初孫を授かりし日は冬茜      田村 豊生

初孫を授かりし日は冬茜      田村 豊生

『この一句』

 作品が「真実かフィクションか」で、句会の話題になることがある。私は「どちらでもいいじゃないか」というスタンスだが、この句に関して言えば「ほぼ事実だろう」と感じた。なぜなら私は、孫を授かった日の病院の窓から見えた富士山などの景色を、かなりはっきりと覚えているからだ。
 ならば他のことは、と自問しても、はっきりと目に浮かぶような記憶はあまりない。子供たちには申し訳ないが、誕生の時の思い出は孫の時ほど鮮明ではない。子供と孫の誕生時の間には、何十年もの時が流れているのだから当然ともいえるが、単にそれに留まらない何かがありそうな気がする。
 孫の誕生の頃はおおよそ、人生終盤の入り口といった辺りだ。来し方を振り返れば記憶に濃淡があるのも当然である。作者は八十歳代の半ばに近い。少年時代は満州(中国東北部)で過ごしており、苦楽のさまざまな思い出があるという。同じ句会に「大陸を錦に染めし冬夕焼」の句も出している。(恂)

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