エレベータ晩夏の街へ急降下  玉田 春陽子

エレベータ晩夏の街へ急降下  玉田 春陽子 『合評会から』(番町喜楽会) 水牛 スカイツリー、東京タワー、あるいは都心の高層ビル。空調完備の高層階からあっという間に濁世に急降下です。実にうまい。ただし、エレベータのこういう句には類句がありそうだ。 木葉 高速エレベータが降りて行く晩夏の街は、いまは新型コロナで緊急事態宣言が発せられている街でもある。降下ではなく、真っ逆さまに落ちて行くという感もある。 可升 デパートかホテルか、ガラス張りで外が見えるエレベータを想像する。スピード感のあるいい句です。           *       *       *  どこの町だろうか?どんなエレベータなのだろうか?作者は何のためにこのエレベータに乗ったのだろうか?近頃、説明したがる俳句が多いなかで、作者はそんなことは一切語らず、読み手の想像をたくましくさせる。  急降下する先は、「熱暑の街」でも、「コロナの街」でも良かったのかもしれない。だが、作者は「晩夏の街」を選んで詠みきった。そのことが間違いなく、この句を奥行き深く詩情を感じさせるものに仕立て上げているように思う。ガラス張りのエレベータを想起したのは筆者だが、そういうエレベータの多くは「急降下」はしない。作者の作った幻想のエレベータではないかという気がする。もちろん、それで良いのだと思う。 (可 21.08.27.)

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物忘れしない日はなし夏深む   和泉田 守

物忘れしない日はなし夏深む   和泉田 守 『合評会から』(日経俳句会) 明古 今日も物忘れをしたと思いながら、深まる夏の万緑を背に立っている、タフそうな作者。 迷哲 酷暑の夏は、年寄にとって体の衰えを実感させられる季節でもあります。「夏深む」の季語が利いており、晩夏に潜む秋の気配が寂寥感を深くします。 青水 身に詰まされる日々です。頑張りましょう、ご同輩! 十三妹 現実を直視したくないとは思えども…です。           *       *       *  我が家は夫婦してまさにこの通りで、選句表にこの句を見つけて、同志を得た気分になって真っ先に採った。他に上記四人が採ったのだが、皆さん程度の差はあるものの同じようなご様子だ。  作者は「自句自解」で「今さっきメガネを置いた場所や考えていた事が全く頭から飛んでしまう、いわゆる短期記憶の低下というやつですね。もうこれが日常と思って、メモをこまめにとったり忘れないうちに直ぐやったり、あるいは忘れたら忘れたでいいやと居直っているうちに、あまり腹も立たなくなったような気がしています」とおっしゃる。素晴らしい心がけだし、そう出来ているうちは全く心配は無い。むしろ嫌な事やつまらない事をどんどん忘れてしまえる、“健康的物忘れ”段階である。 (水 21.08.26.)

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折鶴のひとつひとつの原爆忌   水口 弥生

折鶴のひとつひとつの原爆忌   水口 弥生 『この一句』  広島・長崎に投下された原爆の犠牲者は20万人を超える。被爆後に放射線の後遺症に苦しみ、その後亡くなった人も多い。惨禍から76年を経ても続く苦しみ。その一方で核廃絶の動きは遅々として進まない。8月の列島には鎮魂、祈り、悲しみ、怒り、決意など様々な思いが交錯する。  作者は千羽鶴から被爆者に思いを寄せる。「ひとつひとつ」の言葉が胸に響く。一瞬にして奪われた20万人の命には、ひとり一人の暮らしと人生があった。そして折鶴のひとつひとつには、全ての被爆者への鎮魂の思いと平和への祈りが込められている。  原爆と折鶴といえば、本や映画になった「サダコの折り鶴」の物語がよく知られる。2歳で被爆し12歳で白血病を発症した佐々木貞子さんは、8か月後に亡くなるまで病床で千羽鶴を折り続けた。貞子さんの悲しみを忘れないようにと同級生の呼びかけで、広島平和記念公園に「折鶴の少女」の像が設けられた。  作者は慰霊祭を伝えるテレビ映像に毎年手を合わせるという。折鶴の少女像も見知っているであろう。「被爆を背負った折鶴のひとつひとつから声が聞こえるような気がした」という自句自解からは、被爆者に寄り添う優しい気持ちが伝わってくる。慰霊祭の挨拶を読み飛ばす首相があろうとも、国民ひとり一人がそれぞれの「原爆忌」を語り継ぎ、詠み継ぎ、後世に伝えていかなくてはならない。 (迷 21.08.25.)

