冬茜篭に入れてと孫ねだり 渡邉 信
『季のことば』
この句、どういう場面なのか、と少し考えた。農村の冬の夕方だろう。西空に夕茜。孫が「篭(かご)に入れて」と祖父にねだった。野良仕事を終えた時だ、と気づき、様子が見えてきた。仕事を終えて、祖父らが「さあ帰ろう」と歩き始めたら、孫が「篭の中に入れて(家まで背負って行って)」と祖父にせがんだのだ。
秋の収穫後、春の種まきの前など、冬季の畑仕事もいろいろとある。保育園に行く前の子は畑に連れて行って、夕方まで近くで遊ばせておく。祖父は、手を繋いで帰ればいい、くらいに考えていたのだが、孫には甘え心がある。祖父は「そうか、そうか」と相好を崩して孫を抱き上げ、「よいしょ」と篭に入れたのだと思う。
いつ頃のことだろう。現在でももちろんあり得るが、何十年も前の、幼少時の記憶によるものかも知れない。作者は福島から上京、自力で会社を興し、経営はすでに息子に任せているという。季語「冬茜」に誘われ、昔の思い出が甦ってきたのだと思う。素っ気なく詠んでいるようだが、句を覆っているのは郷愁である。(恂)
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