朝顔市手持ち無沙汰の法被かな     谷口 命水

朝顔市手持ち無沙汰の法被かな     谷口 命水

『この一句』

 朝顔市(夏の季語)を詠んだ句だが、朝顔の鉢や咲き方、入谷鬼子母神周辺の情景などではなく、「手持ちぶさた」の売り子に焦点を絞っているのが面白い。
 朝顔市は日本各地の盛り場や大規模な団地のイベントとして開かれている。しかし、朝顔市と聞いてすぐに思い浮かべるのは東京・入谷鬼子母神である。江戸時代、入谷、下谷あたりは低湿地で田圃や蓮沼が広がり、野菜や草花・植木を栽培する農家が集まっていた。それらが毎年七月六、七、八日(旧暦)に鬼子母神境内に自慢の鉢を並べたのが朝顔市の始まり。江戸後期には大変な賑わいを見せた。明治大正と盛衰を繰り返しながら続いていたが、付近一帯が都市化で栽培農家が千葉や埼玉に移ってしまったことと、戦争によってあえなく終結。昭和30年代にようやく復活した。
 朝顔は早朝の花。朝顔市も早朝こそ見栄えがあり、客も賑わう。昼頃になると朝顔はしぼんでしまい、蒸し暑く、人出はばったり途絶える。この句の売り子は、真新しい紺のハッピにねじ鉢巻きの男勝りで元気のいい娘さんではなかろうか。葦簀の蔭で欠伸を噛み殺している。(水)

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