秋草や歩荷の刻む一歩一歩 大下 綾子
『この一句』
十月半ば、紅葉の尾瀬にみんなで出かけたおりの嘱目吟。尾瀬ヶ原は周囲の峠を境に、車の出入りを一切遮断している。湿原に点在する山小屋へ食糧をはじめ何からなにまで運ぶのは、歩荷(ぼっか)と言われる運搬人である。
背負子(しょいこ)という細長いハシゴのような木製の枠を背負い、それにいろいろな荷物が括り付けられている。米、小麦粉、うどん、ラーメン、肉、魚、缶詰、野菜などを詰めた段ボール箱が堆く積み重なっている。歩荷は無念無想の形相で一歩一歩、草紅葉の中の木道を踏みしめ、進んで行く。一見のろいようだが、実はなかなか速い。一定のリズムが伝わって来る。
しかし中にはアルバイト青年のボッカも居て、我々が危なっかしい足どりで木道を歩いているそばに、背負子を背負ったまま、どたりと腰を下ろした。ヨシコさんがすかさず寄って、「大変ね、どのくらいの重さ」と聞く。青年は少し恥ずかしそうに「五十㌔くらいです」。本職は七、八十㌔担ぐのだという。
「刻む一歩一歩」という詠み方が、「人生行路」といったことまで思わせる。見たままの句だが、なかなか深味がある。(水)
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