遠き日の思ひ出よぎる夕薄暑 久保田 操
『この一句』
薄暑は字の通り、あまりひどくない暑さ。五月中旬から六月初旬の、晴れて少し汗ばむほどの暑さを言う。ああやはり夏なのだと思わされる頃合いである。
日盛りの街を少し長歩きしたりすると、真夏と変わらないほど消耗することがあるから油断出来ない。それだけに夕方になって日差しが落ちるとほっとする。真夏と異なり、この時期の夕方の風はかなり涼しく、サマーカーディガンを羽織ったりする。そうしてベランダに腰掛けるひとときが実に心地良い。こういう時はビールだと少々忙しない。スコッチのオンザロックか、きりっと冷やした純米吟醸をゆっくり味わう。
この句はさしづめそういった情景での一句ではなかろうか。暮れなずんで来る中を、ただぼんやりと座っていると、いつの間にか昔のことが次々と浮かんでは消えてゆくのだ。この句の「遠き日の思ひ出」は、作者の心に刻み込まれた印象深いたった一つの思い出なのかもしれないが、夕薄暑の中で「よぎる」ということからすると、複数の思い出が回り灯籠のように・・・と解した方がいいかなと勝手に思った。(水)
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