墨跳ねのやうに蝌蚪散る池の底     高瀬 大虫

墨跳ねのやうに蝌蚪散る池の底     高瀬 大虫

『おかめはちもく』

 蟇蛙(ひきがえる)はガマガエルとも言い、このオタマジャクシは小さくて真っ黒で、無数に生まれ、小川の流れがゆるやかに水たまりのようになった所や、池の縁にごちゃごちゃと塊になっている。何かに驚くとぱっと散り、まさにこの句のようになる。とても面白い句だ。
 「墨跳ね」とはあまり一般的な用語ではないが、前衛書道やグラフィックデザインの世界では意識的に墨汁を散らすことで特殊効果を生む技法とされているようである。最近では墨汁を飛ばすことなどせずに、コンピューター操作により、モニター画面上で墨跳ね模様を描き出すことも行われている。
 とにかくオタマジャクシが散ったことを墨跳ねと言ったのはとても新鮮だ。しかし、「やうに」がどうであろうか。「何々のようだ」とか「如し」というのはどうしても印象を弱めてしまう。ずばりと言い切った方がいいのではないか。四字熟語を安易に用いるのは好ましいことではないのだが、この場合は逆に強い印象を与えるのではないかと、使ってみた。この段階になると「添削」と言うよりは「好み」の範疇に入るが、まずは参考事例として・・、
 蝌蚪散って墨痕淋漓池の底                 (水)

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