことも覚えている。
 それからさらに60年近く経ってしまった。今また、菜の花ではなく向日葵が埋め尽くす沃野を舞台に血腥い戦争が起こっている。この句の描く平和で美しい情景がいつまでも続くように祈るばかりだ。
(水 22.05.10.)

路地遊びチヨコレイトで春はゆく 中沢 豆乳

路地遊びチヨコレイトで春はゆく 中沢 豆乳

『この一句』

 階段などでじゃんけんをして、「ぐー」で勝てば「グリコ」と言いながら3段進む、「ぱー」は「パイナツプル」、「ちょき」は「チヨコレイト」で6段進む。そうやって早く上まで辿りついた人が勝ち、という子供のころによく遊んだゲームだ。路地よりも階段の方が多いが、タイル地などの仕切りがあれば、路地でも遊べる。江崎グリコのホームページによると「じゃんけんグリコ」と言うらしい。江崎グリコは今年、創業100年を迎えたという。少なくともグリコが出現する前は、この遊びは存在しようがないから、ざっと100年近く前からの遊びなのかもしれない。ローカルルールはあるようだが、全国に広まった遊びで、今でも階段を前に子供たちがじゃんけんをして「チヨコレイト」などと言っていると聞く(ただ、何人かはこの遊びを知らないというから、空白地域があるようだ)。
 この句は「チョコレート」ではなく「チヨコレイト」と一字ずつ発音するのがミソで、読者はたちまち、幼い頃に立ち戻ることができる。『「チヨコレイト」がよい雰囲気で、子どもたちの声が響いてきていいなあ』(迷哲)、『「チヨコレイト」で思わず採りました。久しぶりにこんな遊びの言葉を聞いた』(三薬)、『やっぱり「チヨコレイト」です』(愉里)などなど、句会のメンバーも一様に童心に戻り、懐かしくなって一票を投じた。
(双 22.05.09.)

春の宵背伸びして飲むストレート  中村迷哲

春の宵背伸びして飲むストレート  中村迷哲

『合評会から』(番町喜楽会)

青水 「春の宵」、「背伸び」、「ストレート」の取合せが、艶めかしさと、初々しさを感じさせます。ひと昔前のことでしょうが、新入社員の女性がほだされて飲まされたのでしょうか。それをやった本人の句でしょう。
水牛 私の新入社員のころの姿を見られていたのかと思いました。焼酎に色をつけただけの〝シルバーウルフ〟なんていう、いかにも悪酔いしそうな酒を粋がって飲んでいたのを思い出します(笑)。
満智 新入社員が先輩にしぶいホテルのバーにでも連れて行ってもらったところを想像しました。初々しさが伝わります。
          *       *       *
 実にうまいこと詠むものだなあと感心した。ことに「背伸びして飲むストレート」とは、何気なく詠んだように見えるが、なかなかこうは詠めない。「春の宵」だから当然、社会人として第一歩を踏み出した新入社員に違いない。先輩に連れられて行ったバーのカウンターの情景を切り取ったものであろう。あるいは、新入社員数人が気負い込んで酒場に繰り込んだところと取ってもいい。
 先輩の前だとしたら、まさに「背伸び」して大人ぶって、むせそうになるのをこらえてウイスキーを飲み下したのだ。同期の仲間なら、物慣れた格好をつけている。どちらにせよ思い出し笑いがこみ上げて来る。
(水 22.05.08.)

