小春日や銀座稲荷にいなり寿司  星川 水兎

小春日や銀座稲荷にいなり寿司  星川 水兎 『季のことば』  「銀座稲荷」とは? 聞いたような、聞いたことがないような・・・。東京・銀座のどこかで見た気もするが、その名が「銀座稲荷」であったかどうか、はなはだ自信がない。このような場合、辞書や百科事典の類は頼りにならず、何はさて置きパソコンのネットを開く。出て来た何項目かの一つを読んで驚いた。「稲荷神社」を名乗るものが銀座には九つはあるという。  しかもこの小さな神社は会社や商店のビル内や屋上にも鎮座し、「その数は不明」「数え切れない」などの記述もあった。稲荷神とはそもそも稲を象徴する農耕神。「稲荷大明神」「お稲荷様」などと呼ばれ、「食物の神」「狐の神」のほか「油揚げ」「稲荷寿司」なども意味する。京都の伏見稲荷大社を総本宮とするが、屋敷神、企業の守り神として全国に散在している。  小春日の一日。作者は仕事ついでの銀ブラ中、ビルの傍らの小さな銀座稲荷を見つけたのだろう。「おや」と立ち止り、手を合わせた時、小皿の上に置かれた稲荷寿司が目に入ったのだ。「お稲荷さんにお稲荷さんを」。供えた人に洒落というほどの気持ちはなく、稲荷寿司を買えば何時も、銀座稲荷へ一つ供えているのかも知れない。季語の小春日に相応しい情景である。 (恂 20.12.27.)

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一村の墓所を抱きて山眠る    今泉 而云

一村の墓所を抱きて山眠る    今泉 而云 『季のことば』  「山眠る」は「山笑ふ」「山装ふ」と並ぶ大きな季語だ。古今詠まれた句の数もおびただしいし、それゆえ類句も数えきれない。山肌に集落の墓どころを抱いている風景は昔からお馴染みでもある。おおよそ墓石の群れは日当たりよい南を向いており、集落を見下ろしている。住人は常に先祖に見守られていると思っているのだろう。奥多摩の村や山梨大月の中央道沿いなどでもしばしば見ることができる。山の木々が葉を落として見通しがよくなったころ、墓石群は以前よりはっきりと姿を現す。  この句は、先祖累代の墓々が盛夏の生命力あふれる様相から、「山眠る」の優し気な、また一面寂しげな様相に変わった山間の光景を活写している。「一村」とは言っているが、以前の村ではないだろう。子どものいる青壮年の一家はもはやいないのかもしれない。筆者は、村の人口が激減してしまった老人ばかりの限界集落と見た。だから昔の生活のにおいがする山裾の集落とは違う今現在の句であると受け取った。類句が沢山あるような気がすると言う出席者もおり、作者自身も当日の最高点の栄誉を受けながらこんなに点が入るとは思わなかったと述べた。がしかし、イメージを今に移せば感懐深い当世の句となると思うのである。 (葉 20.12.25.)

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手をあはす御仏の足冬の蠅   玉田 春陽子

手をあはす御仏の足冬の蠅   玉田 春陽子 『この一句』  合評会で、「手をあはす」のは誰か、が議論になった。「蠅が前足をこすり合わせるのが、御仏が手を合わせているように見えるという意味でしょうか」(満智)と、比喩の表現ととる解釈があった。また、御仏そのものが手を合わしているのだと、合掌する仏像をイメージする人もいた。仏像の手のかたちは、施無畏印や来迎印など印を結ぶものが多く、合掌している像は案外少ないのだが、勢至菩薩像や童子像など合掌されている像もたしかにある。  筆者はこの句を読んですぐに奈良の長谷寺の十一面観世音立像を想起し、参拝者である作者が手を合わしていると解釈した。この観音さまは三丈三尺六寸(約十メートル)の巨大な像で、特別拝観の期間には堂内の観音さまのすぐ近くまで入ることが出来る。入ってみると、目の前にあるのはまさに「御仏の足」で、そこで合掌するとまさに足に向かって拝むかたちになる。堂内はとても荘厳な雰囲気で、見上げればはるか遠くに観音さまのお顔がある。  作者によれば、手を合わせているのはやはり作者ご自身だが、手を合わせている対象は地蔵菩薩だったとのこと。「冬の蠅」のとまっている場所としては、暗い堂内の観音さまの足元よりも、日当たりの良い地蔵さまの足元の方が相応しいだろう。「地蔵の足」ではなく、「御仏の足」と詠んだことがこの句を豊かなものにしている。小さく、か弱い生き物が、「御仏の足」に安心してやすらぐ様子が見える。 (可 20.12.24.)

