冬陽さすステンドグラス亀久橋  向井 愉里

冬陽さすステンドグラス亀久橋  向井 愉里 『この一句』  深川七福神巡り吟行での一句。もともとこの橋は通る予定ではなかった。毘沙門天の龍光院の次は大黒天の円珠院へ向かう予定であったが、ここまでに七福神以外の芭蕉ゆかりの場所や清澄庭園に立ち寄った為に大幅に時間をロスしていた。予約している魚三酒場に「遅れてもいいか」と問い合わせると、超繁盛店からは「次のお客が入っています」とのつれない答え。義理と人情を秤にかけると、当然ながら人情が重たく、大黒天と福禄寿をすっ飛ばして、冬木弁財天へ真っ直ぐ向かうことにした。その為に、予定にはなかった亀久橋を渡ることになったのである。  この橋は仙台堀川にかかっている。詠まれている通り、橋の袂の親柱にアールデコ調のステンドグラスが嵌め込まれている。亀の模様だというが、筆者にはどうしてもそうは見えない。橋梁の上部にも同じ細工があるらしいがそれは気付かなかった。いずれにせよ、この一句は、この可愛らしいステンドグラスに目をつけた、作者の観察眼の賜物である。それと、少々口はばったいが、幹事の時間の読みの甘さの賜物である。その証拠に、この句を採ったのは幹事の中の幹事、いわば主犯格の二人である。深川には多くの名橋があり、それぞれ優美さやユニークさを誇っているが、この橋もそのひとつに数えられるだろう。 (可 22.01.20.)

続きを読む

忠敬も林蔵も居て初歩き     杉山 三薬

忠敬も林蔵も居て初歩き     杉山 三薬 『この一句』  松明けの1月8日、日経俳句会と番町喜楽会は毎年恒例の七福神巡り吟行を深川で行った。その句会でダントツの一席に輝いた一句だ。もっとも吟行句なので、「深川七福神巡り」とでも前書きがないと意味が分かりにくいかもしれない。  伊能忠敬は、江戸時代に実測で正確な日本地図を作った人物として有名だ。50歳で家業を息子に譲り、はるか年下の天文学者に弟子入り。55歳の時に蝦夷(北海道)の測量に出たのを皮切りに、日本各地を実測。以来17年間に渡り全国を歩き、その距離4万キロと言われている。今の門前仲町辺りに住んでいて、測量の旅に出る度に必ず富岡八幡宮に参拝、無事を祈念したという。その縁で富岡八幡宮の参道脇に立派な銅像が建っている。  一方、間宮林蔵は測量技術を伊能忠敬に学び、蝦夷や樺太(サハリン)を踏破。樺太が島であることを実証した。後にシベリアとの間の海峡は間宮海峡と呼ばれ、世界地図に名を残した。晩年は深川に住んでいたといわれ、江東区平野に墓がある。  吟行は、林蔵の墓の前を通り、忠敬の銅像前で解散した。同じ景色を見ていてもぼんやり見過ごした筆者と違い、作者は目敏く着目し、佳句をものした。何と言っても新季語とも言える「初歩き」の斡旋が素晴らしく、人生を歩くことに賭けた二人にぴったりだ。 (双 22.01.19.)

