相槌の途切れぬ電話春障子    塩田 命水

相槌の途切れぬ電話春障子    塩田 命水

『この一句』

 最初に読んだ時、この句の作者は男性に違いない、電話をしているのは彼の奥さんに違いない、話している相手も女性に違いない。もっぱら相手の女性が話をし、こちらの奥さんは相槌を打つばかりの長電話。そういう情景を疑わずに読んだ。筆者の頭の中には、間違いなく「女性の長電話」という固定観念があった。が、ふと思った。この感性は、「女性が入ると会議が長くなる」と言ったあの人の感性に近いのではないか?少し怯んだ。
 ところが、句会で高得点を取ったこの句の支持者には女性が多かった。皆さん、おおむね女性が長電話を楽しんでいる様子を思い浮かべ、ユーモラスな句だと評価している。なかには、斗詩子さんのように、ズバリこれは「私のこと」だと喜ぶ人もいる。どうやら「女性の長電話」は女性自身も認める特質らしい。と言うか、言葉は同じでも、語る人の価値観や思いが、それを差別表現にしたり、不快なものにしたりする気がする。筆者の感性は、あの人とは断じて違う、と思いたい。
 季語の「春障子」は、暖かな陽射しの入る居間を感じさせる。そのことが、この句をほのぼのとした佳句に仕立てている。作者は、「長電話だなあ」と思いながらも、「まあ、いつものこと」と微笑んで、奥さんの相槌を聞いているに違いない。
(可 21.02.19.)

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