ランドセル重たげに行く春の午後     田村 豊生

ランドセル重たげに行く春の午後     田村 豊生

『この一句』

 小学一年生にとってランドセルは大き過ぎる、という声は余り聞かない。サイズの問題はメーカーも買い手も承知のうえ、当たり前、という認識が出来がっている。コマーシャリズムか、ランドセル文化なのか。六年生まで使うという前提だから、一年生にはもともと大きく作られているのだ。
 衣服も帽子も靴も、子供の成長に合わせ、サイズを選んでいくのに、ランドセルだけは普通、買い替えは行われない。一年生には大き過ぎるし、六年生には小さくなってしまう。それがランドセルというもので、勉学のシンボルであり、子供たちの成長を測るものさしのようでもある。
 四月、一年生、ランドセル。俳句では見飽きるほどの材料だが、小学生はどの月でもランドセルを背負っている。上掲の句は三月のもの憂い下校時間の頃の情景である。通学に慣れた「もうすぐ二年生」が、ランドセルを重たげに背負っていくのだ。珍しい季節感を捉えたものだと思う。(恂)

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