牡丹抜き芋と替へたる悪夢かな     直井  正

牡丹抜き芋と替へたる悪夢かな     直井  正

『おかめはちもく』

 この句を見た途端に昭和十八年頃が甦った。当時、我が家は横浜ガーデンという小動物園を配した植物園兼花卉販売業を行っていた。大きな温室が六棟連なり、洋蘭が華麗な花を咲かせ、背の高い中央温室にはバナナ、マンゴー、パパイヤなどが実っていた。もちろん無料で公開していたから、近郷近在の人たちの遊覧の場所になっていた。それが、太平洋戦争の激化で、「この非常時に花や熱帯果物とは何たることか」と、軍部とそのお先棒を担ぐ在郷軍人会とか何とか会とか、あれこれの人たちが居丈高に文句をつけて来て、横浜ガーデンはあえなく閉店ということになってしまった。花畑はすべて芋畑や麦や陸稲の新品種育成の実験場になった。無念やるかたないといった父の様子を今でも覚えている。
 この句はまさにそれを詠んでくれている。ただ「芋と替へたる」がちょっと分かりにくい。もしかしたら牡丹の名木を抜いて、泣く泣くサツマイモと物々交換したとも解釈出来る。しかし、やはり素晴らしい牡丹を断腸の思いで抜き、芋畑にせざるを得なかったと取る方が自然で、印象も深まる。そうであれば、「芋を植えたる」と普通に言った方が良かったのではないかと思う。
  牡丹抜き芋を植えたる悪夢かな          (水)

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