枯菊を焚くや残り香果つるまで  水口 弥生

枯菊を焚くや残り香果つるまで  水口 弥生 『合評会から』(日経俳句会) 青水 菊を焚くとは、昔から詠まれている。情緒があってとてもいい。 鷹洋 過ぎゆく季節を菊に託してうまく詠んでいる。香果つるまでと名残惜しさを、きっと自分にも託しているのだろう。心の発露として。 守 もうこんな晩秋の風景、身近には見られないなと思いつつ採りました。 水馬 仏壇か、お墓にあった菊を庭で燃やしているのかなと思いました。故人のことを惜しみながら。 阿猿 枯れても花びらが散りにくい菊が、もとのシルエットを残したまま炎に包まれ、断末魔の香りを放って灰になる。荒涼とした美しさを感じます。 十三妹 過ぎし日の想い出でしょうか。今もなお心に残る痛みを思い切ってすっぱりと焼き尽くそう……。そんな句ではないかと。        *       *       *   「うま過ぎる」一読、そう思った。口調が実に良い。正直、格好良すぎて嫉妬を覚えた。素直に褒められず「いかにも俳句をつくりました、という句」などと貶めるような選評を吐いた。大いに不明を恥じた。作者は令和元年度の日経俳句会賞を受賞したほどの実力者だ。常に繊細で美しいことばを紡いで作品を作っている。上手いはずだ。  みなさんの選評を見るにつけ、句を選ぶときはもっと素直な気持ちにならなくては、嫉妬したならしたと正直に言うべきだ。大いに反省させられた一句。(双 20.12.15.)

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親子三人鍋つつき合ふ十日夜   大澤 水牛

親子三人鍋つつき合ふ十日夜   大澤 水牛 『この一句』 この句の季語は何か。元旦から七日まで、正月の七日間がそれぞれ季語であることは承知している。夜ならば十五夜や十三夜などもある。しかし、「十日夜」という季語はあるのか。それとも鋤焼や寄鍋などが季語なので、それらを引っ括った「鍋」を季語と見ればいいのか。掲句を見て、こう思った人も多かったのではないか。  季語は「十日夜」である。「とおかんや」と読みならわしている。陰暦十月十日の夜に行われる、無事に稲を収穫できたことに感謝する行事で、子供達が太い縄や藁鉄砲で地面を叩いて回ったりする。神棚に餅を供えるところもある。収穫を終えた土地を鎮めるこの催しは、信越・関東地方を中心とするもの。近畿などでは「亥の子」がこれに似たものとされる。令和2年の十日夜は11月24日だった。 「新嘗祭が天皇家のお祭りとすれば、十日夜は庶民の新穀感謝祭とも言えましょう。今やハロウイーンなどという馬鹿騒ぎに浮かれ、日本独自の風習が忘れ去られていることに寂しさを感じて…」というのが作者の言葉。生活の洋風化に伴ってついえた行事も多い。それに、一昔前は、鍋を囲むのは三人ではなく五人とか七人だったろう。 (光 20.12.14.)

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持ってけと呼ばれ手伝ふ大根引き  谷川水馬

持ってけと呼ばれ手伝ふ大根引き  谷川水馬 『この一句』  定年退職した夫婦や、子育て中の若い夫婦が、田舎に移住して農業を始める。最初は、勝手がわからないから、近所のベテラン農夫に教えてもらいに行く。農夫は忙しいから教えるどころじゃない。「大根欲しけりゃ、勝手に持ってけ」。移住した方はただもらう訳にも行かず、おずおずと大根引きを手伝い始める。テレビ番組によくある、そんなシーンを想像した。  ところで、この句は動詞の多い句である。「持ってけ」は「持って」と「行け」の複合動詞。「呼ばれ」に「手伝ふ」。最後の「大根引き」は名詞だが、動詞が転じた名詞。普通、一句に複数の動詞は禁物、と言われる。手元の藤田湘子著『新・実作俳句入門』を開くと、十三ある「実作のポイント」の八番目に「一句一動詞」の項が置かれ、「動詞の少ない俳句は、読んで安定感があり、印象も鮮やか」と動詞の複数使用を戒めている。ところが、大先生はその後に、動詞が多いと「句が軽快になりスピード感が出てくるというメリットがある」とも書いていて抜け目がない。まさに、掲句の良さを説明してくれているようである。畑に来た人と農夫のやりとりが、「軽快」かつ「スピード感」をもって表現され、ユーモラスな句に仕上がっている。  たぶん最初の「持ってけ」が効いているのだろう。「持って行け」ではなく「持ってけ」と掛け声のような命令形の表現にしたことで、一句の臨場感がいっきょに醸し出されたのだと思う。 (可 20.12.13.)

