立冬や青菜の畝の薄明かり    須藤 光迷

立冬や青菜の畝の薄明かり    須藤 光迷 『この一句』  合評会では古めかしい俳句だとの声が出た。なるほど「青菜」「畝」「薄明かり」に新しさはなく、江戸期の俳句以来さんざん詠まれてきた句材だろう。それだから現代俳句では新しい言葉を使って、新奇性を出そうとする試みがなされている。「スマホ」「ママチチャリ」「レジ袋」「シングルマザー」などなど、元の語を縮めた新語は枚挙にいとまがない。もちろん悪くはない。“正統日本語”から言えば、どうかという言葉も多いがこれらの意味は誰もが理解し市民権を得ている。ただ筆者の偏見を言ってしまえば、ママチャリなどは自ら句に使いたくない言葉である。チャリンコの語源を知れば句の品格が薄れると思うのだが。  掲句は「立冬」の季語によく合っていると思い一票を入れた。冬野菜のまだ十分に伸びきっていない早暁の光景だろう。青菜畑が薄明かりを浴びている。光を放っているのは畝だけでなく小さな青菜自身もだ。青菜の健気さえ見える。冬に入った証しに相応しい句であり、何より古めかしくても新語に頼らない俳句は当然捨てられない。 (葉 19.11.08.)

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立冬やカレー日和の神保町    野田 冷峰

立冬やカレー日和の神保町    野田 冷峰 『この一句』  合評会の席上「カレーは夏が似合うのじゃないかな」という感想が出た。なるほどそんな気もする。コマーシャルの影響だろうか、夏バテにはカレーが合いそうだ。ネット上にカレーの句を集めている奇特なブログがあったので興味本位で調べてみた。全部で六十句近くあるうち夏が四割を占める。ただし秋と冬を合わせれば五割以上になり夏をしのぐ勢いである。春が少ないのは意外だが、国民食カレーはどの季節にも詠まれているようだ。  句会の行われた日は恒例の「神田古本まつり」の最終日。作者は神保町の岩波ホールで映画を観たあと、近くのカレー店ボンディで食事をしたらしい。評判の店でなんと一時間半も待ったという。「こんなカラッと晴れた爽やかな日がカレーの一番美味しい日」だと断言する作者にとって、立冬の「カレー日和」はゆるぎない。  古本市、岩波ホール、カレー、そして最後は句会。なんとも趣味の良い、幸福な作者の一日を思い浮かべ、あらためてこの句に共感した。いつか真似してみよう。一時間半待つ自信はないけれど。 (可 19.11.07.)

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稲妻に首刈られしか地蔵尊    今泉 而云

稲妻に首刈られしか地蔵尊    今泉 而云 『この一句』  以前、句友何人かが集まって数年がかりで「逆回り奥の細道吟行」をやったことがある。「奥の細道」大団円の大垣をスタート地点とし、深川をゴールとする“へそ曲がり奥の細道”である。その何回目だかに白河関を訪れた折、昼なお暗い山林にこの句のような石の仏さんを沢山見て、一瞬得も言われぬ悽愴の念を抱いた。芭蕉の頃は大切に祀られていたであろう観音菩薩、地蔵菩薩などが、木々や雑草の生い茂る山中に、腕がもげたり首が落ちたりした姿でほったらかしになっていた。白河関跡からさほど離れてはいないのだが、観光ルートから外れて訪れる人も稀になり、地元もついついそのままに、といったところらしい。  風雪に曝され、痛めつけられた石像は寂しい感じがすると同時に、凄みがある。この句の地蔵さんは何処のものか分からないが、やはりそうした雰囲気がうかがえる。  稲妻がぱっと光った一瞬、作者は首無し地蔵を見たのだ。有るべき筈の首が無い地蔵が、闇中の閃光に浮かんだ。その驚きを、「稲妻に首を刈られてしまったのか」と詠んだのである。舞台効果満点の句である。 (水 19.11.06.)

