春光にここち良き風七回忌     大平 睦子

春光にここち良き風七回忌     大平 睦子

『この一句』

 句会で「誰の七回忌だろう」という声が聞こえたが、推測すればそれなりに状況が見えてくる。故人は親か兄弟か、親しい間柄の親族だったのだろう。一周忌や三回忌なら、悲しみの雰囲気が残っている。六年目の七回忌になってようやく、春光や風を「ここち良き」と感じ取れたのだ。
 掲句を少し離れた場所から眺めていると、「ここち」という仮名書きが、柔らかく、優しく感じられる。「ようやく春が来ましたね。あなたはこのような季節に亡くなったのですね」。悲しみの薄らいできた作者は生前と同じような気持ちで、素直に故人と会話を交わすことができたのだ。
 七回忌、十三回忌など重要な回忌の決め方は、なかなか興味深い。初期の法事は悲しみが残り、やがて故人の懐かしさが語られ、残された家族・親族たちの団欒の場となっていく。春光の溢れる中、孫や曾孫が故人の写真と対面することもあるだろう。故人はなお家族の一員なのである。(恂)

この記事へのコメント