新築の隣家に新品鯉のぼり    堤 てる夫

新築の隣家に新品鯉のぼり    堤 てる夫 『合評会から』(酔吟会) 水牛 お隣さんの新築成って、引っ越してきたなと思っていたら、真新しい鯉のぼりが翻った。小さな男の子のいる若い一家だったのだ。爽やかな五月の風を感じます。 三薬 なんということもない風景。でも、閉店、廃屋、老朽化などばかり目立つ昨今、この風景が新鮮に感じられる。 青水 鯉のぼりのたたみ皺まで見えてくるような初々しさが良い。 春陽子 新築の家に鯉のぼり、しかも新品だから初節句でしょう。昭和三十年代頃には日本中で見られた風景で、気持ちを明るくさせてくれます。 二堂 新しい家の新しい家族が偲ばれます。 *       *       *  鯉のぼりが空に泳ぐ姿は都市部ではほとんど見られなくなった。郊外から山間部へ行けば今も見られる光景ではあるが、それでも少子高齢化が続くなか、その数は激減しているに違いない。ところが、この句はお隣に新築の家が立ったかと思うと、いきなり真新しい鯉のぼりが翻ったという、今どき稀有な光景である。どの評者も口を揃えるように、「爽やかさ」、「新鮮さ」、「初々しさ」、「明るさ」を感じさせてくれる、まことにおめでたい一句である。「新築」、「新品」と「新」を重ねた技巧が、うまく功を奏して、清新の気分をさらに高めている。 (可 21.05.18.)

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啄木の詠みし柳を訪ねゆく    竹居 照芳

啄木の詠みし柳を訪ねゆく    竹居 照芳 『この一句』   「ほう、啄木か。『一握の砂(歌集)』だな」などと独り頷き、“石川啄木の詠んだ柳”を示す石碑が岩手のどこかにあるのだろう、と思った。北上川は岩手県内を延々と流れて行く。地図によると源流は八幡平の近くのようで、そこから真南へ、盛岡、花巻、北上、一関市と、流域は二百数十キロにも及んでいる。  啄木の故郷・渋民村は、ネットで調べると「盛岡市の北に接する玉山村の中心集落」だという。「かにかく渋民村は恋しかり~」の地は村から集落へと変わったらしい。優れた新聞記者であった句の作者は当然、「柳の地」を調べ上げ、北上の川辺を行ったはず。そう気づいた時点で、私の柳の木調べは終えることにした。  啄木は得意、失意の交錯した青少年時代を送っている。ある時は「神童」と呼ばれ、ある時は落第も体験した。傷ついた心を持つからこその啄木人気でもあった。東大現役学生の“クイズ王”たちが、あっという間にテレビの人気者になるようなこの時代。啄木は現在の若者にとってどのような立場にあるのだろうか。“啄木の柳”のことはいずれ、作者に聞いてみようと思っている。 (恂 21.05.17.)

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リハビリに明暮れし間に柳絮飛ぶ 藤野十三妹

リハビリに明暮れし間に柳絮飛ぶ 藤野十三妹 『季のことば』  柳は晩春四月、葉が出揃う前に目立たない花を咲かせ、実が熟すと割れて綿毛を持った種が風に乗って舞い飛ぶ。「銀座の柳」などで有名な枝垂柳は奈良時代に中国からもたらされたもので多くが雄の木なので柳絮を飛ばさないが、在来種のコリヤナギ、ハコヤナギ、カワヤナギなどは盛んに柳絮を飛ばす。  柳という植物は全世界に400種類以上もあるそうで、街路樹のポプラも柳の仲間である。日本人は柳と聞けばすぐにヒュードロンドロン「うらめしやあ」と女の幽霊が出てくる枝垂柳を思い浮かべるが、枝垂れる柳はむしろ少数派で、大半はしなやかではあるが真っ直ぐに枝を伸ばすものだという。そう言えば我が国固有のネコヤナギもコリヤナギも枝は真っ直ぐだ。ともあれ、こうした柳の絮(わた)が舞う頃になると、春闌(はるたけなわ)である。  そんな折に、作者はようやく骨折だかぎっくり腰だかのリハビリ治療を終えようとしている。「痛い、苦しい」と悲鳴を上げながらも、何とか正常な日常を取り戻したいという執念。気がついたら柳絮の舞う季節になっていた。とにもかくにも「良かったですねえ」と言葉をかけたい。 (水 21.05.16.)

