急峻の真田山城露葎   堤 てる夫

急峻の真田山城露葎   堤 てる夫

『この一句』

 長野県上田市にある砥石城(戸石娍)跡を詠んだ句。よくもまあこんな所に城を築いたものだ。急斜面の森林と草葎、標高七九〇㍍。麓が既に四五〇㍍あるから、それほどの高さを上るわけではないのだが、急に立ち上がっている山だから大変なのだ。樹木や鉄杭に這わせたロープを頼りに頂上近くの胸突き坂を喘ぎつつ上る。ここを毎日行ったり来たりとは、昔の人は強かったんだなあと妙な感想をもらす。
 武田信玄の信濃攻略の先兵だった地元の豪族真田幸綱(幸隆)は、天文20年(1551)北信の村上吉清に奪われていたこの城を苦心の末に奪還した。30年後、幸綱の子昌幸が上田城を作り、本城を真田郷から上田に移してからも出城として使った。昌幸が次男信繁(幸村)と上田城に籠もり、この砥石城も利用して、関ヶ原の戦いに赴く徳川秀忠の大軍を釘付けにした話は有名だ。
 そんな昔話に浸りながら、頂上の本丸跡に腰を下ろして汗をぬぐう。来年のNHK大河ドラマはこの辺が舞台になるという。今はほとんど上る人もいないこの城跡も大賑わいとなり、露葎もたちまち乾いてしまうだろう。(水)

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