行く春や日本橋川神田川   鈴木 雀九

行く春や日本橋川神田川   鈴木 雀九

『この一句』

 「日本国道路元標」が座っている「日本の橋の総元締」日本橋。この下を流れる川が日本橋川。江戸時代から昭和時代まで、全長わずか5kmのこの川の両岸が全国から集まる物資の流通拠点として大いに賑わった。しかし、今では川の上を高速道路で塞がれ、うらぶれた姿を晒している。この日本橋川はJR水道橋駅近くで神田川から分流した人工河川で、徳川家康・秀忠時代に出来た。
 神田川は三鷹市の井の頭池を発し、両国橋そばで隅田川に流入する全長25kmの川で、江戸の住民に水を供給する役目を担っていた。この水元が現在の都電荒川線早稲田停留所に近い文京区関口にあった石の堰だった。ここで取水した水を掛樋や地下に通した木樋で江戸城はじめ日本橋、京橋、神田一帯の武家屋敷や町家に配水した。この「江戸の水道」は明治17年(1898)に淀橋浄水場が出来て近代的水道が引かれるまで、江戸っ子の暮らしを支えていた。
 というわけで、神田川と日本橋川は江戸から東京に代わっても人々にこよなく愛される川であった。市井俳人・久保田万太郎は「神田川祭の中を流れけり」と詠んだ。賑やかな祭囃子の下を静かにゆるやかに流れる神田川は、東京の下町風情をしみじみ伝えてくれる。
 ここに掲載した句は「行く春」を流れる神田川・日本橋川である。四月は人事異動の季節、新学期の始まる時でもある。昇進、配転、卒業、就職、進学、それぞれが頭に描く絵図は様々。川はそれぞれの語りかけに応じて答えてくれるだろう。
(水 22.05.06.)

パソコンにスリープ機能目借時  嵐田 双歩

パソコンにスリープ機能目借時  嵐田 双歩

『季のことば』

 俳句の季語には現代人には意味不明なものが結構ある。「蛙の目借時(かわずのめかりどき)」もその一つで、水牛歳時記によれば「晩春の眠気を催す季節を言う、俳句独特の言葉である。眠くなるのは蛙が人間の目を借りに来るからなのだという民間伝承による」とされる。蛙の交尾期であるため「妻(め)狩る」あるいは「媾離(めか)り」などの説も紹介されている。九音もあるので、目借時と略して詠まれることが多い。
 掲句はこの馴染みのない季語に、現代の神器のひとつであるパソコンを取り合わせる。その意外性と発想力に驚いた。スリープ機能は省電力設定のひとつで、一定時間操作しないとパソコンが一時休止状態となり、画面が暗くなる。完全に電源を落とすシャットダウンとは異なり、マウスを操作すれば休止前の画面がすぐ現れる便利な機能だ。
 作者はデスクトップ型やノート型、スマホなど複数の機器を使いこなすパソコンの達人。春の一日、作業中のパソコン画面がふっと暗くなったのを見て、「(パソコンも)眠気に勝てず寝落ちした」と感じたのではなかろうか。あるいは作者自身がウトウトして、気が付いたらパソコンもスリープしていたという場面も考えられる。まさに取り合わせの妙で、パソコンが何やら意思を持った存在のように思えてくる。一年ほど前の句会には「春眠のパソコン画面謎の文字」(谷川水馬)という句があった。春の日のパソコン作業には眠気が付き物のようだ。
(迷 22.05.05.)

蜜蜂の出入り忙し古希となる   工藤 静舟

蜜蜂の出入り忙し古希となる   工藤 静舟

『季のことば』

 蜜蜂は春になると実に活発になる。働き蜂はぶんぶん飛び回って、咲き始めた花から花粉や蜜を集めては巣の中に子育て用の食糧を溜め込む。雄蜂は毎日一定時刻になると巣の外に出て数十匹で女王蜂を誘い出し交尾する。交尾を終えた雄はお役御免で次々に死んで行く。何匹かのオスと交尾し精液を溜め込んだ女王は巣に戻り、一日数百個の卵を生み続け、それが次々に孵る。こうして巣穴の中の個体数が一定量を越えると、女王は若い女王と子孫に古巣を譲り、自分は取巻きの働き蜂を引き連れ、新しい巣を作るために集団疎開して行く(分蜂)。
 というわけで、仲春初夏のミツバチは真に忙しい。悪辣な人間どもは蜜蜂のこうした習性を利用して人工的な養蜂箱を作り蜜蜂を飼い、花畑を廻り歩いては蜜蜂に蜜を集めさせる。働き蜂は、集めても集めても、横取りされてしまう。それでもせっせと蜜を集めて来る。
 養蜂家は南から北へまた南へと、春から秋まで花を追いかけて日本各地を移動する。この句の作者は津軽の出身。この一帯も養蜂の盛んなところだ。おそらく子供時代は蜜蜂の飛び交う菜の花畑や果樹園が遊び場だったに違いない。
 この句は蜜蜂の巣への出入りが忙しくなる頃合い、自分は古希を迎えたと言っている。両者何の関係も無い。読者は一読あっけにとられる。しかし、やがて「ああ自分もそうだったな」と思い至る。ぶんぶん、せかせか飛び回って、ふと気がつけば70年たっていたのだ。
(水 22.05.04.)