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冬めくや脛カサカサと知らせけり  旙山芳之

冬めくや脛カサカサと知らせけり  旙山芳之 『おかめはちもく』 「実感です。家内がかさかさの脛にクリームを塗っているのを思い出しました」(朗)、「乾燥した皮膚が小声でこっそり教えてくれているかのようにも感じられて面白いです」(早苗)、「冬が近づくと脛の脂っけが抜けて痒くなります。現実感があります」(木葉)、「カサカサという乾いた擬音がいかにも初冬。唇や手先はいち早くケアするが普段目に入らない脛は忘れてしまいがち。ウロコのようになった肌に気づいて慌ててクリームなど塗る。日常のなかに季節を感じる感性」(阿猿)。           *       *       *  合評会では次々に共感の声。初冬に「皮膚のかさつき、かゆみ」を感じる人は多い。それを「冬めく」という季語に取り合わせて詠んだところが高点の所以であろう。  江戸の俳諧にしばしば出てくる「雁瘡」(がんがさ)という季語がある。雁が飛来する初冬にスネをはじめ体のあちこちがむやみに痒くなり、時には赤く発疹したり、湿疹のようになったりする。掻き壊してカサブタができたりする場合もあるが、春になって雁が帰るころになると自然に治ってしまう不思議な皮膚病である。今はそれなりの病名がついているのだろうが、まあ命にかかわるようなものではないからあまり問題にされていない。この句もそんな軽いところをうまく詠んでいる。ただ、切れ字の「や」と「けり」が二つあるのが気になる。ちょっと説明調になるが、「冬めくを」としたほうがいいかなと思う。 (水 20…

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すさまじや骨組み残る芝居小屋  野田 冷峰

すさまじや骨組み残る芝居小屋  野田 冷峰 『季のことば』  芝居小屋といえば、筆者は一九六〇年代末の新宿花園神社の「紅テント」を想起する。唐十郎率いる一座のアングラ芝居は全共闘世代の若者に支持され、また社会に爪はじきにされた。同時代の寺山修司の「天井桟敷」劇も思い出す。 今や老境の作者のノスタルジーだろうか。この句の芝居小屋とはなにか。新型コロナ禍の現在、野外の芝居小屋がどこかにあるのか無いのかは知らない。ともあれ骨組みだけの芝居小屋がそこにある。やはりコロナ禍が演劇活動を止めてしまい、予定されていた公演を断念したのかもしれない。  「冷まじ」という季語。今年はことにネガティブな感懐を抱かせる。江戸俳諧時代からの「冷まじ」は秋の涼しさを通り越して寒いという、「秋深し」の類題の意味合いがあり続けたようだ。が、現代では心象的かつ事物的なものに移りつつあるのではないか、というような解釈も合評会で披露された。筆者もそれに納得する。 骨組みだけが取り残された芝居小屋は晩秋のうすら寒さを通り越して、まるで冬の寒さを感じる。それとともに、今年の演劇・興行界の苦悩を暗示していて、まさに「すさまじや」にふさわしい光景だと思う。こうした受け取り方がこの句の本意とは離れているのか、正直いまだに分からない。 (葉 20.12.10.)