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薄目開け犬のまた寝て今朝の冬  嵐田 双歩

薄目開け犬のまた寝て今朝の冬  嵐田 双歩 『おかめはちもく』  初冬の朝、庭先で丸くなっている犬の様子を詠む。日差しを感じたのか、小鳥の声を聞いたのか、薄目を開けて様子をうかがい、また目を閉じて眠りに入ってしまった。外界に敏感な子犬ではなく、多少のことに動じない老犬のイメージが湧いてくる。 誰もが見たことのありそうな光景だが、それを上手に句に仕立てた作者の観察眼に感心する。ちょっとぐーたらな犬の姿と、寝床から離れ難くなる冬の朝の気分に共感した人が多く、句会でも高点を得た。  ただ合評会では「犬のまた寝て」の語調が落ち着かないとの指摘があった。作者は薄目を開けた主語を早く示したくて、この語順にしたと推察されるが、結果的に犬が埋没する格好となっている。「薄目開けまた寝る犬や今朝の冬」との案も示された。確かに語調が良くなり、主役の犬と季語が近接して、初冬の庭先の光景がくっきりと浮かび上がってくる。 (迷 19.11.05.)

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秋の蝶ベンチに白き杖二本    横井 定利

秋の蝶ベンチに白き杖二本    横井 定利 『この一句』  言うまでもないが、白杖は視覚障碍者の用いる杖である。ベンチに白い杖が二本。すなわち目の悪いお二人がベンチに座っているのだ。介助者がいるのかどうか。一人で外へ出られる方が二人、偶然に公園で出会って、というケースも考えられよう。ともかく二人の脇には一本ずつの白杖がある、という風景が詠まれている。  そこに秋の蝶がひらひらと飛んできた。夏とは違って飛び方に力強さがない。ベンチのお二人はもちろん蝶に気が付かない。ここが一句の眼目である。蝶があたかも人に慕い寄ってくる、というようなことがある。この時も、二人の目の前に飛んできていて、髪のあたりに止まろうとしているのだが・・・。  傍観者、つまり作者は「ほら、蝶が・・・」と言おうとして口を噤んだ。声を掛けてはいけない、というほどのことはない。注意するほどのことでもない。それがどうしたの? それもまた俳句なのだ、と私は思う。 (恂19.11.04.)

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毎年の田舎の便り富有柿    深田 森太郎

毎年の田舎の便り富有柿    深田 森太郎 『この一句』  「富有」は丸くてやや扁平で300グラムにもなる、まさに柿の王者。これが毎年田舎から送られてくると、「ああいよいよ冬だなあ」と思う。それにつけてもご無沙汰のしっぱなしで、みんな元気にしてるかなあなどと思いを馳せ、柿の実の色づく田舎の空を懐かしんでいる。一見何と言う事の無い句のようだが、「富有柿」が効いている。「あの富有柿だ」と頷く作者の表情が浮かんで来るし、そこから想念が広がる。ほのぼのとした気分の漂う句である。  柿は元来渋いものなのだが、突然変異で甘柿が生まれた。その代表が奈良県の御所柿で、これが日本の甘柿の元祖になった。全国各地に御所柿が植えられ、文政3年(1820年)岐阜県南西部の瑞穂市居倉で飛び切り甘く実も大きい御所柿が発見された。この枝を継木して増やしていったのが「富有」である。  大きさだけなら百目柿とか蜂屋柿などがあるが、残念ながら渋柿だ。こんなに立派な甘柿は珍しいと、富有柿は幕末明治期に欧州各地に移植されたが、どうにか育って実をつけても渋い。やはり富有は日本でなければダメということになったのだろう、分類学上の品種名はDiospyros kaki Fuyu と付けられた。 (水 19.11.03.)

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ゆく秋に袖も通さぬワンピース  大平 睦子

ゆく秋に袖も通さぬワンピース  大平 睦子 『おかめはちもく』  肌寒さを感じるようになって、洋服の入れ替えをしているところであろう。夏物のよそ行きのワンピースが出て来た。「とうとう一度も着なかったわねえ」なんて、一張羅を拡げながら呟いている。出番を与えてやれなかったドレスを慰める気持も込めている。  ワンピースというのは上衣とスカートが一繋がりになった婦人服で、one piece dressを省略した和製英語である。だからワンピースは本来は春夏秋冬全ての季節のドレスに当てはまるのだが、日本ではなんとなく薄手の生地の夏向きの洋服の感じがある。歳末や新年のよそゆきはわざわざ「冬のワンピース」なんて言ったりする。  それはともかく、この句は、一度も袖を通さずに冬を迎えてしまう夏服を材料に、「行く秋」の感じを実に上手く表している。しかし、「ゆく秋に」の「に」がどうであろうか。「ゆく秋に袖も通さぬ・・」とずるずるつながってしまい、句意がぼやけてしまう。ここは「や」という大きな切字の助けを借りて、「ゆく秋や袖も通さぬワンピース」とした方が良いのではなかろうか。 (水 19.11.01.)

