五月闇遠く昭和のカーバイト    野田 冷峰

五月闇遠く昭和のカーバイト    野田 冷峰

 『季のことば』

 五月ほど人々に好かれる月はない。ある老境の人は「あと何回、五月に会えるのか」と語っているほどだ。ところが旧暦に従っている俳句の場合、事情が大きく変わって来る。立夏、すなわち夏の初めは、太陽暦の五月五日頃。季節の到来は一カ月ほど早く、旧暦の五月は梅雨の季節なのだ。
 そんな陰鬱な頃の「五月(さつき)闇」。夜の闇のほかに、昼なお暗い森の中などの形容にも用いられている。この句はどちらにも通じるが、夜中に神社とか寺の脇を通りぬけた場面を想像したい。参道の奥にちらつく明りを見て、作者は祭や夜店でお馴染だったカーバイトの灯を思い出したのだ。
 カーバイトは炭化カルシウムの俗称だという。第二次戦後間もない頃、これを燃料としたランプが夜店の灯りなどに用いられ、妙な匂いを発していたような記憶がある。作者は闇の奥の灯りにカーバイトランプを思い出し、心の中に昭和時代が甦ったのだ。平成も残り少ない。昭和はますます遠くなる。(恂)

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