書初めの墨する音やしずかなり      吉田 正義

書初めの墨する音やしずかなり      吉田 正義

『この一句』

 作者は小学生の頃から書道をやっていた人である。大学時代あたりからはウエスタン音楽や柔道に力を入れ出して、書は二の次、三の次になったようだが、今でも正月になれば筆をとり、真っ白な紙に向かう。いや、その前に一仕事があった。書初めともなれば硯に水をたっぷり入れ、墨を摩らねばならない。
 現今、通常の書の稽古なら大方の人は墨汁を使用するのだろう。昔に比べると墨汁の質は上がり、文房具店の主人は「墨を摩った字と見分けはつかないはずですよ」と言っていた。そうかも知れないけれど、あらたまの年なのだから、心を静め、硯と墨の擦れ合う感覚をゆっくりと味わいたいのだ。
 この句、「墨する音や」で区切れる。もちろん墨を摩る音を耳にしているのだが、その微かな摩擦音が広がり出すと、部屋全体が一層、静かな雰囲気に満たされるのである。以上の文は、会社の書道部OBとして一カ月に一度だけ、墨汁で文字を書いている筆者が、想像を交じえながら、書かせて頂いた。(恂)

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