古びゆく兵士の墓石終戦日      前島 幻水

古びゆく兵士の墓石終戦日      前島 幻水  

『この一句』

 新しい墓苑で周囲を見渡すと、時の流れを感じざるを得ない。正統派「先祖代々の墓」などは既にクラシックの部類だ。著名人や市長、代議士など一代限りも同様である。墓を守り、管理を子孫に任せる伝統も変化して、子供や孫たちに負担を掛けたくない、と考える人も少なくない。
 まして日清・日露戦争以来の「○○上等兵の墓」のような、戦死慰霊の墓は「古びゆく」一方である。墓を建てた当時の家族や周囲の人々の気持ちを考えてみたい。戦争のために命を捧げた父や兄たちは地域の英雄であり、遺族は悲しみの中に誇りの気持ちを抱いていたに違いない。
 それらの墓石の持つ意味は時代とともに大きく変化した。第二次大戦を経てみれば、墓の主たちは国家の無謀な政策の犠牲になったことが明々白々。八月は敗戦を考える季節であり、旧盆もある。兵士の墓石に役割はあるのか? 不戦を誓う“よすが”にすべき、と私は思っている。(恂)

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