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老化です初冬一撃整形医     大平 睦子

老化です初冬一撃整形医     大平 睦子 『この一句』 70代にさしかかると、体のあちこちに不具合が生じる。何か大きな病気ではないかと思って病院に行くと、医師に「まあ老化現象ですね」と言われ、薬を処方されて終わるのが大半だ。掲句は老人なら誰もが経験する出来事を、ユーモアたっぷりに詠んでいる。 ぶつ切りの言葉を並べただけに見えるが、語順が卓抜だ。最初に「老化です」と読ませて何だろうと疑問を抱かせ、「初冬一撃」でヒントを提示し、「整形医」の下五で一気に解き明かす。クイズ問題のような面白みがある。 初冬の季語もピタリはまっている。冷え込んできて、急に腰か肩に痛みを覚えた。慌てて整形外科に駆け込むと、思いがけず「老化です」の診断。「一撃」は体を襲った痛みと、老化を指摘された衝撃の両方を表す措辞ではなかろうか。高齢者の多い句会(日経俳句会)では、「老化と言われ医者と喧嘩したことがある」(鷹洋)など、同様の経験をした人が何人もいて、高点を得た。 作者は長年勤めた会社を、昨夏に60代半ばでリタイアした。見た目も若く、老人(前期高齢者)入りの自覚はなかったであろう。「初冬一撃」からは、無神経な医師の言葉にショックを受けた心情がくっきりと透けて見える。 (迷 20.12.09.)

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後ろ手に障子しめたる紋次郎   星川 水兎

後ろ手に障子しめたる紋次郎   星川 水兎 『この一句』  紋次郎はもちろん「木枯し紋次郎」。笹沢左保原作・股旅物の主人公である。「あっしには関りのねぇことで」と言いながら、善き人々を助け、風の如く立ち去って行く。句の場面は、危機の迫る屋敷の一室に忍び込んだところか。「シーッ」と口の前に指を立て、後ろ手に障子を閉めながら家族に事情を知らせ、さてそれからの展開は・・・  「熊坂が長刀(なぎなた)にちる蛍哉」(一茶)。牛若丸に討たれてしまう大盗賊・熊坂長範の暴れ振りを詠んでいる。時代物・ドラマ仕立ての句はなかなか面白い。しかし出過ぎれば「またか」と白けて来る。一つの句会で数か月に一度ほどの出会いなら、まあいいか、と思うが、「たまには」のタイミングが難しいところである。  掲句は、本年初見くらいの新鮮さが私にはあって、“外連(けれん)”のドラマをいろいろ想像し、大いに楽しめた。中村敦夫演ずる紋次郎はこの後、旅笠を被り、道中合羽をはおり、楊枝を咥えて、どこへ去って行くのだろうか。そして上条恒彦の歌う「誰かが風の中に」が、どこからともなく聞こえてくるのである。 (恂 20.12.08.)

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泥水に数多の命池普請      水口 弥生

泥水に数多の命池普請      水口 弥生 『合評会から』(日経俳句会) 青水 池というと鯉とか亀とか使いたがるが、作者はもろもろの命という言葉でまとめた。これは良い選択だ。 朗 自宅の近くで宅地化で池を埋めていったとき、酸欠で鯉が口をパクパクしていたのを思い出した。 博明 水清きところに魚住まぬ、とは本当なんですね。     *       *       * 今や日本第二の都市として、380万人もがひしめきビルや住宅だらけのヨコハマだが、昭和30年初頭あたりは横浜駅から歩いて行ける所に畑や田圃が広がり、あちこちに小川や灌漑用の池があった。秋もふけると川浚い、池浚いが行われ、子どもたちはそれを「掻い掘り」と言って、大はしゃぎしながら手伝い、鯉や鮒、鰻、鯰、泥鰌、亀、エビガニ、モクゾウガニなどを採った。 池にはそうしためぼしい魚だけではなく水生昆虫もたくさんいる。アメンボやミズスマシ、実際には何の悪さもしないが見るからに恐ろしげな形のタガメなどもいた。タニシや小さな巻貝もいた。近くの土手や木の上にはいつのまにか白鷺やアオサギが来ており、カイボリが一段落して大人も子供も丘に上がると、すわと降り立ち隠れた獲物を漁る。こうして子どもたちは生きとし生けるものの生態を目の当たりにして、自然界の動きを理解するのだった。 (水 20.12.07.)

