明日あるを句に秘めるなり翁の忌 水口 弥生
『この一句』
「翁の忌」即ち芭蕉の忌日は旧暦十月十二日、現代の暦で言えば十一月二十八日。夕方は暗くなるのが早く、時雨など降って淋しい頃合いである。芭蕉は当時としては薹の立った二十九歳で江戸に出て、俳諧で身を立てる決意を固めた。そして、滑稽、おふざけ、くすぐりをもっぱらとしていた当時の俳諧、好事家の遊芸の一つくらいにしか見られていなかった発句を苦心の末「詩」に高めた。というわけで没後は「俳聖」と崇められ、それは今日まで続いている。
俳句を志す人たちは芭蕉忌の句を生涯に二句や三句は作る。この句もその一つだが、読者にいろいろなことを思わせる不思議な句である。「明日あるを句に秘める」というフレーズが抽象的で、よく分からないからだ。
こういう思わせ振りな詠み方は良くないと捨てられるのが普通なのだが、何回か読み直しているうちに惹かれるものがあって、「捨てたもんじゃないな」と思い始める。「明日がある」との思いを句に込めるとは素晴らしい。大願もあれば小さな望みもあろう。それは人によってさまざま。前途に希望が湧いて来るような句ではないか。(水)
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