昼の月目指す歩荷や大枯野     谷川 水馬

昼の月目指す歩荷や大枯野     谷川 水馬

『この一句』

 歩荷(ぼっか)とは重い荷を背負い、山小屋などに運ぶ人のこと。背中の荷を頭よりもずっと高く積み、休息の時も下ろさない。百舛らいは楽々だそうで、尾瀬に行ったとき、「ここにはタクシーは来ないから、動けなくなったら歩荷に背負われ、下まで運んでもらうことになる」と聞いた。
 掲句は何といっても「昼の月目指す」がいい。歩荷はみな黙々と歩き続けるのだ。尾瀬の屈強な歩荷の中に、やせて背が高く、眼鏡を掛けた若者を見かけた。彼は休息の際、背の荷物はもちろんそのままに、ベンチに座り文庫本を読んでいた。やがて立ち上がり、またゆっくりと木道を歩き始める。
 句の「大枯野」は尾瀬を置いて他にない、と思う。新潟、群馬の三県にまたがる盆地状の高原である。見渡す限りの草原は秋が深まると枯れ尽くし、晴れた日は黄金色に輝く大枯野となる。小屋は今年も十一月初めには閉じられたという。歩荷の若者は今も何処かを目指し、歩み続けているのだろう。(恂)

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