独り居の病の床の身にしみて     山口 斗詩子

独り居の病の床の身にしみて     山口 斗詩子

『この一句』

 「この句を読んでいて、私が一人になったらどうなるのかななんて考えたら、ほんとに心細くなってしまった。これは身にしみます」と心情を吐露した人がいた。まさにその通り、七十歳を過ぎた人がこの句を見れば、誰しも胸を衝かれるだろう。
 「お前百までわしゃ九十九まで共に白髪の生えるまで」という俚謡がある。どっちが先に逝くか分からないけれど、出来ることなら二人揃って同じ齢頃まで生きていたいものだというのだ。しかし現実はなかなかうまく行かなくて、どちらかがかなり先まで独り居を続けざるを得ないようになることが多い。
 元気なうちはまだいい。世話を焼かせてばかりのお山の大将が居なくなって、しばらくは開放感を味わうことも無いことはなかった。しかし、病気で寝込んだりするといっぺんに心細くなる。「あんな宿六でも居てくれるだけで心丈夫だったんだなあ」などと、一人には広すぎる感じの寝室の天井を見つめながら、来し方をあれこれ思い出している。季語が「付過ぎ」という評が出るかも知れないが、一人臥せっている身の実感をそのまま述べて、読者の胸を締め付ける。(水)

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