「みんなの俳句」来訪者が15万人を超えました

「みんなの俳句」来訪者が15万人を超えました  俳句振興NPO法人双牛舎が2008年(平成20年)1月1日に発信開始したブログ「みんなの俳句」への累計来訪者が、昨3月25日に15万人を越えました。これも一重にご愛読下さる皆様のお蔭と深く感謝いたします。  このブログはNPO双牛舎参加句会の日経俳句会、番町喜楽会、三四郎句会の会員諸兄姉の作品を中心に、日替わりで一句ずつ取り上げて「みんなの俳句委員会」の幹事8人がコメントを付して掲載しています。  13年かかっての15万人ですから、自慢するほどの記録ではありませんが、スタート当初は一日の来訪者が10人台だったのが、徐々に増え始め、今では一日平均45人となっています。  幹事一同、これからも力を尽くしてこのブログを盛り立てて参る所存です。どうぞ引き続きご愛読のほどお願いいたします。        2021年(令和3年)3月26日 「みんなの俳句」幹事一同

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中腰の介護の日々に春浅し    大沢 反平

中腰の介護の日々に春浅し    大沢 反平 『合評会から』(日経俳句会) 弥生 「中腰」のひと言が介護の大変さをシンボリックに伝える一句。そんな毎日に春はまだ、という気持ちを季語が受け止めています。ただ、中七の「介護の日々に」の助詞が散文的かなと思いました。 而云 介護の定めか。「親切な介護ロボット春浅し」。こんな日が早く来れば、と思います。 睦子 介護が長いのでしょうね、腰痛に気をつけてください!           *       *       * 我が家の近所にはデイケアサービスの施設が多く、介護士の甲斐甲斐しく世話する情景をよく見る。よくやるなあ、えらいもんだなあといつも感心する。介護は「中腰の」姿勢を取ることが多いようだ。この言葉を据えたことによって、この句は実体感を備え、まだ寒い「春浅し」の季語とも相俟って秀句となった。 メール句会で送られて来た選句表でこの句を見て真っ先に選んだのだが、後で作者の「脚悪の家内を抱き上げたりすることが多くなり、小生もそのためか背骨の中央部分の軟骨が減って、背中やわき腹が痛む不愉快な日々を送っています」との自句自解を読み、ますます身につまされる思いを抱いた。この句会も老老介護の句がどんどん増えて行きそうだなあと思った。 (水 21.03.26.)

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マネキンの胸の膨らむ春の服   塩田 命水

マネキンの胸の膨らむ春の服   塩田 命水 『この一句』  マネキン人形は百貨店、ブティックのウインドウや売り場に置かれ、季節ごとに流行の服を身につける。掲句を字義通りに解釈すると、マネキンが春の服を着たら胸が膨らんだと受け取れる。マネキンは堅い強化プラスチック製が大半である。スリムな体に造形され、生身ではないので、胸が膨らんだり縮んだりはしない。 とすると、冬の間はコートや厚手の服を着込んでいたマネキンが、薄手の春服に着替えたことで、体のラインがくっきり出て、胸が膨らんで見えたということではなかろうか。店先のマネキンの服で春を感じ取った作者の感性が光る。 春の訪れは万人にとって心弾むものであり、外へ出る機会も増える。北風と太陽の寓話ではないが、柔らかな春の日差しを浴びると、重い外套を脱ぎ捨てて軽やかな春の服をまといたくなる。気温と服装の関係を解説したサイトを見ると、摂氏15度を下回るとセーターやコートが必要となり、逆に20度を上回ると上着を脱いでシャツやブラウス姿が増えるという。 愛妻家の作者は春の陽気に誘われ、夫婦で街歩きを楽しんだのではないか。華やかな春の服をまとったマネキンに、作者の心弾む思いも込められているように思う。 (迷 21.03.25.)

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春めくやスカイツリーの影を踏む  加藤明生

春めくやスカイツリーの影を踏む  加藤明生 『合評会から』(日経俳句会) 木葉 だんだん日永になってきて、太陽は空のより高みへと移ってゆく。スカイツリーの影も短くなるが、その影を意識して踏んでいる作者。冬が終わり、いよいよ春に向かう喜びを感じさせます。 水兎 日差しが少しづつ戻って、影も真冬とは違う色になってきますよね。影にも春を感じられたのですね。 守 外出がすっかりご無沙汰で、はやくこんな都内の散歩をしたいものだという気持ちにぴったりの句。 ヲブラダ 遥かなるスカイツリーが足下にある。まさに春めいた気分になります。            *       *       *  作者は「コロナ禍で大半の人が“おうち時間”が長かったのではないかと思います。最近になってやっと暖かい日が訪れ、スカイツリーの影が少しずつ短くなってゆきます。大人も子供も追いかけて踏みつけたくなるのではないでしょうか」と自句自解を寄せている。昔この辺はじめじめして実に陰気な場所だったのだが、近頃は面目一新、東京の新しい顔になっている。令和の東京新風景を詠んでなかなかいい。 (水 21.03.24.)

