ガラス戸は孫の描きし花野かな     澤井 二堂

ガラス戸は孫の描きし花野かな     澤井 二堂

『この一句』

 妻、夫、子ども、孫など肉親を詠むのはとても難しい。どうしても甘ったるくなってしまい、読まされる方は辟易する。逆に伴侶や子や孫を罵ったり軽侮したりする句が稀にあるが、そういう類には嫌悪感がつきまとう。
 どんなに冷静に客観的に詠もうとしても、情が先に立ってしまうのだろう。俳句初心者の場合はべたべたに甘い句になってしまうし、手慣れた人の場合は平静を装う余り白々しさが表れてしまう。というわけで、「妻、子、孫を詠むのは止めなさい」と誡める先生もいる。
 しかし俳句は「存問(挨拶)の詩」と言われ、日常茶飯事、行住坐臥のあれこれを題材にすることが多い。最も身近な存在である妻子や孫を句材にしてはいけないというのは不合理である。
 自由に大らかに詠めばいいと思う。ただし、妻子孫俳句でいい物は古今皆無と言っていいほどであるということをわきまえておくべきであろう。その点、この句などは出色である。孫のいたずら描きを消さずにおくなど孫バカもいいところだが、それが何とも微笑ましく感じられる句になっているのがいい。(水)

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