春曇天俳句弾圧不忘の碑     高井 百子

春曇天俳句弾圧不忘の碑     高井 百子

『この一句』

 長野県上田市の「無言館」庭園に「俳句弾圧不忘の碑」が建てられ、2月25日に除幕式が行われた。碑文の揮毫は20日に98歳で逝った俳人金子兜太。
 挙国一致で戦争に突き進んだ大日本帝国の軍部は「治安維持法」をたてに、特高警察を使って40年(昭和15年)2月、"不穏分子"と目を付けていた京大俳句会の平畑静塔、波止影夫らを検挙。これが新興俳句弾圧の始まりで、以後、「広場」「土上」「俳句生活」など十数団体の44人を検挙、13人が懲役刑を受けた。
 最初に検挙された京大の井上白文地の「反戦思想の現れ」とされた句は「我講義軍靴の音にたたかれり」である。井上は京大西洋哲学科を卒業、立命館大学講師として教壇に立っていた。軍事教練などでしばしば授業に支障を来すようになってきたことをそのまま詠んだのだろう。批判精神はうかがえるものの、これを以て国家に対する反逆姿勢と決めつけるのは狂気の沙汰である。同時期の渡邊白泉の「戦争が廊下の奥に立ってゐた」も同様である。
 兜太は自らも戦場に駆り出され、戦争の悲惨さを身に沁みて知り、一貫して「反戦」を唱え、戦争に道を開く「表現の自由圧迫」に反対し続けた。この句はこうしたことを背景にしている。「春曇天」というごつごつした、春らしくない響きがとてもよく合っている。(水)

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