建国日このごろ聞かぬ日本晴      大下 綾子

建国日このごろ聞かぬ日本晴      大下 綾子

『この一句』

 句を見て建国日は「晴れの特異日」だったような気がしたが、調べたらそうではなかった。文化の日や体育の日も最近の統計では晴れの特異日ではないらしく、天候の面では祝日も普通の日と考えた方がよさそうだ。ならば建国日と日本晴の関係は? この答えを出すのは、かなり難しそうである。
 建国記念日の前身・紀元節は敗戦後に消滅している。その後、与党側の法案提出、野党側の反対による廃案を繰り返すなど、かなり強引な国会審議を経て、建国記念日が出来上がった。ところがその昔の紀元節と同じ日あることなどから、国民の間にも未だ、しっくりしないものが残っている。
 再び掲句を見つめ直し、辞書で「日本晴」を調べた。その第一義は「雲一つない快晴」だが、第二義の「心にわだかまりが全くないこと」にはっとした。私の場合、建国日にも「日本晴」という語にも「わだかまり」を感じざるを得ないのだ。それは何故かと、この句は問うているのだと思う。(恂)

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