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川底に色よき朽葉山眠る     金田 青水

川底に色よき朽葉山眠る     金田 青水 『合評会から』(番町喜楽会) 水牛 綺麗な谷川の清澄な気分が感じられます。初冬の良く晴れた午後の感じがする、おとなしくていい句です。 木葉 奥入瀬かどこかの渓流で、真っ赤な落ち葉が澄んだ水の底にある光景を思い浮かべます。 冷峰 川底の「朽葉」に哀愁を感じます。枯葉ではなく「朽葉」としたところがいいですね。 二堂 綺麗な山の静けさがよく出ています。            *       *       *  「山眠る」は、俳句を詠む人なら一度は使ってみたい魅力的な季語である。中国宋時代の詩からとられているが、春夏秋に対応した笑ふ、滴る、粧ふの表現がやや技巧的であるのに対し、山眠るは不自然さがない。木々が葉を散り尽くし、ひっそりと静まり返った山は、確かに眠っているように見える。雪にでも覆われていれば、いっそう静寂感が深まる。  掲句はその山を描写するのに川を持ってきている。まずその着想に魅かれた。秋の山を華やかに装った赤や黄の葉は散り落ち、川底を埋めている。「色よき」の表現で、水中の葉がなお秋の名残をとどめていることを印象づける。雪が降り、山が眠りを深めれば、色よき葉も文字通りの朽葉となって行く。山容の移り変わりに色の変化を重ねることで、眠る山の寂寥感をさらに深めている。 (迷 20.12.23.)

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莢枯れて大豆は甘し北颪     高井 百子

莢枯れて大豆は甘し北颪     高井 百子 『合評会から』 光迷 場所はどこでしょうか?「北颪」だから、丹沢でしょうか、上州でしょうか?畑仕事のことがよく分かっている人の上手な句ですね。 可升 こういう句は作ろうと思っても作れません。大豆の事、北颪の事を本当に知らないと作れない句です。俳句としても、とても調べが良い句です。 水馬(メール選評) 昔、生家で作っていた大豆の収穫を思い出しました。写生がきいていると思いました。 *       *       *  大豆日本一の産地十勝の生まれの筆者だから、この句境は我が意を得たりである。葉や茎がカラカラに枯れて、もうだめになったんじゃないかと思うくらいになった後に、大豆の収穫が始まる。夏の青い枝豆が黄色く弾け出し、それが美味い豆腐や湯葉に変身するのだ。 「北颪」が吹く頃のあの風景を知るのは、上州生まれ信州在住の作者ならではと思う。たしかに大豆という作物のありようを身近に知る人が作った一句とうかがわせて疑念をはさまない。大豆のほんのかすかな甘みは豆乳にあり、作者は日々愛飲しているのかもと想像するのである。 (葉 20.12.22.)

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眠る山五百羅漢をふところに   田中 白山

眠る山五百羅漢をふところに   田中 白山 『この一句』  まず、冬晴れの下の静かな山の姿が瞼に浮かんだ。稜線を下ってズームインして行くと、森の中から五百羅漢が姿を現した。寺領である。それにしても「五百羅漢をふところに」というのは、いい措辞であり、いい取り合わせである。「ふところ」というひらがな表記もいい。「懐」という漢字よりは柔らかく、ふくらみもあるから。  「山眠る」という季語は、北宋の画家、郭煕の「冬山惨淡として眠るが如し」から生まれたもの。その前に「春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠として滴るが如く、秋山明浄にして粧うが如く」という一節がある。四季それぞれの山の姿を「笑う」「粧う」などと表現する捉え方に、自然と人間の共生に通じるものが感じられる。 ところで、句の作者はどこにいるのか。五百羅漢に会えるのは、東京都内ならば目黒の羅漢寺、近郊となれば川越の喜多院や小田原の玉宝寺などである。京都には伊藤若冲の下絵を元にした石像があると聞くが…。小春日和に、怒ったり笑ったり、立ち、座り、また寝転んだりという様々な表情、仕草の羅漢を想像すると、心が温かくなる。 (光 20.12.21.)

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山茶花や路地の出口の道標    塩田 命水

山茶花や路地の出口の道標    塩田 命水 『おかめはちもく』  我が家の所在地は東京都区内とはいえ、その昔は農村地域であった。地主(農家)が農道の両側の農地を宅地として売り始めたのは昭和の初期のこと。やがて農道沿いに家が次々に建ち並び、宅地は年を追って道の奥へ、奥へと広がって行く。細い私道が新たな宅地の中へ、そして左右へと、まるで迷路のように伸びて行った。  子供の頃、その辺りの一角に入り込み、家へ戻る道を見失ったことがあった。句を見て、すぐに路地の情景が浮かんで来た。迷ったのは何処だったか。そうだ、あの辺りだ、と見当がついた。小春の一日、散歩もかねて思い出の場所に行ってみてびっくり。けっこう立派なマンションが、どんと建っていたのであった。  帰りがけにハッと気づいた。「路地の出口の道標」とは? 私は路地内で迷った人への道しるべと思い込んでいたが、解釈を誤っていたかも知れない。「山茶花がいま盛りですよ。ご遠慮なく~」という路地の中への親切な誘いとも思えてきた。即ち「路地に出口の道標」か、「路地の出口に道標」なのか。どちらでもOKと思うのだが。 (恂 20.12.20.)

