乱戦の初場所世相写すかに  大澤 水牛

乱戦の初場所世相写すかに  大澤 水牛

『この一句』

 作者は知る人ぞ知る相撲好きである。どんなに好きかは、このブログの「水牛のつぶやき」を読めばすぐわかる。筆者は社員全員が原価計算と品質管理をしているような会社で育ったため、すぐに統計をとりたがるのが悪い癖。昨年一年間に掲載された「つぶやき」は全部で85篇。そのうち相撲に関する記事は18篇。約2割が相撲の記事である。大相撲は一年六場所。従って相撲が開催されている時の率は、その倍の約4割となる。しかも、一場所は十五日だから、場所中はほぼ相撲の記事が占めていると言って良い。それくらい大相撲好きということである。
 記事の内容をよく見ると、この初場所に限らず毎場所乱戦模様である。たとえば昨年の名古屋場所のタイトル。「焦熱地獄の名古屋場所」(7.8)、「案の定めちゃくちゃ場所」(7.10)、「興味は朝乃山の復活だけ」(7.11)、「でたらめ名古屋場所終る」(7.24)。要するに白鵬なき後、常に乱戦なのである。
 この句は相撲の乱戦が世相に似ていると詠んでいるのだが、その本意は、むしろ世相の乱れが深刻であり等閑視できないという思いを句に仕立てたと読める。ウクライナのこと、防衛費のこと、おさまらぬコロナ禍のこと・・・。ご贔屓の朝乃山が今日も勝ったのがせめてもの救いか。
(可 23.01.16.)

物ぐさの虫起きたるや掘炬燵   徳永 木葉

物ぐさの虫起きたるや掘炬燵   徳永 木葉

『合評会から』(日経俳句会)

春陽子 「物ぐさの虫」、新種の発見に一点入れました。
健史 諧謔の味、最高です。
操 掘炬燵の柔らかい温もりは懐かしさも加わり、物ぐさは誰にも。
光迷 自嘲の一句ですかね。それとも連れ合いへの皮肉? いずれにせよ、掘炬燵が何とも羨ましい。
木葉(作者) 建売の自宅に備え付けの掘炬燵があります。当初は物珍しさに喜んで使っていましたが、今は見向きもしませんね。
          *       *       *
 暖房の在り方が大きく変わって来た。かつては火鉢や炬燵だったのが、ストーブや暖炉になり、パネルヒーターやエアコンに。最近は床暖房が重宝されている。熱源も炭や薪、石炭が灯油に、さらにガスや電気へという具合である。作者が住宅を購入したのはいつのことだろうか。30年以上前のことなのだろうか。
 暖房システム談義はともかく「物ぐさの虫」というのは面白い。暖かい炬燵から出るのが嫌になった覚えは誰しも持っているだろう。だが、連れ合いに叱咤されてか、留守番をしているところに宅配便が到着したか、炬燵を離れざるを得なくなった。「あーぁ」という気持ちが伝わって来る。
(光 23.1.15.)

涅槃像横たふ枯野阿蘇五岳    中嶋 阿猿

涅槃像横たふ枯野阿蘇五岳    中嶋 阿猿

『おかめはちもく』

 冬場に枯野となった阿蘇の草千里。目を上げれば中岳をはじめ五岳がくっきりと浮かび、巨大な涅槃像が横たわっているように見える。枯野の広がりと遠景の山々の雄大さを詠んだ、いわゆる構えの大きな句に見える。
 阿蘇五岳はカルデラの中心にそびえる連山で、高岳、中岳、根子岳、烏帽子岳、杵島岳から成る。北側の外輪山から望むと、根子岳を顔にして、残る四岳が胸、腰、足と連なり涅槃像のようだ。地元の人々や観光客にはよく知られており、初夏の水田の水鏡に映った姿や冬の雲海に浮かぶ像の写真が観光案内のページを飾っている。
 枯野の大景を詠んだ句として点を集めると思ったが、意外に伸びなかった。現地に行ったり、写真で見た経験があれば情景が浮かぶが、そうでない人は涅槃像と阿蘇五岳が結びつかなかったのであろう。あるいは涅槃像は寝釈迦や涅槃会とともに春の季語であり、枯野との取り合わせに違和感を持った人もいたのではないか。
そこで涅槃像の印象を弱めるため、阿蘇五岳と入れ替えてはどうだろう。「阿蘇五岳枯野に浮かぶ涅槃像」とか「阿蘇五岳枯野に拝む涅槃像」など考えてみた。枯野が季語として立ち上がって来るのではなかろうか。
(迷 23.01.13.)

