春一番辞令に知らぬ名増えにけり 流合 研士郎
『この一句』
春一番が吹く頃は人事異動の発令シーズンでもある。四月の年度替わりに合わせて人事異動を行う会社が多く、その内示と発表が三月に行われるのだ。外国や遠隔地への異動の場合はかなり前に知らされることもあるが、大概は春先突然にということになり、会社人間にとってはドキドキする時期である。
この句もそうした人事異動を詠んでいるのだが、異動当事者ではない人間の感懐を詠んだところが珍しい。異動発表資料にずらずら並んだ氏名の中に、顔を知らない人がずいぶん増えたなあと言っている。つまり、いつの間にか自分が年をとってしまったことに気が付かされたというわけである。日常の仕事で関係の無い部署の人間でも、年上や年の近い連中は大概分かる。しかし、ずっと後輩となるともう分からない。同じ社内の人間でありながら、そういう「見知らぬ人」が年々増えて来る。
「年々歳々」とか「馬齢」とか、そんな言葉が次々に浮かんで来て、しばし春一番にざわつく街路樹を見やっている。「台所」は俳句になるが「会社」は無理と言われるが、この句などなかなか味がある。(水)
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