胎内の記憶語る子春ともし     徳永 木葉

胎内の記憶語る子春ともし     徳永 木葉

『この一句』

 句会終了後、エレベーターで一階に降りた後、鈴木好夫氏(医師)と句の作者のやり取りが興味深かった。「胎児に胎内の記憶はないでしょう」(鈴)、「いや、本当に記憶を話す人がいますよ」(徳)、「実際に証明されたら大変なことだ」(鈴)、「親の言葉は胎児に聞えているそうですし」(徳)
 幼児の頃の記憶は人によってさまざまだ。私は三歳当時、母方の祖父の通夜を覚えている。それ以前の記憶も当然あるはずだが、忘れてしまうのだろう。そうなのだ、忘れるのだ、と私は気づいた。記憶のいい子なら二歳時、一歳時のことは覚えているはずだし、さらに胎内のことも・・・。
 子供が話し始めるのは一歳過ぎからだという。その頃、胎内の記憶を語っているのかも知れない。しかしやがてこの世の記憶が積み重なり、胎内のことは忘れ行く。私はとても面白い句だと思っていたが、以上の会話に口を挟むことなく、酒場に向うお二人と別れた。神田の春燈が瞬いていた。(恂)

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