残されし枝の空き巣や柏餅     高井 百子

残されし枝の空き巣や柏餅     高井 百子

『おかめはちもく』

 最近、二つの句会に「柏餅」の兼題が出て、この季語は取合せが豊富にきく、と感じていたが、掲句に関しては初め、「どうかな」と思った。「枝に残る鳥の空き巣」と「柏餅」の取合せは「離れ過ぎ」ではないだろうか。ところが句を何度か眺め直しているうちに、一つの情景が浮かんできたのだ。
 広い庭があり、大きな木があり、その高枝に何かの鳥の巣が残っている。縁側か窓際の部屋に作者が座っていて、「あんな所に鳥の巣が」に気付く。枯葉は落ち尽し、新芽が伸び始める頃。皿の上の柏餅に手を伸ばし、葉を取り、賞味しながら、まだ鳥の巣を眺めている。季節感もあって、悪くない、と思う。
 ただし読み直して上五と中七に違和感が残った。「残されし」と「枝の空き巣」のつながりが何となくすっきりしない。まず上五は、「高枝に」と行くべきだと思う。そうすると芽立ちの始まった頃の大きな庭木の向うに、五月の空が見えてくるのではないだろうか。ふと気づけば鳥の空き巣が――。(恂)
 添削例  高枝に鳥の空き巣や柏餅

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