藤袴咲いた咲いたよ妻の声    堤 てる夫

藤袴咲いた咲いたよ妻の声    堤 てる夫

『この一句』

 十七文字の俳句。一字の違いが天と地ほど作品の印象にとどまらず、出来具合をも左右するのだと感じたのが掲句である。中七「咲いた咲いたよ」のことである。もし「咲いた咲いたと」となっていたら、「よ」と「と」たった一字の違いながら句の印象と出来具合は大きく変わって来た。「咲いたと」と叙述的な言い回しではなく、話し言葉の「咲いたよ」だから句が生き生きと目と耳に飛び込んで来ると思うのである。作者の妻の声音や姿形まで「よ」の一文字であらわになったといって言い過ぎではない。芭蕉の言であったか、四十八文字すべて切れ字になるということを読んだ記憶がある。この「よ」はまさしく切れ字であり「と」より強く中七を切っており、しかも句にそこはかとない情緒を呼び込んでいる。
 筆者は、結構な庭をもつ信州上田の作者の家も、奥方をもよく知っている。それゆえ、先に述べたように感じるのではないかという疑問もあろうかと思う。それを全部否定はしないが、ことはあくまで一字の違いによる句の完成度である。重ねて言えば、「咲いたと」したら残念ながら新鮮味はなかったろう。印を付けておきながら採らなかったのを悔やんでいる。
(葉 20.09.14.)

閉店の貼紙千切れ秋の雷    向井 ゆり

閉店の貼紙千切れ秋の雷    向井 ゆり

『合評会から』(日経俳句会)

実千代 閉店の寂しさが何倍にもなって伝わってきました。
昌魚 閉店後どれほど経つのでしょうか?貼紙が千切れ、雷とは、寂しいですね。
弥生 「秋の雷」が閉店風景をより印象的にしている。
鷹洋 老舗も生き残れない厳しい現実。雷雨に千切れる、は付き過ぎの感もありますが。
雅史 コロナ禍で苦境に追い込まれた店主の無念さが伝わってきます。
水馬 コロナでつぶれるお店が増えてますね。タイミングが素晴らしい句。
明生 なんとももの哀しいが、それが「現実」なのだと思います。
ヲブラダ ラーメン屋さんの閉店の貼紙に、「リーマンショックも消費増税も乗り切ってきましたが、コロナには負けました」と書いてありました。
       *       *       * 
 「閉店」の二文字にはドラマがあるので、店仕舞いや貼紙の句は時折見かける。店を閉める理由は、リーマンショックなどの景気悪化や後継者不足など様々だ。掲句には何も情報がないが、コロナに起因していることは今や誰もが抱く共通認識だ。水馬さんの言うとおり、投句のタイミングが良かったのだろう。共感票が二桁になった。
 鷹洋さんの言うように雷は付き過ぎではないかと筆者も思ったが、作者によると実際にゲリラ雷雨に遭遇したのだという。フィクションを好まない作者ならではの「秋の雷」だ。
(双 20.09.13.)

夏山の青に染まりて羽ばたきぬ  篠田 義彦

夏山の青に染まりて羽ばたきぬ  篠田 義彦

『この一句』

 「羽ばたく」というからにはある程度大きな鳥だろう。両翼を広げて上下に動かして飛ぶのが「羽ばたく」だから、原義からすれば雀などの小鳥だって羽ばたくのだが、何となく大空を悠然と飛翔する鳥が目に浮かぶ。ことに詩文では雀や四十雀が「羽ばたく」様を殊更うたうことは少ない。
 となると、夏山を背景に羽ばたくというこの鳥は何だろう。峨々たる高山だと鷲や鷹が似つかわしい。緑豊かな里山、そこから少し奥に入った千メートル級の山ではどうか。そこには鷹も鳶も羽ばたき舞うが、私はこの句を見た時に瞬時に白鷺を思い浮かべた。
 里山の一角に営巣し初夏から夏場を通して子育てに励む。大空を舞い、獲物の蛙や小魚のいる所を見つけると降りてやみくもに呑み込んで、巣に戻り吐き出しては雛に与える。夏の鳥として日本人にお馴染みで、夏の季語になっている。真っ青な空に真っ白な翼を大きく羽ばたく姿はとても印象的である。
 「青に染まりて羽ばたきぬ」という軽快なリズムが、若者が世の中に出て大きく羽ばたこうと意気込んでいる姿と二重写しになって、爽快な気分を抱く。コロナ籠もりにうんざりした者に取っては、清涼剤のような句でもある。
(水 20.09.11.)