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東京は皆エトランゼ黄砂降る   中村 迷哲

東京は皆エトランゼ黄砂降る   中村 迷哲 『この一句』  この句は東京者を「エトランゼ」に喩えている。「エトランゼ」は日本語にすれば「異邦人」、すなわち「よそ者」である。作者は、首都圏に暮らして四十年を超えるが、いまだに「よそ者」の思いが抜けず、数万キロを飛来し邪魔者扱いされる黄砂に想いを重ねた、と自句自解されている。  筆者はこの句の「エトランゼ」から、久保田早紀自作自演のヒット曲である「異邦人」を連想した。この歌のサビのところの歌詞に「空と大地がふれあう彼方、過去からの旅人を呼んでる道」とある。またもうひとつ連想したのは、カミュが書いた小説『異邦人』である。この小説を読んだことがない人でも「きょう、ママンが死んだ」という冒頭の文言を聞いたことのある人は多いのではないだろうか。フランスの植民地であるアルジェリアが舞台である。いまはもう誰も言わないが、当時は「不条理小説」などと呼ばれ、文学小僧の間でずいぶんもてはやされた小説である。  句の本意は作者の説明される通りであるが、筆者は「エトランゼ」の文言から、「異邦人」の歌詞にあるような旅への郷愁や、カミュやサルトルが活躍していたあの時代への郷愁、のようなものを感じた。黄砂は確かに邪魔者ではあるが、遥かタクラマカン砂漠やゴビ砂漠から来たと思えば、これもまた郷愁を感じせる季節の風物ではないだろうか。 (可 21.03.23.)

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記さねば句は消えてゆく春霞   今泉 而云

記さねば句は消えてゆく春霞   今泉 而云 『この一句』  句会には当日その場でお題が出る席題方式と、兼題を事前に頂いて日々句を案じてから投句するというやり方があろう。時間の長短はあれ、いずれにしても呻吟しながら句作に没入しなければならないのに変わりない。後者は締め切りまで長い分、床についても兼題が頭から離れない時がある。夢うつつの中で句をひねり「おお、いいのが出来た」と安心して熟睡に入る。さて翌朝、あの〝秀句〟を思い出そうとしてもいっかな思い出せない。  この句はそのような状況を詠んで間然とする所がない。句会の私たち、平均年齢七〇を超える高齢者である。「しまった、書き留めておくのだった」と後悔するのは筆者もご同様。記憶をたどれど春霞の彼方のように儚く覚束ない。「春霞」が絶妙の季語だと、選句者は異口同音に述べる。みんな自分の経験を照らし他人事ではない思いを持ったに違いない。主宰の一人である作者がそうなら、自分も当然という気持ちだろう。作者の場合はさておき、思い出せない句は大体駄句と相場が決まっているのだが、大魚を逸した気分がなかなか抜けきれない。 (葉 21.03.22.)

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抱き上げてこれが梅よと若き母  山口斗詩子

抱き上げてこれが梅よと若き母  山口斗詩子 『合評会から』(番町喜楽会) 的中 先日、近くの航空公園に蝋梅を見に行ったとき、たくさんの子ども連れがいました。抱き上げている親はいませんでしたが、理解できるかどうかわからない幼い子に梅を教えている様子、情景に親子の愛情を感じます。 命水 初めての子を持つ母ならではの微笑ましい光景です。父親ならおそらくしないような……。 斗詩子(作者) 健康維持のため、雨の日以外は近所の公園への散歩をほぼ毎日四、五千歩を続けています。梅の花がほころんできたな、春が近づいているなと思っていたら、幼い子を抱き上げ「これが梅の花よ」と教えている母親がいました。その子はほのかな梅の香も忘れないに違いないと、ほのぼのとした気持ちになりました。              *       *       *  白梅にせよ紅梅にせよ、咲き始めの頃は賑やかさはなく、枝の陰に隠れるようだったりして、見逃してしまいがちだ。俳人は開花を心待ちにし、寒さの中を探梅に出掛けたりする。この一句では、すでに枝の上に花が並んでいるのだろう。抱き上げられたのは保育園児あたりか。優しい母に見守られ、健やかに育って欲しい。 (光 21.03.21.)