続きを読む

煩悩のやがて消えるや雪達磨   嵐田 双歩

煩悩のやがて消えるや雪達磨   嵐田 双歩 『この一句』  新年1月6日の午後から夜かけて南関東ではかなり雪が降った。東京都心の積雪量は10センチに達し、交通機関の混乱や路面凍結による事故も相次いだ。翌日晴れて気温が上がったため大半はすぐに融けたが、日陰など雪が数日残ったところもあった。句会恒例の七福神吟行が8日に深川で予定されていたため、幹事は肝を冷やしたようだが、表通りの雪は消えて歩行に支障はなく、予定通り催行された。  掲句はその折、路地の日陰で融けずに残っていた雪達磨を詠んだ句である。はかなく融け去る雪達磨に、人間の煩悩のありようを重ねている。吟行句でなくても通じる句であり、そこはかとない禅味を感じて点を入れた。  煩悩とは仏教用語で人間の欲望や妄執をさし、悩みや苦しみの元とされる。しかし煩悩は人間の本性に根ざすものであり、簡単に消し去ることはできない。欲望や妄執に煩わされず、超越して生きられるのは悟りを開いた高僧ぐらいで、凡夫は生涯、煩悩の中でもがいて生きることになる。  達磨は面壁九年で悟りを開いたといわれる。もとより雪の塊の雪達磨に煩悩はない。作者は陽に当たると消え去る雪達磨を見て、煩悩の消えない人間、あるいはわが身に思いを致したのであろう。「消えるや」の「や」は詠嘆ではなく、「消えはしない」の反語と読んだ。 (迷 2022.01.18.)

続きを読む

大黒天弁天ときに相撲部屋     旙山 芳之

大黒天弁天ときに相撲部屋     旙山 芳之 『この一句』  深川神明宮をスタートし、門前仲町の八幡宮を終着とする令和4年の七福神巡り。七日のご開帳期限を一日過ぎてしまった八日(土)の催行であった。寿老人、布袋尊とお参りをすませ、俳句会一行は相撲部屋の集まる一角に差しかかった。もとから両国・深川地区は相撲部屋銀座といってもいいところ。大鵬ゆかりの大嶽部屋、琴風の尾車部屋(親方定年で閉鎖へ)、寺尾の錣山部屋や安芸乃島の高田川部屋。地図を見れば両国寄りに出羽の海、春日野、井筒の各部屋がある。  この作者は下町深川を歩くことはめったにないとみた。ましてこんなに多くの相撲部屋が目の前で見られるとは思ってもいなかったのだろう。時刻は昼下がり。力士たちは朝稽古を終えたあと、ちゃんこを食べて昼寝の真っ最中のようだ。どの部屋も玄関が閉じられ森閑としていたのは、初場所初日を翌日に控えた緊張だったのかもしれない。作者はつぎつぎと出会う福神の祠を巡りつつ、「へー、こんな一つところに相撲部屋があるんだと」思って、出来たのがこの句だろう。  一行は打ち上げ会場を予約した時間の都合上、福神を二つ飛ばしてしまった。実際には大黒天には参らなかったのだが、「大黒天弁天」と目出度いお宝二神を挨拶として置いて、「ときに相撲部屋」とやったのが上手い。七福神参りでありながら思わぬ相撲部屋の数々を見た作者は、大いに満足したに違いない。 (葉 2022.01.17.)

続きを読む

福詣ちらりと戦災殉難碑     今泉 而云

福詣ちらりと戦災殉難碑     今泉 而云 『この一句』  この戦災殉難碑は、1月8日に行われた深川七福神巡りの途中、冬木弁財天で見たものである。正確には「戦災殉難殃死者供養碑」と刻まれている。「殃死」は音も意味も「横死」に同じ。広辞苑に「殺害・災禍などで死ぬこと。不慮の死。非命の死。」とある。深川一丁目、深川二丁目、冬木町の三つの町会によって昭和二十六年に建てられたものである。  隅田川の両岸を走っていると、関東大震災や、先の戦争で亡くなった方の慰霊施設をじつに多く見かける。最大のものは墨田区横網の東京都慰霊堂だろうが、そのほかにも隅田公園の慰霊碑など、公園や神社の一角には必ずあると言っても過言ではない。なかには、両国橋のたもとにある日露戦争戦病没者の忠魂を讃える「表忠碑」や、千住大橋の南にある「八紘一宇」の碑のような、趣の異なる碑もある。  この句は、福詣の道すがら戦災殉難碑がちらりと見えた、と言っているだけでそれ以上は語らない。あとは、新年の無事や健康を祈る「福詣」と「戦災殉難碑」の取合せから、どんなことを読みとるかしか手がない。  今年の正月、ある先輩から「戦争をしてはならない」で始まる賀状を頂戴した。この賀状の送り主の思いと、この句の作者の思いはおそらく同じだろう。どんな理由があっても、「戦争をしてはならない」。なによりも、わたしたちの心のすきまに、うっかりするとすぐに「戦争」は忍び込んでくる。それを止めないといけない。年の始めに改めてそう思った。 (可 22.01.…

