遊戯機の悲鳴も春の報せかな     前島 厳水

遊戯機の悲鳴も春の報せかな     前島 厳水

『この一句』

 この句を見た時、即座に小石川後楽園が浮かんだ。水戸徳川家初代頼房が上屋敷として造り、二代光圀(水戸黄門)の時代に完成した名園である。今日では東側半分が後楽園ドーム球場や遊園地など雑踏の巷になっているが、白漆喰と瓦屋根の重厚な築地塀に囲まれた園内は、松や楓、大きな常緑樹が鬱蒼と繁り、これが東京のど真ん中かと思うほどの静けさに包まれている。
 突如、何かが崩れ落ちてくるような轟音とともに、「キャアーッツ」という悲鳴が降って来る。遊園地のジェットコースターが急降下するのが樹木越にちらりと見える。
 喚声と轟音が遠退くと、江戸の名園はもとの閑寂を取り戻す。これをひねもす周期的に繰り返す。そのうちに慣れてしまって、松原のベンチに腰掛け、大泉水の真ん中の蓬莱島を眺めていると、若い男女の楽しそうな悲鳴も春を告げるバックグラウンドミュージックのように聞こえる。字余りにはなるが「ジェットコースターの」とした方が「遊戯機」よりは良いのではないかなどとも思ったが、とても楽しい句である。(水)

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