老親に仕送りをして冷し汁    旙山 芳之

老親に仕送りをして冷し汁    旙山 芳之

『季のことば』

 私(筆者)が冷汁(冷や汁)口にした経験はただ一度しかない。四〇年以上も前、ゴルフの取材で宮崎県を訪れた際のこと。他社の記者に「宮崎に来たなら冷汁を飲まなければ」と誘われ、街中の食堂で一杯頂いた。予備知識ゼロのまま一口含んだ時、「えっ、こんな味なの?」と驚いた。炒った魚粉、味噌、すり胡麻などの味や香りが混ざり合い、当然ながら冷えていたのだ。
 暑い盛りだった。私を誘った記者は冷汁が出てくると、どんぶり大の器を両手で包んで冷え具合を確かめ、「これでいい」と頷いていた。冷汁が埼玉県にもあることを後に知ったが、私には東京から大きく隔たった地域の「変わった飲み物」という印象しかない。二度と飲まない、とは言わないが、敢えて口にするほどではない。それが今日までの私の冷し汁感であった。
 ところが不思議。掲句を見た瞬間、冷し汁の味と香りが頭の中に蘇ってきた。もう一度、味わってみたい、という案外な思いも生まれた。宮崎県に秘蔵されてきた媚薬にも似た味わいの威力か、などとも考えた。「老親に仕送りする」という、私には体験のない行動によって、感情が揺すぶられたことにも関係がありそうだ。一種のショック現象かな、とも思っている。
(恂 21.06.03.)

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