鶺鴒や目をうばはれて散歩道     堤 てる夫

『おかめはちもく』

 鶺鴒に目をうばはれて散歩道     堤 てる夫

 切れ字は句作に便利なものだが、使い方はなかなか難しい。「かな」「けり」という切れ字は末尾に据えられて余情、余韻を醸し出す。「や」は主として上五の末尾に置き、そこで大休止、読者にあれこれ想念を広げてもらう。そして、中七・下五で新しいことを述べ、上下二つのフレーズの響き合いによって新たな世界を提示する役割を果たす。
 というわけで、「や」で切ったら、その下の中七・下五は上五とは別の事を言う方がしゃきっとする。しかしこの句は、「鶺鴒や」と切っておきながら、「目をうばはれて散歩道」と鶺鴒によってもたらされた情景をもう一度詠んでいる。
 ただ古来、「や」で切ったにも拘わらず、また上五を敷衍している句がかなりある。芭蕉にも「鶯や餅に糞する縁のさき」「鶯や竹の子藪に老を鳴」などがある。「や」で切ってから、中下十二音字で鶯の様子を蒸し返している。
 「俳聖に作例があるのだからいいじゃないか」と言う人もあろう。しかし、それは盲目的信仰というものであり、俳句づくりとは違う。やはりこの句などは素直に「に」として切れの無い一物俳句にした方がいいと思う。(水)

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