「みんなの俳句」来訪者が14万人を超えました


 俳句振興NPO法人双牛舎が2008年(平成20年)1月1日に発信開始したブログ「みんなの俳句」への累計来訪者が、9月10日に14万人を越えました。これも一重にご愛読下さる皆様のお蔭と深く感謝いたします。
 このブログはNPO双牛舎参加句会の日経俳句会、番町喜楽会、三四郎句会の会員諸兄姉の作品を中心に、日替わりで一句ずつ取り上げて「みんなの俳句委員会」の幹事8人がコメントを付して掲載しています。
 このブログも徐々に知れ渡って来たのでしょうか、今年に入って来訪者が急に増え始め、5月11日に「13万人を越えました」と御礼メールを差し上げてから4ヵ月で1万人増えました。
 幹事一同、これからも力を尽くしてこのブログを盛り立てて参る所存です。どうぞ引き続きご愛読のほどお願いいたします。
       2020年(令和2年)9月11日 「みんなの俳句」幹事一同

走馬灯戻らぬ過去も廻りけり   加藤 明生

走馬灯戻らぬ過去も廻りけり   加藤 明生

『この一句』

 掲句を選んだ後に少し考えてしまった。「戻らぬ過去?」。過去はもともと戻らないものなのだ。この句に「戻らぬ」は不要ではないだろうか、と。コロナ騒動のため、幹事からのメールを受けたり、返信したりの句会である。句会の幹事に選句の訂正を頼もうかと思ったが、手間を掛けるほどのことではない、と思い直し、そのままにしておいた。
 その夜、布団に横になると自然に「戻らぬ過去」が頭に浮かんで来た。「戻らぬ過去も廻りけり」。理屈抜きに、やはりいいなぁ、と思ってしまう。人や馬や富士山や、さまざまなものが廻っていく。走馬灯は戻らぬ過去を思い出させてくれるものらしい。昔、諦めたこと、挑戦出来なかったこと、嬉しかったこと、恥ずかしかったことも・・・。
 縁日などで走馬灯を見たのは子供の頃のことだ。きれいだけれど、アトムや恐竜が出てきたらもっといいのに、などと思っていた。その頃は過去を振り返るなど絶無と言っていい。「過去は戻らぬ」などと思うのは中年、いや老年になってからではないだろうか。私がこの句を見て、「いいなぁ」と思った理由が次第に明らかになって来た。
(恂 20.09.10.)

原爆忌子との話しに孫も入る   澤井 二堂

原爆忌子との話しに孫も入る   澤井 二堂

『この一句』

 一読どういうことなのかと首を傾げるところもあるが、同じ作者が同時に出した句に「原爆忌なぜなぜなぜと孫の問ふ」があり、二つ合わせると情景がはっきり見えてくる。広島長崎の惨禍から75年、息子を相手に原爆の話や苦しかった戦後の思い出を語っていたら、孫が「なあに」と割り込んで来たのである。
 作者のお年からすると、物心ついた頃にはあの忌まわしい戦争は終わっていたはずだから、無論、原爆投下や敗戦当時の惨状は、この可愛い孫の年頃になって親や周囲の大人から聞かされて知ったのだ。しかし、作者は幼児期に敗戦後の苦しい混乱時代を経験しているから、原爆や空襲を直接体験したかのように脳裡に浸み込ませている。
 息子の戦争に関する知識は主に父親である作者からの伝聞である。ましてや孫にとっては、全く別世界の出来事である。しかし孫にしてみれば、いつも優しいおじいちゃんが少し恐い顔をして、パパに戦争やピカドンの話をしているのが気になって、「なぜ、どうして」ということになったのだ。
 この二つの句を見て、私は少なからずほっとした。まだこうしたしっかりした家庭がちゃんと残っているのを知ったからである。俳句という浮世離れした文芸にうつつを抜かしていられる幸せな日本と日本人を守って行くには、あの酷い戦争の話をこのように子から孫へと伝えていくことが、何より大切だと思う。(水 20.09.09.)

楼蘭の砂中の遺跡夜這星     大下 明古

楼蘭の砂中の遺跡夜這星     大下 明古

『合評会から』(日経俳句会)

睦子 シルクロードの要衝、ガンダーラ文化の遺跡には月や星が自然と結びつきます。
鷹洋 真夏の夜空のロマン。楼蘭の莫高窟をラクダが行く、空に流れ星。
木葉 流れ星に相応しい舞台。砂に埋もれた遺跡が物語を紡ぎムード満点。
迷哲 砂に埋もれ崩れゆく古代遺跡。星の流れに、悠久の時の流れを実感。
冷峰 戦さで桜蘭は滅び西夏が覇者となる。井上靖で西域ものに目覚めた。
操 タクラマカン砂漠に残る楼蘭遺跡、壮大な情景に渡る流れ星。
雅史 砂漠に王国の栄華をしのぶ。 その時、流れ星。 ロマンを感じます。
水馬 まさに悠久という言葉がぴったりのスケールの大きさが良い。
芳之 平山郁夫の「楼蘭遺跡」と言えば月ですが、流れ星が名脇役に。
正市 悠久の流れ星には楼蘭遺跡がふさわしくはないか。
明生 夜空に輝く満天の星、流れ星。壮大な景色を描いた絵を見るような句。
昌魚 遺跡と流れ星との対比が素敵ですね。
而云 夜這星の歴史は人類の歴史でもある。
ゆり 想像ですが、夜這星に一番似合った景色かと。
           *       *       *
 8月の例会で14点という圧倒的人気を博した句。長くなるので、一人一行ずつ選評を紹介させてもらった。得心したのは最後の二人の発言。〝歴史は夜作られる〟ということか。
(双 20.09.08.)

