夕立の撥ねを屈んで見入りをり     高橋オブラダ

夕立の撥ねを屈んで見入りをり     高橋オブラダ

『この一句』

 この句、雨粒が水たまりに落ちて撥ねる様子を眺めているのは、大人か子供か? 答えはもちろん子供なのだが、現在は大人になっている「かつての子供」が正解なのだろう。昔はこういう情景をよく見掛けたもので、「私も同じことを・・・」と少年時代を思い出し、懐かしむ方もおられるに違いない。
 では、今の子供はどうなのか。昔と今とでは人間社会が大きく変わってきた。道路はアスファルト舗装で、水たまりがない。水の撥ねに興味を持つような子供自体が大幅に減っているはずだ。「絶滅寸前季語辞典」という本があるが、絶滅寸前俳句も存在するはずで、この句が一例と推しておきたい。
 小学校の頃、教室の黒板の上に「科学する心」と大きく書いた紙が貼ってあった。先生は「何でも不思議に思う心が大切」と教えていた。不思議だと思えば、調べる気持が起きてくるのだという。作者はそんな心を持つ人なのだろう。句を見て、見習いたい、とは思うが、思うに任せぬ現実もある。(恂)

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