続きを読む

番号で呼ばるる検査冬の雨    廣上 正市

番号で呼ばるる検査冬の雨    廣上 正市 『合評会から』(日経俳句会) 三薬 人間ドッグは番号で呼ばれるなあ。忘れていたことを気付かせてくれた。 鷹洋 個人情報保護がうるさいせいで名前を呼ばなくなった。複雑な気持がある。そのへんを詠んで上手い。 三代 番号の無機質さ、冷たさが「冬の雨」と響いている。 方円 病院で番号か名前かどちらで呼びますかと聞かれ、名前にした。そのおかげで、マスクをしていたのだけど、聞いたことのある名前だと声を掛けられ、知人と何十年ぶりにばったり会った。 守 どこか不調で医者を訪れたのか。「ああ面倒だな」というような漠然とした気持が伝わってきました。 睦子 病院も銀行も個人情報対応が細かくなってきました。確かに名前は知られたくないものの、冷ややかさを感じます。 春陽子 人間ドッグの風景か。せめて○〇さんと名前で呼んでほしいですね。 阿猿 番号で呼ばれると自分がモノになったような気になる。寒々とした気分を「冬の雨」に込めた。           *       *       *  昔の監獄は囚人を番号で呼んだ。今の刑務所もやはり番号か。個人情報保護などが行き過ぎると、こうして人間はモノ扱いになる。索漠たる世の中を鋭く抉る句である。(水 22.01.14.)

続きを読む

冬の日や賽の河原の石の音   谷川 水馬

冬の日や賽の河原の石の音   谷川 水馬 『この一句』  不思議な句である。理詰めに考えると、よくわからない句なのだが、なんとなく分かるような気になってくるのが不思議なのである。  そもそも「賽の河原」など誰も見たことはない。人が死ぬと冥途への旅で三途の川を渡るのだが、その手前に賽の河原がある。そこでは幼くして死んだ子供が親不孝という大罪を償うために、「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため」と詠いながら河原の石を積んで仏塔を作り、親不孝を詫びる。すると鬼たちが出てきて、せっかく積んだ石を突き崩してしまう。子どもたちは泣きながらまた積み直す。すると又、鬼どもが突き崩す。最後には地蔵菩薩が現れて鬼どもを追い払うという「救い」があるのだが、とにかく死にたくもないのに死んでしまった幼児をさらに苛めるという残酷物語だ。  これは正統な仏教経典には無く、中世日本で生まれた説話のようだ。夭逝した子はあの世へ行ってもなかなか浮かばれない、だから心して幼児を亡くすことのないように気をつけよ、という親に対する教訓なのか。  この句は、その石積みの音、突き崩される石の音が聞こえるというのだ。なんとも寒々しい。作者の心に何らかの屈託があったのかも知れない。冬の日の夕暮れ、ぐんと冷え込んできた中で、転がる石の音が響いたのかもしれない。 (水 22.01.13.)