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冬日和書棚に眠る資本論     久保田 操

冬日和書棚に眠る資本論     久保田 操 『この一句』  『資本論』は不思議な本である。書名を知らない人、著者の名前を知らない人はほとんどいない高名な本なのに、完読したという人はほとんどいない。もちろん広い世の中を探せば、完読どころか再読した人も多くいるに違いないが、少なくとも筆者の周りに完読した人は一人もいない。この『資本論』も読まれずに眠っている気がする。  この句で「書棚に眠る」のは、『漱石全集』でも、『失われた時を求めて』でもなく、『資本論』でなければならなかったのだろう。そこに何らかの寓意があるのだろうと想像する。しかし、それが何かはこの句からは読みとれない。ここからは読み手の勝手な妄想である。  1989年、ベルリンの壁が崩壊したころ、『歴史の終わり』という本が現れ結構読まれた。当時、この本を読んで「こんな事を断言していいのかな?」と疑問に思ったのを覚えている。その後の世界は、仮に〈歴史の終わり〉を認めるとしても、もうひとつの〈もっと激しい歴史の始まり〉を目にすることになる。最近は『資本主義の終焉』みたいな本もあるが、あまり信用しないで読んでいる。 一国の宰相が携帯料金値下げに熱心だったり、あそこの情報機器はヤバイから買うなと国家が規制したり、最近の資本主義は国家資本主義の様相を呈して来ていて、〈終焉〉どころか変態して生き延びて行きそうだ。「書棚に眠る資本論」は、「ちゃんと俺を読め!」と言っている気もするが、たぶん読まないだろうな。(可 20.12.06.)

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池普請妖怪話の二つ三つ    髙橋ヲブラダ

池普請妖怪話の二つ三つ    髙橋ヲブラダ 『この一句』  川や池や沼の水底には何かが潜んでいる感じがする。そこを浚えばきっと得体の知れないものが現れるに違いないと恐れを抱く。それにまつわる怪談の二つや三つ出て来ても不思議ではない。池普請・川普請にはそんな気分がある。  「置行堀」(おいてけぼり)という妖怪伝説がある。江戸時代の怪談「本所七不思議」の一つで、墨田区本所の錦糸堀の話である。よく釣れると評判の堀川に釣糸を垂れて魚籃を一杯にして帰ろうとした夕暮れ、「置いてけー、置いてけー」とくぐもった声がする。恐ろしくなった釣人は魚籃の魚を掘割に放し、ほうほうの体で帰った。それをせせら笑った豪胆な奴が、何ほどの事やあらんと魚籃一杯の魚を背負って帰ったところ、発熱昏倒、目が覚めたら魚籃は空になっていた。  江東区、墨田区は元禄時代(1688─1704)に広がった大江戸の新興住宅地で、隅田川の氾濫原と東京湾岸の潮入りの低湿地を埋め立てつつ、人の住める土地を作っていった場所である。縦横に掘割が通され、堀を浚った土が積み上げられた場所に住宅が建てられた。セメントが無い時代だから、要所の船着場は石を積んだ河岸を作ってあるが、大半は自然傾斜の土手である。土留の杭や柳などが植えられているが大方は葦の茂った掘割。狸や狐、イタチが跋扈し、時には河童だって現れたに違いない。魑魅魍魎と人間が交錯する場所であり、池普請はその思いを新たにする機会であった。 (水 20.12.04.)

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