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徘徊のごと歩きたる遅日かな   廣上 正市

徘徊のごと歩きたる遅日かな   廣上 正市 『合評会から』(日経俳句会) 加藤 暖かくなってきたので、散歩にでも出かけたのでしょう。私も気のおもむくまま散歩に出かけるので、その気持ちがよくわかります。ところが、年のせいか思わずよろけたりして、徘徊老人のように見えるのかも知れません。それでも本人は一生懸命に歩いているはずで、「頑張れ」と応援したくなります。 工藤 健康のため歩かねば、と距離をかせごうと無理するが、いつの間にか体力を超え、疲れ果てている。 *       *       * 「俳諧は徘徊なり」というと語呂合わせに聞こえるかも知れない。しかし、かの「おくの細道」にしても、紀行文と言えば聞こえはいいが、徘徊の記録と見做すこともできる。俳句には吟行という句友らと名所旧跡などを訪ねる催しがある。芭蕉は曽良を連れてそれをなしたのだと…。 この一句の散歩は、日が落ちるまでには大分時間がありそうなので、気の向くままにテクテク、ブラブラという次第なのだろう。子雀の声を聞き、葱坊主に目を留めながらの逍遥である。これは一人吟行にほかならず、いずれこの散歩から生まれた句が披露されるのではないか。 (光 21.05.14.)

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亡き人と似た人に会う春霞    斉山 満智

亡き人と似た人に会う春霞    斉山 満智 『合評会から』(番町喜楽会)   白山 こういうことはあるだろうなと思わせます。亡くなった女房に似ているな、とか。 幻水 「霞」の季語と亡くなった人のイメージがロマンチックに結びつきます。 水牛 霞や朧というものは、よくこういう場面を作ります。 的中 最近、昨年亡くなった母親の夢を見ることがあります。亡くなった人の面影を探す気持ちが、このような情景を生み出すのでしょう。気象用語では、視程1km未満を霧、視程1~10kmを霞というそうです。「春霞」より「春の霧」が正確かもしれません。           *       *       *  身近な人を亡くしたり、愛する人との別れを迎えるのは、誰しも辛いものだ。そんな思いが募ると、街中などで故人に似た人を見かけたような気がすることがある。もちろん他人の空似なのだが、なんとなく似ているだけに、心が騒ぐ。大気が霞んでいたり、霧が出ていたりすれば尚更だ。  「そういうことは確かにある」。上記の選者と同じように、筆者も大いに共感した。ただ気になったのは、霞は、水蒸気で遠くのものがはっきり見えない現象だと思っていたので、的中さんの指摘ほど科学的ではないものの、ニュアンスがちょっと違うような気がした。似た現象の夜の季語「朧」ならどうだったろうか。 (双 21.05.13.)

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押し花となりし車道の椿かな   斉藤 早苗

押し花となりし車道の椿かな   斉藤 早苗 『この一句』  椿の落花を詠んだ句は数多い。俳句を詠まない人でも知っている「赤い椿白い椿と落ちにけり」という河東碧梧桐の句をはじめとして、落椿は印象的なものだから、誰もが詠みたくなるのだろう。  しかし、落椿が押し花になったという句は、恐らくこれが初めてではなかろうか。選句表にこの句を見つけた時には「面白いな」と丸印をつけながら、規定選句数からはみ出してしまったため、最終的には取らなかった。しかし、改めて読んでみると、この突拍子も無い情景が何とも破天荒だなあと思う。常識的な俳句作りの軌道など始めから問題にしない詠み方である。このユニークなところを何故汲み取れなかったのかと後悔している。  日本古来の藪椿は五弁一重だが、乙女椿をはじめ、花弁が幾重にも折り重なり、ぼってりと咲く八重咲き、千重咲きも多い。それが散る時には、はらはらと散らず、塊のままぼたんと落ちる。まるで首が切り落とされるような感じでもあるので、江戸時代には武家には椿を嫌う向きがあったという。  まあ首がポロリはともかく、椿は押し花にはし難い。そういう一般常識を覆して、「車道で押し花になっている」と言ってのけたところに、この句の面白さがある。 (水 21.05.12)

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お堀端柳に刻む動乱史      深瀬 久敬

お堀端柳に刻む動乱史      深瀬 久敬 『合評会から』(三四郎句会) 雅博 私も 最近皇居を眺める機会があった。「柳に刻む」になるほどと思った。 進  皇居を囲む柳は幾多の動乱を見て来たことだろう。 有弘 桜田門外の変、2・26事件など、うつろいを見てきた! *       *       * 作者は晩春の一日、国会図書館から堀端を、桜田門、第一生命ビルなどを眺めつつ有楽町まで歩いた。その道すがら、芽吹き始めた柳並木を見て自然に頭に浮かんできた思いだという。こういう句はともすると理屈っぽくなってしまうものだが、この句はごく素直に受け取れる。「動乱史」という少々こなれない言葉もさしたる抵抗もなく腑に落ちる。これも偏に「柳」という趣豊かな木のおかげであろう。 評者が交々述べているように、皇居堀端の柳は、徳川将軍の江戸城開城以来、さまざまな出来事を眺めつつ時代を経て来たのだろう。皇居に面して建つ列柱堂々たる第一生命館は占領中、連合軍総司令部となりダグラス・マッカーサー元帥が鎮座し、昭和天皇をここに呼びつけて日本国は連合軍(実質は米国)の支配下にあることをはっきりと印象づけた。 今やそこは「皇居マラソン」の男女が走り回り、東京見物の老若が散策し、時には5・7・5をつぶやきながら徘徊する老人のメッカとなっている。柳はと見れば、「なよなよ風しだい」である。 (水 21.05.11.)