重さ無く昇り行くなり春の月  高橋ヲブラダ

重さ無く昇り行くなり春の月  高橋ヲブラダ

『合評会から』(日経俳句会)

愉里 上がるとき、下がるとき、月を全部見たことがある。重さは感じるのだけれど「重さ無く」でいただいた。
而云 この句ひじょうに感心しました。ふぁーっと上がってきますよ。誰それが詠んでいるかどうかは知らないが名句と言えます。
昌魚 春の月がゆったりと昇っていく様。「重さなく」は素晴らしい!脱帽です。
阿猿 春の夜空にぼうっと輝いている月のとらえどころのなさを「重さなく」と詠んでいるのが上手いと思った。幽玄の物理学。
雀九 春の月は千々に物を思わなくても済みそうである。その春の月を句に詠みお上手。          
          *       *       *
 月の出を詠んだ古今の句は幾万とあるだろうが、月の重さ軽さをとらえた句があるのかどうかは知らない。たしかに「ふぁーっと」とか「するすると」とか、月は軽々と昇る感覚がある。そう言われてみればその通りという気がする。宇宙の句を好んで作る作者は鋭い感覚の持ち主だ。天文学的に言えば月は天空に昇るのではなく、地球の自転の結果そう見えるだけ。物理的な天体現象を詩歌に高めた句と思う。だからこそ「軽々と」では陳腐。逆に「重さ無く」と素晴らしい修辞を用いた。春の月だから多少は暈のかかった朧月かもしれない。採りそこねた句を後から悔やんでいる。
(葉 22.05.03.)

軽やかな畑の水音桃の花   植村 方円

軽やかな畑の水音桃の花   植村 方円

『この一句』

 この句はたぶん4月初旬に日経俳句会と番町喜楽会合同で開催した「塩山桃源郷吟行」の際に詠まれた句だと思う。私もこの風景を何とか句にしたいとあれこれひねったから、記憶に新しい。
 塩山は盆地の中にある町で、ぐるりを山に囲まれている。東の方には大菩薩峠、南に富士山、西側に南アルプスの峰々が頭に白い雪をかぶって顔をのぞかせている。その裾には低い里山が続き、なだらかな扇状地が広がって、その麓のあちこちから清冽な水が噴き出し、かなり急な流れとなって下り落ちている。それが畑道のあちこちを音を立てて流れる。
  春の小川はさらさら行くよ
  岸のすみれやれんげの花に
  すがたやさしく色うつくしく
  咲けよ咲けよとささやきながら (高野辰之作詞)
 の文部省唱歌とはずいぶん異なり、ここの小川はすごい勢いで流れ下るのだが、やはり仲春4月の陽気で温められ、周囲の菜の花や諸葛菜、たんぽぽ、ホトケノザなどになだめられて、ちっともうるさい感じはせず、軽快な浮き立つ感じである。そして、その上には桃の木が今を盛りと花咲かせ、現代の桃源郷を現出している。
 そうした様子を何のてらいもなくすっと詠んだ。「そうなんだ、難しく考えずに見たまま聞いたままを、こうして素直に詠むべきだった」と教えられた。
(水 22.05.02.)