春浅し遺影にゴディバのチョコですよ 山口斗詩子
春浅し遺影にゴディバのチョコですよ 山口斗詩子
『合評会から』(番町喜楽会)
光迷 わが家でも父の遺影にチョコレートを供えます。この句はちょっと破調ですが、「ゴディバ」に心尽くしのという意味が込められているのでしょうし、「チョコですよ」という口語調も親愛のほどを物語っており、いいと思います。
青水 今は亡き愛しき夫へ、ハート形のチョコをささげながら、ひねもす語り続ける。そんな姿が季語の向こうに見えてきます。
水牛 投句を取り纏めている関係で、作者が分かっているのですが、バレンタインなどと言わずに二月十四日と判らせ、亡くした夫を偲ぶ気持があふれていて、実にいい句だと思います。お酒が一滴も飲めなかったご主人の仏壇に好物のゴディバを供える作者の姿が浮かびます。
誰か 我々の年代(喜寿やら米寿やら)からすると、バレンタインデーのチョコといえば、やっぱり「ゴディバ」なんでしょうね。
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ローマの聖バレンタインが殉教した日が「愛の日」と定められ、恋人同士や夫婦間でプレゼントを交換するのが本来の格好だとか。それがなぜか、日本では女性から男性へチョコレートを添えて愛の告白をするというものに変形してしまった。さらに一か月後のホワイトデーにはお返しを、と。この習慣、同性婚、夫婦別姓の時代になろうとも…なのだろうか。
(光 26.02.13.)
