雲海の陽に溶け朝の霧となる      直井 正

雲海の陽に溶け朝の霧となる      直井 正

『この一句』

 雲海は素晴らしいが、季節や時間を選んで行っても出会えるとは限らない。そのため最近では名所ごとに「本日の可能性は五五%」などとネットで知らせるようになってきた。しかし予報はあくまでも予報だ。車で山の麓に到着し、坂道を登って行っても、雲海はその直前に消えていたりする。
 句の作者の場合はタイミングが合い、(テレビで見た可能性も含めて)雲海の魅力をじっくりと観察されたようだ。なにしろ朝日が昇り始めると、雲海は「溶ける」のだという。想像すれば、見渡す限りの雲海は次第に崩れ、霧となって立ち上り出すのだろう。何と素晴らしい光景ではないか。
 ただしこの句、私の個人的なこだわりかも知れないが、中七・下五の流れが少し滞るように感じられるのだ。「溶け」と「(霧と)なる」という二つの動詞が連続しているためかも知れない。「おかめはちもく」的な蛇足を加えさせて頂きたい。「陽に溶けて雲海朝の霧となる」でどうだろう。(恂)

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