いつになく素直な母や遠花火     嵐田 双歩

いつになく素直な母や遠花火     嵐田 双歩

『合評会から』(番町喜楽会)

斗詩子 母親の介護をされているのでしょう。いつもは邪険にしたりするのに、花火のときは子供心に帰るのか、素直になる。そんな母親の感じがよく出ています。
冷峰 (今句会では)母親の句が、この句と「修羅道に」と二つあって、私は両方とも選びました。こちらの親子は、まだ心が通い合っているのでしょう。ほっとさせられます。
水牛 この句の作者は「修羅道に」の作者と同じじゃないかと思いました。私の母は九十九歳で亡くなりましたが、自宅から横浜・みなとみらいの花火を見て、大変喜んでいたのを思い出します。
              *           *
 この句を見れば当欄前句を思わざるを得ない。作者は異なり、もちろん母親も違う。しかし「修羅道に」の母にこんな平安が訪れたのか、とほっとしてしまうのだ。前句は明らかにドキュメンタリーであった。一方、こちらは虚構が加味されているかも知れない。「遠花火」という季語が、いかにも「素直な母」に相応しく、しみじみとした思いを生むからである。俳句とは何か、とも思う。(恂)

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