啄木の詠みし柳を訪ねゆく    竹居 照芳

啄木の詠みし柳を訪ねゆく    竹居 照芳

『この一句』
 
「ほう、啄木か。『一握の砂(歌集)』だな」などと独り頷き、“石川啄木の詠んだ柳”を示す石碑が岩手のどこかにあるのだろう、と思った。北上川は岩手県内を延々と流れて行く。地図によると源流は八幡平の近くのようで、そこから真南へ、盛岡、花巻、北上、一関市と、流域は二百数十キロにも及んでいる。
 啄木の故郷・渋民村は、ネットで調べると「盛岡市の北に接する玉山村の中心集落」だという。「かにかく渋民村は恋しかり~」の地は村から集落へと変わったらしい。優れた新聞記者であった句の作者は当然、「柳の地」を調べ上げ、北上の川辺を行ったはず。そう気づいた時点で、私の柳の木調べは終えることにした。
 啄木は得意、失意の交錯した青少年時代を送っている。ある時は「神童」と呼ばれ、ある時は落第も体験した。傷ついた心を持つからこその啄木人気でもあった。東大現役学生の“クイズ王”たちが、あっという間にテレビの人気者になるようなこの時代。啄木は現在の若者にとってどのような立場にあるのだろうか。“啄木の柳”のことはいずれ、作者に聞いてみようと思っている。
(恂 21.05.17.)

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