春の雨来るらし鶫せはしなし     高井 百子

春の雨来るらし鶫せはしなし     高井 百子

『季のことば』

 北へ帰る日が間近に迫ったツグミ。長距離飛行に備えて体力をつけようと懸命に餌をついばんでいる。ちょんちょんちょんと跳ね回り地面をつつき、周囲を見回し、また、ちょんちょんと。本当に忙しないねえ、でも雨が来る前にせいぜい食べておかないと・・。作者の温かい眼差しが感じられる。
 この句について句会合評会では「鶫は秋の季語じゃありませんか」という声が上がった。その通りで、鶫は秋十月、大陸から大群を成して渡って来る印象が強いので秋の季語になっている。しかしこの句は春の雨が今にもやって来そうな、不安定な天気を鶫の所作に託して詠んだものである。鶫の特徴を遺憾なくうたい挙げているが、この場合は「春の雨」の呼出し役である。
 現代俳句では特に昭和以降、「季重なり」を誡める風潮が際立つようになった。季語同士が干渉しあって、主題が何だかはっきりせず、印象の薄い句になりがちというのがその理由。しかし、この句のように春先の変わりやすい天気を詠んだものとはっきり分かれば、たとえ季重なりであっても問題は無い。(水)

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