本閉じて街の音聞く日永かな 大倉悌志郎
『この一句』
作者はその日の午後を、読書で過ごしておられたのだろう。「もうこの辺で」と頁に栞を挟み、本を閉じる。気持が書物から離れたとたん、街の物音が耳に入って来たのだ。春も終りに近い、日永の頃である。窓を開け放つというほどではないが、風が少し通る程度に開けていたのではないだろうか。
私(筆者)は長年、ものを書くことを仕事にしてきたので、書物を書棚から取り出すことはもちろん多い。ところが読書に親しむ、という気分を味わったことがほとんどないのだ。原稿を書くために必要なネタを集めるという前提があるので、お目当ての記述を見つければ、本は書棚に元通りなのである。
この句を見て、日暮に近い頃、書を閉じて街の音を聞くとは、格好いいなぁ、と思った。句自体の出来もいいが、それ以上に作者の生活が羨ましかった。私も真似て見よう、と本を読み始めてみたら、習い性がすぐに顔を出した。興味深い個所に出会うと読むのを止め、メモをとってしまうのである。(恂)
この記事へのコメント