今年米川に攫はれしと便り 嵐田 双歩
『季のことば』
「今年米」とは秋に収穫した新穀。実った稲を刈り取って、稲穂を脱穀精米した新米は、何とも言えない香りがあって、一口噛みしめるごとに一歳ずつ寿命が伸びて行くような気持になる。昔から、新米はまずは神様に供え、炊いた御飯を一家揃って感謝の念を噛みしめながらいただいた。
そんな、一家こぞって待ち望んでいた新穀が、大嵐で氾濫した川にすべて持って行かれてしまったというのだ。これほど悲痛な便りはない。
近年、エルニーニョ現象とかなんとか、気候が大変わりしている。日本には秋霖という言葉もあるように、稲の収穫期頃には、しばしば長雨に見舞われることがある。しかし、今年の雨はちょっと異常だった。局所的に、雨合羽など役に立たない集中豪雨に見舞われた。関東近県も方々で河川氾濫や竜巻が起こり、茨城県水海道あたりは予想もしなかった大洪水が起こり、収穫寸前の稲が家屋もろとも流されてしまった。
散文調、報告調のぶっきらぼうな詠み方だが、それがかえって未曾有の被害をもたらした様相を強く訴えかけて、強い印象を与えている。(水)
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