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南瓜煮る阿房列車の過ぎてゆく  星川 水兎

南瓜煮る阿房列車の過ぎてゆく  星川 水兎 『この一句』  俳句を鑑賞するなかで取り合わせの妙というのものがある。へぇー、この季語にこれを小道具に持ってきたかという驚き。うまくはまれば二つの物がぶつかり合い(二物衝撃)、1+1がそれ以上の効果を生むといわれる。 逆にひとつの対象物を詠むのが「一物仕立て」。ある一点に絞ってそのぐるりを表現すれば、焦点がはっきりしているだけに明快な句になる。二物衝撃はと言えば、はまらなければただの難解句となってしまいそう。それでも、なかには空想を刺激し読者を夢幻の世界へいざなうこともある。  上掲の句。南瓜を煮ている作者にとって「阿房列車の過ぎてゆく」とはどういうことなのか。作者に聞いてしまえば、南瓜を煮ながら内田百閒の『阿房列車』を読み進めていただけという。しかしそれを知らぬ読者は「南瓜」と「阿房列車」の関係を知りたくなり、句に吸引力が生まれる。筆者は好奇心にかられてこの句を採った。 同じ句会に「始祖鳥の夢切れ切れに夜寒かな」という句もあった。これについては当欄の11月15日付けで論じられているが、採った人の弁は「ちんぷんかんぷんだが、夜寒に始祖鳥がなんとなく合っていて面白い」というものだった。二物衝撃、難しいようで易しく、易しいようで難しい。 (葉 20.12.18.)

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葱鮪鍋飲まぬ老夫が喰ふばかり  藤野十三妹

葱鮪鍋飲まぬ老夫が喰ふばかり  藤野十三妹 『合評会から』(酔吟会) てる夫 奥さんが食うばかりではなくて、ご主人が食うばかりというのが面白いと思って頂きました。 而云 「喰ふばかり」という措辞はあまり感心しないけど、面白いので頂きました。だいたい、飲まない夫はよく食べます。 双歩 山口斗詩子さんのところのご夫婦を想像しました。 *       *       *  而云さんの言うように飲まない夫は肴をばくばく食べる。それを双歩さんは、故山口詩朗さんを思い浮かべながら昔語りした。この辺りは酔吟会の常連でないとよく分からない楽屋話みたいなものだから、こうしたオープンなブログにはふさわしくないやり取りかもしれないが、臨場感があるのであえて載せた。  亭主はほとんど飲めず、連れ合いが行ける口という夫婦がよくある。さばけた亭主は盃のやり取りはカミサンに任せて、自分はもっぱら喰いながら酔っ払いの他愛もない話を聞いて楽しんでいる。  作者は男をしのぐ酒呑童女である。合評会に上がった斗詩子さんも酒豪。ごテイシュはいずれもよく出来た御仁。パクパク食べてはふむふむとうなずいている。ただ、この句は「老夫が」ではなく、「老夫は」とした方が良いのではないかと思うのだが、そんな細かいことを気に留めるような作者ではないと、後から気がついた。(水 20.12.17.)

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地球儀の太平洋に冬の蝿     廣田 可升

地球儀の太平洋に冬の蝿     廣田 可升 『この一句』  句を見た瞬間、これはいい、と思った。しかしなぜ気に入ったのか、後で改めて考えてみたが、どうもはっきりしない。絶対に選ぼう、と決めた時の気持ちを思い返してみた。蠅の止まった場所が地球儀の太平洋、というのがユーモラスで面白かったのだろうか。おおらかで、いかにも蠅が止まっていそうな場所だと感じたような気もする。  句の場所は書斎か居間と思われる。冬の日が窓から射し込み、地球儀に当たっている。作者によれば地球儀に蠅が止まっているのを見たことがあるが、その個所ははっきりしないという。「ハワイはどうか」という意見が出た。「拵えごと」という厳しい評もあった。しかし「太平洋」が気に入ってしまった私の気持ちは動かし難い。  なぜ太平洋なのか。なぜ気に入ったのか。真剣に考えても、その理由をはっきりと説明することが出来ない。たったの十七音の短詩だが、各作品の奥にはそれぞれに異なる宇宙が広がっている。句を選んだ理由も、句への思い込みも、選んだ人それぞれに異なるらしい。世界最短の詩・俳句の本領はその辺りにあるのではないだろうか。 (恂 20.12.16.)

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