新聞にへばりつかれて蓮の骨     横井 定利

新聞にへばりつかれて蓮の骨     横井 定利

『この一句』

 前句に続いて季語「蓮の骨」の登場である。新聞紙が池の中にひらひらと舞い降りてきたのだ。初めは水面に浮き、風で流されたのかも知れないが、ともかく枯れ果てた蓮の茎に居所を得た。「へばりつかれて」という表現によって、枯蓮のいかにも迷惑そうな様子を感じることができよう。
 「枯蓮」という季語が生まれたのは案外新しく、日本大歳時記によると「江戸時代に作例はあったが、明治になって『枯蓮』の題が立てられた」という。その後、「枯蓮」の傍題として「蓮の骨」という季語が誕生。近年の作例を見ると、この奇怪な枝が次第に存在感を表し始めたように思える。
 作者によると「実景の句」だそうである。しかしこの景は、見たことのない人でもすぐに思い浮かべられるだろう。紙は変色していても、岸から少々離れていても、見出しくらいは見えるに違いない。「新聞は何かな」の声が聞こえた。新聞社内の俳句会だけに、そんなことまでが話題になっていた。(恂)

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