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残暑を傾いで歩く最後尾     大平 睦子

残暑を傾いで歩く最後尾     大平 睦子 『季のことば』  残暑の候。夏が果てて暦の上では秋なのだが暑熱地獄は容赦ない。異常気象とは言っていられないこの夏の暑さと、ここ旬日にわたって続く豪雨禍。さらにコロナの感染者、重症者が激増するするさなかの「残暑」を詠むのが今月の兼題である。とにもかくにも不自由な日常生活下である。「一枚も出さず貰わず残暑見舞い 光迷」という句も選句表に並び、残暑見舞いどころじゃない空気が支配している。  掲句は何か気になった一句であった。残暑の中を作者は歩いている。歩いているとはどのようなシチュエーションの中なのか分からない。単なる公園散歩や街歩きではない気がする。それなら場所はどこか。だいぶん疲れて歩いている雰囲気がうかがえる。トレッキングの最中か、作者にはありえないかもしれないが、五輪競技の連想で競歩なのかもとも思ってしまった。傾いでいるのは頭か上半身かと考えは続いた。なおも想像をたくましくすると、時節柄コロナワクチン接種の行列に付いているのかもと思った。「残暑を傾いで歩く」という措辞が今を象徴しているようで意味深長だ。ここでは「傾いで」がいい働きをして、「最後尾」という後ろに誰もいない心細さを強調した。 (葉 21.08.24.)

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さりげなく団扇で換気立ち話  旙山芳之

さりげなく団扇で換気立ち話  旙山芳之 『合評会から』(日経俳句会) 水馬 コロナ伝染はやはりエアロゾルだそうですから、外での立ち話でも気になりますね。話の最中に相手が扇子や団扇を使い出したら、即、話を切り上げましょう。 守 同感。思わずこうしたくなる時が、私もあります。 静舟 コロナ禍の笑えぬご近所さんとの危うい?立ち話。 実千代 わかります、わかります、この情景。 三薬 道で出あった話好きのおばちゃん。マスクなし、距離も近過ぎ。もっと離れてと言いたいが、それもできない。で、さりげなく団扇で風を送る。この機微、さすがですね。江戸川柳を思わせる味わい。立ち話は屋外だから、換気というのは如何か、なんてヤボは申しません。 雅史 コロナ禍が終わり「令和三年の夏はこうだった」と思い出話になるといいですね。           *       *       * 作者の話だとこれは社内風景だという。お互いマスクはしているが、擦り寄って話しかけてくる人や声の大きな人に対しては団扇が活躍しているのだそうだ。雅史さんが言われるように、まさにこれは「令和三年夏」の年代記に添える一句だ。 (水 21.08.23.)

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蝉しぐれまとひて山の郵便夫   中嶋 阿猿

蝉しぐれまとひて山の郵便夫   中嶋 阿猿 『この一句』  『郵便配達夫ルーラン』というゴッホの絵がある。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』というジェームズ・M・ケイン作のミステリーがある。『イル・ポスティーノ』というイタリア映画は、亡命した詩人と彼に郵便を届ける島の青年との交流譚だ。郵便物という私信を人々に届ける配達員には、何かしらの物語性を帯びているのだろう。様々なジャンルで主人公に選ばれている。  掲句は、郵便配達員が蝉しぐれを浴びながら山の奥を走り回っているという景を描き、句会では一二を争う人気だった。それにしても「郵便夫」とは、何とも古めかしい響きだ。この句を採った人も「どことなくノスタルジアを感じさせる」(水馬さん)や「古い言葉を持ってきたもんですなあ」(水牛さん)と気になった様子。「夫」には「労働に携わる男」という意味があるが、今はほとんど遣われなくなった。  作者によると、芭蕉が「閑さや岩にしみ入る蝉の声」を詠んだ山形県の立石寺での吟だという。山寺とも呼ばれるこの寺は山の上に聳え、参道は千段を超える階段だ。途中には芭蕉を偲ぶ「せみ塚」もある。その階段を作者があえぎながら登っていると、郵便配達の男性が平然と追い越して行ったという。「郵便夫」が醸し出す物語性と、芭蕉へのオマージュも込めたであろう〝蝉〟しぐれが、絶妙な効果を発揮して味わい深い。 (双 21.08.22.)

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うなだれて片蔭を行く老いにけり  大沢反平

うなだれて片蔭を行く老いにけり  大沢反平 『この一句』  何とも切ない、哀しみに襲われた。やるせない気持ちになった。うなだれた作者の姿が思われた。だが、評者にも「こうなってしまったのか」という記憶がある。肩を落として前屈みになり、とぼとぼ歩く姿。商店のガラス戸に映ったそれは、まぎれもなく自分のものだった。「若いと思っていても…」という現実を突き付けられた。  だが、この一句には救いがある。「老いにけり」と言い切ったことで、自分をごまかそうとしない潔さ、現実を認める姿勢に、清々しさがあるからだ。古希を過ぎ、喜寿も過ぎれば、電車やバスで席を譲られるようにもなる。この清々しさは、そのような人々の好意を素直に受け入れ、前向きに生きて行く心に通じているのではないか。  少年時代はカンカン照りの中でも平気で走り回っていた。片蔭を求めるなど思いもつかなかった。それが…なのである。誰しも老いたくはないだろう。不老不死の薬を求めて…という話は世界中に散らばっている。遺伝子工学に望みをかける向きもある。だが、まだそれは見付かっていない。それにつけても、晩年を美しく、というのは難しい。 (光 21.08.20.)