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柿すべて鳥の餌となり里老いる  岩田 三代

柿すべて鳥の餌となり里老いる  岩田 三代 『この一句』  初夏の柿の木、「柿若葉(かきわかば)」の瑞々しさは、道端でつい脚を止めて見上げてしまうほど、魅力的だ。晩秋の柿の木にも朱、紅、黄の入り混じった「柿紅葉(かきもみじ)」がある。実りの方にも目が行く。落葉してすっかり裸になった木々に色づいた実が陽を浴びて輝くさまは感動的である。  この句が言い切っているように、暮の秋に実をたくさん残したまま立っている柿の木の庭が増えた。長野県上田市の農耕地帯に移住して最初の年に、農協スーパーで干し柿用のタコ糸を買い、吊し柿に挑戦した。しかし最初の一年で止めた。細かい作業が面倒で、出来も上手くない。甘柿だったので、採って食べることだけになった。  毎年、決まって吊し柿の作業をしていた近所の老婦人もいつの間にか止めた。高齢で根気がなくなったのだろうか。こうして近所を見まわしてみると、晩秋の裸木に鈴なりの柿という景色が目立ってきた。そのうちに烏に突かれた残骸がぶらさがり、木枯らしに揺れる寂しいシーンになる。句の言う「里老いる」の世界である。 (て 19.10.31.)

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なぜここへビルの谷間に秋の蝶  政本 理恵

なぜここへビルの谷間に秋の蝶  政本 理恵 『季のことば』  「蝶」とだけ言えば春の季語であり、大型で色彩鮮やかな「揚羽蝶」は夏の季語となる。そして八月以降の蝶は「秋の蝶」と詠まねばならない。しかし、実際には蝶は夏から秋に活発に飛び回り繁殖活動をする。そして冬になってもまだ生きていて、ごく少数だが、枯葉の下に潜り込んで越冬する頑張り屋もいる。  ことに、子孫維持に最後まで励もうと頑張る秋の蝶は印象的だ。この句のようにビル街にまで飛んで来ることがある。回りはきらきら輝きながらも冷たい石の建物、それがどこまで昇っても尽きない高みにまで聳えている。足元はこれまた冷たい石畳。まばらな街路樹とその下の植え込みはせせこましくて、何とも頼りない。もともと蝶々が飛んで来るような場所ではないのだ。  「どうしてこんなところに飛んで来たの」と作者は蝶に語りかける。毎日毎日仕事に追い掛けられるような気持で暮らす身にとっては、突然現れた蝶に何とも言えない癒しを与えられた。「どうもありがとう」と思いながら、「ところで、あなたはこれからどうするの」とつぶやく。(水 19.10.30.)

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行く秋や鉛筆で書く紙の音    鈴木 好夫

行く秋や鉛筆で書く紙の音    鈴木 好夫 『この一句』  作者は医者。若かりしころ、フランス政府給費留学生としてパリ大学に学んだ。しかし、その給費額はあまりに少なく、極貧生活を強いられた。なぜこの世に貧乏が存在するのか、何度も自問したという。研究室から宿舎に帰ると、ノート整理や文献にあたる夜なべ仕事が残っている。ボールペンが普及する前なので筆記具は当然鉛筆だ。文献にアンダーラインを引いたり、ノートに書き写したり。秋の夜は長い。静寂の中、シャリシャリ、ザリザリ、鉛筆の芯が紙に触れる音だけが室内に響く。「貧乏ではあったけど、意外と充足した音でした」。遠くを懐かしむように、作者はそう語ってくれた。  この句を読んだとき、よくこんな微細なところを詠んだものだと感心した。なんて繊細な感受性を持った人なのだろう、とも。言われてみれば、入学試験や入社試験のときは鉛筆の音が会場に満ちていたな、と遙か昔に想いを馳せた。  最近、鉛筆で書くときの筆記音を聴くことは少なくなった。そもそも字を書く機会が減った。そのかわり、キーボードを叩く音が主流になってしまった。スマホの場合は無音だ。この句の味が理解されなくなる日はそう遠くない。 (双 19.10.29.)

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