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天竜の風に吹かれて糸柳    宇野木 敦子

天竜の風に吹かれて糸柳    宇野木 敦子 『合評会から』(三四郎句会) 圭子 お寺の天井に描かれている竜が風を起こすような、ダイナミックな感じを受けました。 而云 「天竜(川)」という固有名詞によって景色が浮かび、風も感じる。 諭 天竜川沿いの糸柳(しだれ柳)の風景は、壮大な水墨画を思わせます。 豊生 激流も一睡の風、と受け流す糸柳。 宇野木 (作者)  天竜川の土手に糸柳が立っていて、風に吹かれ、枝葉が右に左に大きく流れるときの様子です。 *       *       *  「天竜」という固有名詞のパワーによって人それぞれ、長野県の中央を貫く大河と堤に立つ柳の様子を思い浮かべるはずだ。例えば伊那辺りの急流、下流域の悠然たる流れ。地域ごとに変わる川の流れを、句の鑑賞者がそれぞれに異なる状況を思い描いても構わない。それが俳句に許される解釈の幅の広さ、と言えるのではないだろうか。  作者は第二次大戦中、伊那に疎開していた。中学生の頃、東京に戻っているが、句作りとなると何かにつけて、幼い頃の懐かしい風景や生活が頭に浮かんでくるらしい。「また伊那の句か」「彼女の句だな」などと選び手に思わせてしまうが、遠慮することはない。「それが私の句の特徴」くらいに割り切ったらどうだろう。(恂 21.05.10.)

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蜂飛来げんげ畑や岩木山     工藤 静舟

蜂飛来げんげ畑や岩木山     工藤 静舟 『おかめはちもく』 津軽富士と言われる壮麗な岩木山。麓には林檎畑や緑野、山林が広がる。また全長20kmの「世界一の桜並木」がお山に向かって延々と続き、4月下旬から5月初めまで等高線を登りつつ咲き続ける。リンゴが咲き、ゲンゲが咲き乱れる頃になると、養蜂家がミツバチの巣箱を車に積んで集まって来る。一帯が最も華やかににぎやかになる頃合いでもある。 青森県人、ことに津軽の人たちは郷土を愛することこの上ない。「津軽富士なんて言ったって、わずか千六百メートル」などと言おうものなら、しばらくは口もきいてくれなくなる。作者も根っからの青森の人である。郷土をうたいあげた句がとても多い。地元のことを知らないとよく分からない句が出てくることもあるが、概ねは心温まるものが多い。 この句も「ああ津軽に春が来た」という喜びに満ち溢れている。実に感じの良い、素直な句なのだが、句会ではあまり注目されなかった。その原因はどうやら言葉の並び順にギクシャクしたところがあるせいではなかろうか。「蜂飛来」で切れが生じ、「げんげ畑や」で大きく切れ、結語の「岩木山」となる。いわゆる「三段切れ」である。もう少しなだらかに詠んだ方がいい。 古くは弘前藩のお殿様から下々まで岩木山を崇め、「お岩木山」と敬称を付けて呼び、それは今も続いているという。それを援用し、お岩木山麓に広がるげんげ畑を印象づける「蜂飛来お岩木山のげんげ畑」というのはいかがだろう。 (水 21.05.09.)

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気がつけば尻の冷たき潮干狩   嵐田 双歩

気がつけば尻の冷たき潮干狩   嵐田 双歩 『この一句』  千葉ニュータウン在住の作者だから、舞台は同じく千葉の富津海岸や九十九里浜のどこかであろう。毎年ゴールデンウイークともなれば、恐ろしいほどの数の家族連れが押し寄せ浜は芋の子を洗うような混雑となる。テレビニュースでお馴染みの光景である。 作者の子女は長じており、一家を立てて久しいだろうと思うから、家族の昔の思い出か、あるいは孫を連れての潮干狩り光景かと想像する。言われてみれば「あるある」という経験を句にし、四月例会で最高点を獲得した。軽みのある俳句らしい俳句で、作者の手練れぶりが遺憾なく発揮されていると思うのである。  ここは孫との潮干狩りと場面を想定しコメントを続ける。昭和三十年代の銭湯のような込み具合だから、他の家族の侵入を許さぬよう〝領地を死守〟しながら孫の浅利掻きを手伝う。「ほれ、そこそこ」とでも言いながら中腰がだんだん低くなり、しまいには尻が海水についてしまう。孫も夢中、自分も夢中だから当座はズボンが濡れているのにも気が付かない。それなりに収穫を得て、やれやれと思った瞬間のこと。尻が冷たいのに思い当たり、触ってみれば濡れていたというのだ。  さて、地元漁協の一部は浅利のほか人気の蛤も浜に撒いて集客を誘うようだが、コロナ禍二年目の今年の人出はどうだろうか。 (葉 21.05.07.)

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