続きを読む

冬の日を向うのビルが捉ふ刻  髙橋ヲブラダ

冬の日を向うのビルが捉ふ刻  髙橋ヲブラダ 『おかめはちもく』  冬陽は低い角度で射してくるから、とてもまぶしい。南北方向に屏風のように建つビルの西側は夕方になると、冬の西日がまともに当たって全面鏡のように真っ赤に反射する。この句の作者は、そのビルを北西側のかなり遠くから望む所にいるのだろう。遠く離れているのに、きらきら輝くビルが巨大な反射板のように目を射る。とてもまぶしい。しかし冬の落日の速度は速い。見る見るうちにあたりは夕闇が濃くなり、ビル側面の炎のような赤も灰色がかって行き、やがてぼんやりとして、闇にまぎれてしまう。  この句は、そうした冬の夕方のひと時を詠んだもので、日沒直前のビルが真っ赤に燃え立つ一瞬を鮮やかに切り取った。とにもかくにも、ビルを燃え上がらせる冬の落日は印象的である。人に何か物思わせる雰囲気である。  しかし、「捉ふ刻」という言い方が良くない。冬の落日を向うのビルが全面に「受け止める刻」、さらにそのビルが落日をしっかり掴んでしまった、という意味なのだろうが、文法からしてもこの言い方はおかしい。「捉ふ」は「しっかり掴む」「捕らえる」という動詞の終止形である。だからこの句の場合は連体形の「捉ふる刻」としなければならない。  いっそのこと下五を「捉ふる刻」と六音の字余りにしてしまったらいかがなものか。却って印象が強まるのではないか。字余りも時には意外な効果を発揮する。 (水 22.01.12.)

続きを読む

冬の蝶ビルの植込み避難場所   久保 道子

冬の蝶ビルの植込み避難場所   久保 道子 『この一句』  冬の蝶の居場所と言えば、昔は里山の南斜面のクヌギやコナラの落葉が降り積もったくぼみや、住宅の庭の石灯籠の裾の庭木の陰などだった。今や里山は切り崩され、町は道路が舗装され、土が無くなってしまった。住宅街は細分化されて石灯籠や蹲居(つくばい)を据える庭も無い。都会には虫の這い出る隙間も無くなってしまったのである。  ところがどっこい、冬蝶は都心にも生きながらえていた。ビルとビルに挟まれた小さな公園や植え込みを栖にするようになったのだ。  日本の経済活動の中心である千代田区大手町。第二次大戦後の廃墟から立ち上がって、真っ先に整備された地区だが、バブル絶頂期から崩壊に至る2000年から2010年頃、ビルの寿命や使い勝手の悪さが目立って来て、次々に建て替えられるようになった。それが令和の昨今、一わたり済んで、世界にもまれに見る美しい都心に生まれ変わった。30階、40階という、地震国にはあるまじき高層ビルを作り栄華を競う。そうした高層建築の建蔽率とか用地率とかによるものだろう、ビルの周囲にはかなりの空地が作られ、それが貴重な緑地を生む。限られた窮屈な空地だが、れっきとした「大地」であり、かなり大きな木も茂らせることが出来る。都心散歩をしていると、なるほどなあ、こんなふうにして人工林が出来るんだなあと感心する。  植え付ける木々の根方には虫の卵が巣食っている。それらが孵って、都心生まれの昆虫が育つ。厳冬でも周囲のビルの保温によって、虫…

続きを読む

冬の日のぬくみを膝に靴磨き  玉田 春陽子

冬の日のぬくみを膝に靴磨き  玉田 春陽子 『合評会から』(日経俳句会) 迷哲 玄関先の小春日。「ぬくみを膝に」が上手で実感がこもっている。 実千代 「ぬくみみを膝に」がジーンときた。「冬の日」の季語の情景が一番よく分かった。 二堂 靴磨きは玄関でやる。本当に冬の日差しが当たっているだろうかとも思ったが、これは日向で膝に靴を乗せて磨いているのでしょう。 鷹洋 現役の頃を思い出した。テラスで磨いているのもいいもんだなあと。 青水 皆さんと同じ。 可升 いかにもポカポカしていて長閑な句です。 明古 冬の日差しは室内に斜めに入って来ます。ちょうど膝に日が当たる玄関で靴を磨いている。 水馬 「ぬくみを膝に」という中七が良い。           *       *       *  靴磨きは意外に億劫なものだ。毎朝、出掛けに汚れに気がついてそそくさと拭い、「今度の日曜日にやろう」なんてつぶやきながら、忘れてしまう。そして、とある冬日和の日曜日、意を決して、と言ってもそれほど持っているわけではない、二、三足の靴を取り出し、玄関先の日溜まりに腰掛けを据えて磨き始める。やり出すと俄然、凝ってしまう。冬陽のぬくもりを浴びて、無念無想。憂き事を忘れる一刻である。(水 22.01.10.)

続きを読む