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三伏や棚にキンカン正露丸    大澤 水牛

三伏や棚にキンカン正露丸    大澤 水牛 『この一句』  虫刺されのキンカン、食あたりの正露丸、この二つの薬を棚に見つけたところでこの句は決まった。いずれも夏の定番とも言える常備薬で、七月中旬から八月上旬の酷暑の時期の季語である「三伏」には、これ以上ない取合せの素材である。作者はいろいろな野菜を作る玄人はだしの園芸家でもある。キンカンも、正露丸も日常よくお世話になる薬で、出来ればムヒも加えたかったが、字余りになるのでムヒは外したとのこと。それにしてもキンカン、正露丸、いずれ劣らぬ大ロングセラー商品である。  キンカンの製造販売元は、その名も「金冠堂」。会社のホームページによれば、キンカンは大正十五年に「合名会社金冠堂」によって販売開始されたとのこと。一方の正露丸は、日露開戦の明治三十七年、「中島佐一薬房」が陸海軍に納入した「忠勇征露丸」を嚆矢とするらしい。戦後、大幸薬品に事業継承され「征露丸」から「正露丸」になり、あのお馴染みのラッパのマークが使われるようになったようだ。  いずれにせよ長い歴史を通じ、紆余曲折ありながらも現役の製品であり続けていることは賞賛に値する。ちなみに、ムヒは「池田模範堂」、メンタームは「近江兄弟社」、蚊取り線香の金鳥は「大日本除虫菊」。こういう夏の風物詩のような商品を売る会社は、どういうわけか、社名そのものが詩心を刺激してくれる。 (可 21.08.19.)

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角取れぬそれも人生冷奴     加藤 明生

角取れぬそれも人生冷奴     加藤 明生 『季のことば』  豆腐ほど日本人にあまねく好まれている食材はないだろう。中国から持ち帰ったのは遣唐使とも鎌倉時代の帰化僧ともされるが、江戸時代には庶民の常用食材となり、「豆腐百珍」なる料理本も発行されている。暮らしに欠かせない存在であり、俳句にもたくさん詠まれてきた。季語をみても、秋に収穫された大豆で作ったものを「新豆腐」と呼び、寒い冬には「凍豆腐」、「湯豆腐」がある。久保田万太郎の「湯豆腐やいのちの果てのうすあかり」はよく知られている。 「冷奴」は暑い時期によく食べるので夏の季語となる。「北嵯峨の水美しき冷奴」(鈴鹿野風呂)などの例句がある。掲句は食卓の冷奴を見ての感慨を詠む。大ぶりの豆腐を皿にどんと盛ったものか、食べやすく切って氷水に浮かべたものか、いずれにしても豆腐の白さと四角の形は変わらない。作者は角のとがった冷奴を見て、生真面目な生き方を振り返っているのではなかろうか。しかしそんな自分を悔いてはいない。「それも人生」の措辞には、筋を通し小器用に丸まらない生き方を肯定する響きがある。 作者によれば若い頃を省みて読んだ句という。「冷奴は角はあるけど軟らかで、しかも真っ白です。残る人生はかくありたいと思っています」とのコメントも味わい深い。 (迷 21.08.18.)

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三伏や地中に深く太き杭     大下 明古

三伏や地中に深く太き杭     大下 明古 『この一句』  「地中に深く太き杭」とは「何だろう」と思わざるを得ない。建築現場で太い杭が地中に打ち込まれているのだろうか。しかし物音は全く感じられず、黒々とした太い杭が地中深くに存在しているかのようでもある。具体的に見えてくるものは他に何もない。つまりこの句は“杭”という具体的物体によって、読み手の感覚を抽象的に刺激しようとしている。  私はこの句を見て、画家・横山操の「塔」と名付けられた作品を思い出した。昭和三十年代、東京・上野の谷中にあった五重塔が放火によって焼失した。その真っ黒焦げの残骸が取り壊される前に描いたものだそうだ。ただ真っ黒な柱状の物体が縦横に描かれているだけである。私の頭の中には、あの五重の塔の残骸の真っ黒な柱が浮かんできたのだ。  掲句は当欄で先に紹介した「末伏」の句(広上正市氏作)に共通する抽象性を持っている。両句ともに多数の共感を得て、句会で最高点を獲得するような句ではないかも知れない。しかし何人かの神経に触れ、鋭い刺激を与えるのではないだろうか。この夏の真昼、どこかの街を歩いているとき、私は地中の杭の存在を実感しそうな気がしている。 (恂 21.08.17.)

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