鬼柚子の獅子とも見ゆる湯舟かな 谷川 水馬

鬼柚子の獅子とも見ゆる湯舟かな 谷川 水馬

『季のことば』

 柚子湯は冬至の習いで、新年十日過ぎに取り上げるのはちょっと時期を逸した感があるが、気持ちの良い句である。柑橘類は多種多様であって、世界中の人々が好み、さまざまに利用する。果実を食べるもの、汁液をもてはやすもののほか、形の大小や皮質の違いで分かれるだろう。
 みかん、オレンジ、レモンの艶やかな肌に対し、柚子のゴツゴツした肌は異質である。柚子は香辛料、調味料として日本料理に欠かせないものと思える。筆者も柚子好きだ。柚子胡椒は柚子でなくてはならないし、澄まし汁に一片、二片入れればあら不思議、高級料亭の味に変わる。
 というわけで、掲句に惹かれて柚子とは何ぞやと調べてみた。原産地は西域や揚子江流域らしく平安初期に日本に伝わったという。酸っぱいから「柚の酸(ゆのす)→柚子」となったとある。掲句の鬼柚子は獅子柚子ともいい、ザボンの仲間になるらしい。名前の通りゴツゴツとした形状で、鬼とも獅子とも呼ばれるようになったのだろう。
 作者は冬至の晩、この鬼柚子を風呂に浮かべ邪気払いとしたのだ。湯にたっぷり浸かりながらしみじみ鬼柚子を見れば、言われるように獅子頭にも見えることよと思った。冬至の湯舟の穏やかさがうかがえるような句で、読む者がほっこりする一句である。
(葉 23.01.12.)

迎えなき退院の日は冬の雨    石丸 雅弘

迎えなき退院の日は冬の雨    石丸 雅弘

『合評会から』(三四郎句会)

久敬 退院日に迎えが誰もいない心細さをしみじみ感じます。
諭 迎えがないばかりか、冷たい雨が降っている。哀愁を覚えますね。
有弘 老いの侘しさを感じますが、これに耐えなければならない。
賢一 寂しいけれど、これが現実なのかな。
尚弘 そうですね。独り者の寂しさがよく表れている。
進 私も体験しています。この頃は慣れたものですが・・・
桜子 寂しさの中に現代的な感じもあって、好感が持てました。
          *       *       *
 「迎えなき退院の日」は、さまざまな状況が考えられよう。奥さんが勤めに出ているとか、別の用事があるとか。すでに亡くなっている、ということもあるだろう。作者は快晴の予報を信じ、家族に「迎えはいらないよ」と伝えていたのかも知れない。
 タクシーを呼び、我が身を労わりつつ、「よいしょ」などと言いながら、座席に乗り込むと、後は無言のまま。回復の状態を「もう大丈夫だよ、ほらね」と、奥さんに示せないのが、一番、寂しいことなのだろう。
(恂 23.1.11.)

歳時記に付箋の増えて十二月   嵐田 双歩

歳時記に付箋の増えて十二月   嵐田 双歩

『合評会から』(日経俳句会)

雀九 私の歳時記もそうなっていたので、いいところに目をつけたなと。
三薬 俳句作りに頑張って努力したんだ。俳句仲間としてよかったねと・・。
反平 たしかにそうだ、ボクもページの上、横、斜めにいっぱい付いている。うまいこと考えた。
方円 一年を振り返るのに歳時記の付箋をもってきた。なかなかいい振り返り方だなあと思った。
明生 かなり熱心な作者と感心しました。私なんか十二月になっても何も貼っていません。見習わらなければと思いました。
阿猿 一年間、春夏秋冬ていねいに詠み重ねて来た満足感が伝わって来る。
操 春夏秋冬新年それぞれ詠んだ季語に付箋があり、過ぎし一年を実感する。
定利 佳い句が出来たでしょうね。来年の十二月が楽しみ。
          *       *       *
 評者が口々に述べているように、まことにいいところに着目したものだ。句づくりをしていると、歳時記ばかりでなく本や雑誌にすぐに付箋を付けたがる。昔は直接赤鉛筆で傍線を引いたりページの耳を折ったり、栞を挟んだりしたものだが、傍線は見苦しいし、栞は落ちてしまったりする。ところが近頃は着脱自在のシール式付箋があるから、簡単に付けられる。付けると安心して、そのまま忘れてしまうのが常で、年の暮れともなると歳時記は倍に膨らんでしまう。
(水 23.01.10.)

住む前は銀杏落葉にあこがれし  旙山 芳之

住む前は銀杏落葉にあこがれし  旙山 芳之

『この一句』

 銀杏の黄葉ほど見る者の目を楽しませてくれるものはないと常々思っている。近くは神宮絵画館前、愛宕神社石段下、あるいは浜町の明治座通り、遠くは喜多方熊野神社長床、大阪御堂筋など、黄葉の映像がありありと目に浮かぶ銀杏の木や並木道がある。黄葉が終わり冬になると、葉っぱは風に吹かれて落ち葉となる。
 作者は家探しをしている時に、銀杏の葉が飛ぶ景色を見て、「なんて風情のある土地だろう。よしここに住もう」と決めたのではないだろうか。ところがいざ住んでみると、落ち葉の量は半端ではなく、掃いても掃いても片付かない。雨が降った後などは、路面に落ち葉がへばり付いて、剥がすこともままならない。もしかすると、銀杏の実のあの強烈な匂いにも悩まされているのかも知れない。
 この句は「住む前は」という散文的な入り方が、俳句としての軽さにつながり、読み手が思わずクスッと笑ってしまうような効果を出している。すなわち、銀杏の落ち葉に苦労しているのは事実だが、それでもやはり幾分かはその風情を楽しんでいるという雰囲気を匂わせている。決して間違った家選びではなかったと信じたい。
(可 23.01.09.)

