黃落や覗いて過ぎる御所の門   今泉 而雲

黃落や覗いて過ぎる御所の門   今泉 而雲

『季のことば』

 「黃落」は落葉樹が黄色くなった葉を落とす様子とその時期を言う晩秋の季語。東京から京都、大阪に至る太平洋ベルトラインの平地では十一月に入ってからが本当の黃落の季節だが、山々は十月に入ると色づき始めるから、俳人は早くもその気分に浸って銀杏散る街の風景を思い浮かべる。
 「黃落という季語にぴったり来るのは何かなと考えてみますと、この『御所』なんか一番ですね。京都の御所のあたり、こういう感じですね」(佳子)というように、この句を見た誰もが真っ先に京都御所周辺を思い浮かべたようだ。
 私はへそ曲がりか、元赤坂の東宮御所付近の景色が浮かんだ。青山通りへ出る道筋には銀杏やハンテンボクが茂り、黃落期は黄金色に染まる。何かと週刊誌ダネになる皇太子妃はどうしてるかな、なんぞと門内をちょっとうかがいながら通り過ぎたという情景。しかし、作者はそんなはしたないことは思わない。やはり京都の御所で、同志社大学のある北側の今出川門あたりを通り過ぎた時の感じを詠んだのだという。「覗いて過ぎる」という仕草を据えたところが、ちょっと忙しないこの時期の感じを実によく現している。(水)

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