穴惑ひ三十路女の正念場 高井 百子
『季のことば』
「穴惑ひ」というのは「蛇穴に入る」という季語の派生季語で、冬籠もりの季節になってもうろうろしている蛇を「自分の入るべき穴が分からなくなった間抜け」とからかったものである。
蛇や蜥蜴など変温動物は寒くなると体温調節が出来ないので、暖かく安全な場所に籠もって冬眠する。そして春になり気温が高まると這い出して来る。昔の人は蛇は春の彼岸の頃に穴から這い出し、秋彼岸になると穴に入ると考えていたようだ。そこで「蛇穴を出づ」を仲春の、「入る」を仲秋の季語とした。
俳句の前身である俳諧は滑稽味を大事にしていた。だからこうした蛇の冬籠もりを素材にする際にも、「蛇穴に」と真っ正面から詠むだけでなく、「穴惑ひ」といったユーモアとペーソスを感じる面白い季語を考え出すこともした。
この句は句会で大いに注目を集め、「これは男が詠んだものに違いない」とか「元気でしっかりした女性。『今が正念場なのよ、私は』って言ってるのが聞こえて来るようだ」などの評が飛び交った。「結婚か仕事か」人生の岐路に立つ女性の悩みを詠んでいる。「穴惑ひ」という古臭い季語に新風を吹き込んだ。(水)
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