瘡蓋のごと年重ね暮れてゆく    廣田 可升

瘡蓋のごと年重ね暮れてゆく    廣田 可升

『合評会から』(番町喜楽会)

満智 瘡蓋(かさぶた)のように年を重ね…。何となく分かります。
而云 傷があるから瘡蓋が出来る。傷を覆い、見かけを繕い、そんな風にしながら年を過ごしていく。政治も、大相撲も…。いろんなことを考えさせられる。
水牛 汚らしい感じもするが、言っていることは分かりますね。
数人から 「しかしこの句、ムードがないな」「治りきっていないから、瘡蓋があるんだ」などの声も。
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 瘡蓋は見た目がよくない。剥がれれば痛いし、血も出てくる。しかし瘡蓋の働きがあって人間は生きてこられた。日本という国にも瘡蓋があちこちに出来上がっている。ひどい政治が代表的な犯人で、世の中のあちこちに傷がつくのだが、瘡蓋の役割を担う人々がいて、傷を繕いながら、年を重ねていく。
この句、季語は「歳暮るる」である。ただし一年だけではない。去年も今年も、そして来年も、という意味をくみ取ることができよう。見た目は汚らしくとも含蓄のある、瘡蓋のような句である。この句は。(恂)

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