写真には写せぬものに隙間風   横井 定利

写真には写せぬものに隙間風   横井 定利

『この一句』

 日経俳句会には、新聞社のカメラマンとして三十年あまりあらゆる事象事物を撮り続けた二人の句友がいる。上の作者ではない句友が以前詠んだ句に「膝ついて肘ついて撮る菫かな 嵐田双歩」というのがある。あくまでシャッターチャンスを追い続けるプロの所作かと感心もした。取材記者ならペンのほかにボイスレコーダーもあるのだが、カメラマンの武器はカメラのみ。そのうえ対象物が常に静止しているわけではない。極寒極暑や嵐の中でもカメラマンたるプロ意識は変わらないはず。それだけにカメラに収められないものなどあるものかという気概を常に持っていそうだ。
 ところが掲句はプロカメラマンにも写せないものがあると言っている。当然と言えば当然のことだが、隙間風は写せないけれどそこにあるのだという真理が句に滲み出ていて、なにやら禅問答臭くもある。なんとも面白い句だ。「カメラマンとしては隙間風をどうやって撮ればいいかと思いますね。破れ障子を写せばいいかとかいろいろ考えました」と選句したもう一人の元新聞社写真部員。「それがどうしたという句ですが、なんとなく可笑しい」「上手いことを言うものだと感心しました。写真には写せないものは無数ですが、『隙間風』で諧謔味を感じます。夫婦仲を暗に詠んだものと推察します」とまで句評が飛躍したのも句の面白さゆえか。この句はプロの職責をあっけらかんと放棄しているところに俳味がある。
(葉 23.01.08.)

つきささる冷えた身体に寒灸   久保 道子

つきささる冷えた身体に寒灸   久保 道子

『季のことば』

 「寒」は二十四節気の小寒(1月6日頃からの15日間)と大寒(1月20日頃からの15日間)を合わせた30日間を言う。いわゆる「厳寒の候」である。
 この寒さを利用して、寒天、高野豆腐、凍蒟蒻(しみこんにゃく)といった保存食品を作る。また、身体を鍛える絶好の機会だと、滝に打たれる寒垢離(かんごり)や寒中水泳、寒稽古などが行われる。そうした激しい運動に耐えられない年寄りや病弱な人は、寒中に殊の外効くと言われる温泉療法(湯治)や、この句のように寒灸(かんやいと)を据えたりする。
 灸は鍼(はり)、指圧などと共に古代中国に生まれた医療法。一時は「迷信」などと蔑まれ押しやられたが、20世紀後半からその効力が見直され、今ではWHO(世界保健機構)のお墨付きまで得て世界中に流行するようになった。
 人体には活力の素となる気血を流す経絡(けいらく)があり、その要所(経穴・つぼ)が361箇所ある。病気になったり具合が悪くなった時に、漢方医師は経穴を触診し、どのような病か判断し、薬を処方する。鍼灸医は経穴に鍼を打ったり灸を据えて刺激を与え、経絡の働きを良くして病を治す。指圧はツボを抑え圧迫刺激によって治す。
 不摂生が祟って私は40代にぎっくり腰になり、整形外科では治らず、指圧、鍼灸に頼った。実によく効いた。しかし、お灸はとても熱い。熱いからこそ効くのだと言われても唸ってしまう。まさに「突き刺さる」感じなのである。作者はそれをまさにツボにはまった感じで詠んでいる。
(水 23.01.06.)

朝もやの海となりけり枯野原   大澤 水牛

朝もやの海となりけり枯野原   大澤 水牛

『この一句』

 作者によれば、2015年10月の尾瀬吟行の光景を思い出して詠んだ句である。筆者もこの吟行に参加したが、数々の吟行の中でも特に思い出に残る二日間であった。
 早朝に新宿のバスターミナルに集合したのだが、まだバスタ新宿は出来ておらず、代々木駅近くの場所だった。関越道を経由して、鳩待峠から尾瀬へ入り、晴天の木道を歩き、至仏山がくっきりと大きく見えたのを覚えている。泊りは東電小屋。夜が更けて宿の灯りをすべて消すと、無数の星が現われ「星が降る」とはこういうことを言うのかと思った。何度もここを訪れているという写真家が、「初めて来てこんな星空に出会ったあなた方はほんとにラッキーだ」と言っていた。
 この句の光景は翌日の朝。前日にはあんなにくっきり見えていた光景が一変し、見渡すかぎり「朝もやの海」となった。湿原が一面に広がり、その中を木道が走っているはずの景色が、すべて濃いもやの下に隠されてしまい、とても幻想的な光景となっていた。
 10月の吟行であれば、冬の季語である「枯野」は合わないのではないかという意見もあったが、そんなことはない。あれから、7年の時間が経過して、あの頃の健脚が衰えてしまった方も居れば、鬼籍に入られた方も何人か居られる。作者の胸中にある、朝もやの海に隠されている光景は、まぎれもなく「枯野原」なのだと思う。
(可 23.01.05.)