一湾の暮れてかすかに鴨の声 髙石 昌魚
『この一句』
シベリアや中国東北部から渡って来た鴨の集う、初冬の内湾の雰囲気が実によく表れている。水平線の彼方に日が沈み、シルエットになっていた鴨の群れがいつの間にか見えなくなり、海は急速に暗くなる。その中に鴨の声だけが響く。句形整然、古の名句を見るようである。芭蕉の「海くれて鴨のこゑほのかに白し」を思い出させる。
鴨には陸地の湖沼河川を越冬地にする真鴨(青首とも)、小鴨、尾長鴨、嘴広鴨(ハシビロガモ)などと、鈴鴨、黒鴨、秋沙(アイサ)など海(湾内)を住み処にする種類がある。キンクロハジロ、ミコアイサなど、淡水でも海水でもいい鴨もある。寒いとは言っても、鴨たちにとって日本の冬は温暖で、餌も豊富な天国なのだろう。冬の間、ここでたっぷり栄養を摂って、伴侶捜しをする。そして春になると相携えて北方大陸へ帰り、産卵し雛を育て、一人前に飛べるようになった晩秋、その若鳥を連れてまた日本に戻って来る。
何を好き好んでこんな長距離移動をしなければいけないのか、などというのは人間の浅知恵である。鴨は天然自然の理に従っているだけである。(水)
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