父逝って炬燵が広し屠蘇を酌む     中沢 義則

父逝って炬燵が広し屠蘇を酌む     中沢 義則

『季のことば』

 正月の「屠蘇」は中国唐時代(618~907)に始まった風習だが、今や日本だけに残っている。しかし日本でもこの奥床しい「屠蘇の祝い」を行う家が年々少なくなっているようで、その内に忘れられてしまうかも知れない。
 暮れになると薬局が、山椒、細辛(さいしん)、肉桂、桔梗、乾姜(かんきょう)、白朮(びゃくじゅつ)、陳皮(ちんぴ)など生薬を袋に入れた「屠蘇散」を売り出す。これを酒と味醂を混ぜた中に浸したものが屠蘇酒である。漆塗りの盆に載った三つ組みの盃と銚子を神棚の前や床の間、あるいは飾り棚に飾り、元旦、屠蘇散が染み出して芳香の漂う屠蘇を酒器に注ぎ、一番幼い者から順繰りに頂く。これで無病息災・不老長寿間違いなし、「お目出度うございます」となる。
 この句は亡父の喪が明けた正月風景。炬燵でお屠蘇とはかなりくだけた様子だが、伝統をしっかり守っているところが立派だ。一昨年の正月には老父が坐っていたところがぽっかり空いて、目出度さの中に一抹の寂しさをもたらす。新年詠としては珍しい情景を詠んだ句で、ちょっとしんみりもする。(水)

この記事へのコメント