無言館訪ふ人のなく秋の声    高井 百子

無言館訪ふ人のなく秋の声    高井 百子

『合評会から』(日経俳句会)

鷹洋 かつて吟行で訪れた無言館の今日を寂し気に伝えています。無言という雄弁で平和の大切さを訴えている。
睦子 外出自粛を決めている夜、Eテレ・日曜美術館「語り続ける戦没画学生」で作品集を見ました。作品の劣化、作者の思いなどなど。熱帯夜に秋の気配を感じました。
昌魚 無言館には伺ったことがありますので、人が少ないのは寂しいことです。
正市 敗戦忌前後の参拝の列が一巡した、あの打ち放しコンクリートの空間。上田の山から秋の声が聞こえる。
          *       *       *
 令和2年秋の上田・無言館を詠んだ。作者は地元塩田平に住み、訪れる人を案内してこの美術館にもう何十回足を運んだのだろうか。「今年は(コロナ禍で)客足がさらに遠のいて、寂しい限りです」と言う。あの丘の雑木林が秋風にそよぎ、無人の無言館のほとりに佇めば、聞こえて来る「秋の声」はまさに「鬼哭啾々」であろう。
(水 20.09.07.)

雲乱れ赤く染まりし盆の月   高橋ヲブラダ

雲乱れ赤く染まりし盆の月   高橋ヲブラダ

『季のことば』

 「盆の月」とは盂蘭盆会の満月を言うのだが、これは元より旧暦のお盆(旧7月13〜15日)である。しかし旧暦7月15日は毎年日取りが変わってしまう。令和2年は9月2日だった。折柄の台風9号は九州北部をかすめて朝鮮半島へ去ったが、その余波で関東も雲が多く、盆の月は切れ切れに顔をのぞかせる程度であった。この句は8月句会への投句で、当然のことながら、実際の盆の月の出る半月以上も前に作られたものだが、まるで見てきたかのように今年の盆の月を詠んでいるのが面白い。
 今年の夏から初秋の天気は無茶苦茶であった。なんと梅雨が明けたのが8月1日(東京地方)である。その翌日から30℃、35℃を越える酷暑が続いた。それは未だに続いており、9月3日には新潟辺で40℃を越えた。一体、秋の涼風はいつ吹くんだとぼやいていたら、大型の台風9号、10号が熱風とともに押し寄せてきた。
 それに覆い被さるように春先から続く「コロナ禍」である。お腹の具合が良くない首相は遂に任に堪えられず何もかも中途半端で下りてしまった。しかし一億二千万国民は下りようが無い。「これからどうなるの」と不安で霍乱を起こしそうである。お月様もちょっと不吉な赤っぽい色で雲間を見え隠れしている。
(水 20.09.06.)

夜這星恥ずかしさうにすぐに消え 井上庄一郎

夜這星恥ずかしさうにすぐに消え 井上庄一郎

『季のことば』

 「夜這星(よばいぼし)」は流れ星のこと。ほとんどの歳時記では流星の傍題となっている。流れ星がなぜ夜這星なのか。出題した大澤水牛さんによると、夜空の一角に突然現れて、あれよと云う間に落下し消えて行く流れ星は、あたかも恋い焦がれた女の所に深夜忍び込んで行く男のようだ、と昔の人は面白がったのではないかという。ずいぶん昔からある言葉だそうで、清少納言が『枕草子』で触れたり、野村胡堂の『銭形平次捕物帖』にも出てくるほど。「夜這い」は「婚」の字をあて、求愛の意で「呼ばう」から転じた言葉とも言われるが、現代では立派な犯罪だ。
 さて、このユニークな季語を詠むにあたって、「夜這」に引っ張られて作句した人と、「流星」で詠んだ人、その両方にとれる詠み方などが混在した。掲句は明らかに「夜這」の方だ。夜這いが見つかってしまったので、恥ずかしそうに消えた、と夜這星を表現した。少年のような初々しさで、御年93歳の作とは思えないほど若々しい。昭和一桁生まれは、慎み深い方が多いのだろう。
 別の一句。中嶋阿猿さんは「来ぬ人を迎へにゆくや流れ星」と詠んだ。来ないならこちらから迎えに行こう、とこちらは積極的だ。様々なキャリアを積んだ現代女性の作、というイメージが浮かぶが、「流れ星」を選んだのが奥ゆかしいところ。
(双 20.09.04.)