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春立つや崩落鉄橋繋がりぬ    高井 百子

春立つや崩落鉄橋繋がりぬ    高井 百子 『合評会から』(番町喜楽会) 可升 水害で崩落した鉄橋復活のニュース。地元はさぞ盛り上がっていることでしょう。季語は「立春」しかないですね。 春陽子 下五の「繋がりぬ」が春と繋がった感じもします。いずれにしろ鉄橋の復旧、よかったですね。 水兎 本当によかったですね。素直に嬉しくなります。コロナが収まったら……と虎視眈眈。 白山 繋がって良かったですね。相当時間がかかりましたね。 迷哲 台風による崩落から一年半。春到来とともに全線復旧、おめでとうございます。 光迷 あの赤い鉄橋が繋がりましたか。たった一駅の間と言っても、代替輸送ではやっぱり不便ですし。賑わいの戻ることを期待します。 *       *       * 一年半前の台風で押し流された上田電鉄の千曲川鉄橋がようやく復旧した。自宅の庭先にこの電車が走るのをいつも見ている作者としては、待ちに待った復旧である。その喜びが素直に伝わって来る。「春立つ」の季語が実によく合っている。作者夫妻の誘いを受けて、句友は何度か現地を訪れており、この電車にも鉄橋にもおなじみだ。この句を見て、皆わが事のように喜んだ。 (水 21.03.19.)

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並ぶ列知る人ありて桜餅     鈴木 雀九

並ぶ列知る人ありて桜餅     鈴木 雀九 『合評会から』(日経俳句会) 阿猿 餅や団子ごときに人は並ぶ。最近はソーシャルディスタンスをとりながら。暖かくなってきたから並ぶのも苦にならない。何気ない光景も春に向かう時間の中にある。 芳之 「ここの桜餅は、おいしいですよね」という声が聞こえてきます。 十三妹 なにごとにもすべて並ぶのは大嫌いですが、この句はとてもホッとした安らぎを与えてくれました。「桜餅」が絶妙です。 双歩 何を「知って」いるのか?行列ができる店か、行列に並ぶ人か。人のようだが、いろいろと想像を巡らせられる。        *       *       *   一読、和菓子屋さんの行列の中に知人を見かけて、声をかけたものの何となくお互い照れつつ「桜餅は好物で、ここのは人気ですね」とか何とか挨拶している光景が浮かぶ。もう一つ、知る人ぞ知る桜餅の人気店を誰かに教えてもらったのかも知れない。もっともその場合は、「並ぶ列」ではなく「並ぶ店」となるだろうから、やはりこの解釈には無理がある。いずれにしても、「桜餅」の語感の優しさと柔らかさがこの句の人気のポイントだろう。  ところで、桜餅には小麦粉(関東)と道明寺粉(関西)の二種類あるが、江戸の真ん中でクリニックを開業している作者は小麦粉派だろう。筆者は道明寺粉派だ。 (双 21.03.18.)

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春一番歩幅広げて黄信号     和泉田 守

春一番歩幅広げて黄信号     和泉田 守 『季のことば』  春一番(はるいちばん)とは、立春の後、最初に吹く南寄りの強い風のこと。春の到来を告げる気象用語として定着しているが、元々は漁師の言葉という。気象庁のサイトなどによると、安政6年(1859)に長崎県壱岐・郷ノ浦の漁師53人が、地元で「春一」または「春一番」と呼ばれる春の強い突風で遭難死し、この事故を機に広まったとされる。民俗学者の宮本常一が壱岐を訪れて言葉を採集、俳句歳時記(平凡社)で紹介して季語として定着したようだ。傍題に春二番、春三番があり、同類の季語として春疾風も知られる。  気象庁は昭和26年(1951)から春一番を観測しているが、立春から春分までの間に、日本海の低気圧に向かってに吹く風速8メートル以上の強い南風と定義している。今年は観測史上最も早く、立春の翌日の2月4日に観測された。作者はその春一番に、買い物か散歩の途中で出会ったのであろう。強い南風に押されるように歩幅が広がる。春の息吹に心を弾ませ、黄信号を大股で渡る姿が浮かんでくる。  結語の黄信号がとても効果的で、季語の春一番と響き合って、福寿草や菜の花など春を彩る黄色い花を連想させる。春を迎えた喜びが真っすぐに伝わってくる句である。 (迷 21.03.17.)

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