みはるかす盆地を湖に朝霞 井上 庄一郎
『この一句』
朝霞が盆地一帯を覆っている。風はなく、霞は動かず、湖のように見える。そんな風景をこの句は「盆地を湖(うみ)に」と言い切ったのが素晴らしい。確かにこういう風景に出会ったことがある。盆地とは山に囲まれた平地だから、日本中にたくさんあるはずだが、私が見たのはどこだったのだろう。
奈良盆地、京都盆地、甲府盆地、猪苗代盆地、北上盆地。善光寺平や伊那谷も盆地だし。高いところから見下ろしたはずだが、飛行機からではなく、山の上からでもない。バスだろうか、鉄道だろうか。いくつもの風景が浮かんでくるが、実景なのか、霞と霧のどちらだったかさえ、はっきりしない。
「みはるかす」の漢字表記は? と調べたら「見霽かす」と書くのだった。実は私の頭にすぐ浮かぶのは片仮名の「ミハルカス」だ。半世紀も前、三冠馬シンザンに戦いを挑んだ名馬の名である。思考がこんな風に変わるのは年のせいに違いない。さて私の「盆地を湖に」の風景は、まだ霞の中にある。(恂)
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